第3話 三節 娘との対面

 その寝室は、思った以上に冷たい印象を受けた。

 少女の部屋らしさは、部屋の隅に置かれた箱から覗かせる熊のぬいぐるみや、壁に飾られた魔法少女のポスターが演出しているが、なるほど。娘さんをベッドに運ぶ際に、安置できるように少し片づけたのかもしれない。

「結構キレイにされてるんですね、この部屋は」

 一旦私は感じたままの印象を紀子に伝える。

「はい、娘をこの部屋に運ぶ際に、五十嵐さんに少し片してもらいました。とは言っても、ベッドの上に置かれていた熊のぬいぐるみと、床に散らばっていたおもちゃを片してもらったくらいで」

「なるほど。その散らばっていたおもちゃというのは、どちらへ?」

「はい、娘の遊び部屋に片してもらいました。いつもはその部屋でしかおもちゃで遊ばなかったと思うんですけど、何故か寝室にまで持ち出してきて」

 そうなのか。小さな子どもにしては、部屋の役割をきちんと理解しているようだ。まあ、複数部屋のある大邸宅ならではの話かもしれないが。

「では、夏鈴ちゃんのお顔を拝見しますね」

「はい。私も傍で見ていていいですか?」

「もちろんです。気になることがあれば、必ず断りを入れますので、ご安心ください」

 死体となった娘さんの母親に見られながら検分を行うのは少々緊張するが、進めていくしかあるまい。

 顔にそっとかけられた白い布に手をかける。持ち上げようとした瞬間に、背後から悲痛なまなざしを感じた。

「では、めくりますね」

 少しずつ白い布を顔から剥がしていく。露わになったのは、透けるほどに白い綺麗な、あどけない寝顔のような表情であった。

 目を閉じているのでわからない点もあるが、眉毛、瞳の幅、鼻の形、唇の形、耳の形、どれをとっても、「あ、夫婦と似ているな」という印象は湧かなかった。

「夏鈴ちゃんは周りの方から、正人さんと紀子さん、どちらに似ていると言われますか?」

 紀子は少し困ったような顔を向けた。

「そういえば、あまり似ていない気がしますね。もしかすると、祖父母の遺伝かもしれません」

 ややズレた返答を受けた。紀子自身の印象は聞いていないのだが。

「なるほど。改めて、夏鈴ちゃんはどのように亡くなったのか、お聞かせください」

「はい。一階の来客スペースで、誕生日パーティーが始まってすぐでした。お祝い用のケーキに蝋燭を何本か刺していまして、その蝋燭の火を際立たせるために、部屋のカーテンを閉め、電気を消しました」

 電気は、オンオフを切り替えるスイッチの近くに座っていた佐々木さんが消したようだ。ほとんど真っ暗な中、蝋燭の灯火だけが、来客スペースの明かりを担っていたことになる。

「娘は幼いので、蝋燭の火を一気に吹き消すことができませんでした。何度も何度も息を吹きかけて、やっとのことですべての火を吹き消すことができました。それを確認した佐々木さんが、電気のスイッチを再びオンにしたら……」

 紀子は回想しながら少しずつ辿るように言葉を紡いだ。少しずつ娘の死に対する記憶が蘇ってきてきたのだろう。声色が震えている。

「なるほど。すみません、思い起こさせてしまって」

「いいのです。夏生さんのお力になれるのであれば……」

 紀子はそう答えた。果たして、娘の死の真相を暴くことは、彼女にとって苦しくはないのだろうか。一旦、深く考えないことにする。

「お気遣いありがとうございます。その方が、犯人の特定に結びつきやすくなりますから。ちなみに、ケーキに刺さっていた蝋燭の数はどれほどなのでしょうか」

「えーっと、あら、何本だったかしら……」

 紀子は必死に思い返そうとしている。私はその所作に違和感を覚えた。普通、誕生日のケーキに刺さった蝋燭の数は、娘が迎えた年齢分の蝋燭が刺さるはずだが。二十歳、三十歳の人を祝うなら、さすがに歳の数の蝋燭を刺せなくなるのでわかる。

「六本では、ないのですか?」

 念のため、訊ねる。

「いえ、たしか、六本では、ありませんでした」

 たどたどしく答える紀子は、かなり苦しげな表情を見せた。おそらく、自分の娘の誕生日ケーキに刺さった蝋燭の数すらも覚えていないことを私が不審に思ったから。と、推測しているだろう。だが、それ以上に気になる点がある。

 ……

「わかりました。ありがとうございます」

 少しばかりだが、死に際の様子が想像できつつある。それにしても、紀子はわかりやすい人だ。今後も、彼女を揺さぶっていくことにしよう。

「立て続けにすみませんが、何枚か、夏鈴ちゃんとお二人が写った写真を拝見させてください」

 この言葉には何故か返答に時間がかかったようだ。

「ええ。少し時間がかかりますけど、それでもよければ……」

「はい。構いません。お待ちしております」

 そう言った後に三階へと上がっていった紀子が、三人の顔がハッキリと映る数枚の写真を持って降りてくるまでに、一時間以上もかかった。

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