第2話 三節 ある医者の証言

 彼は、少しとっつきにくい印象であった。

「あの、すみません。少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」

 少しばかり丁寧な口調で話しかけた。

「はい。なんでしょうか」

 男性の名は、小石川良こいしかわりょうという。いかにも医者といった雰囲気を纏うその男性は、私よりも若干背の高い体躯(私はだいたい百八〇センチである)で、かなり細身である。目つきは鋭く尖ったような印象を受ける。肌がやけに白いせいか、まるで死人のようだ。

「夏鈴ちゃんが亡くなったときに、何か気になったことはありませんでしたか? どのようなことでも構いません」

「ああそういえば、こんなことが気になりました。私は医者なものですから。彼女が息を引き取ったときの表情は、あまりにも安らかなものでした」

「安らか、と言いますと」

「ええ。私は毒殺ではないかと踏んでいるのですが。その割には、と思いまして」

「夏鈴ちゃんの死体を詳しくご覧になったようで」

「ええ。外傷はとくに見られませんでした。彼女は特別な病気を持っているわけではないので、何らかの病気による発作による死亡というのは考えにくいのです」

 なるほど。これは大きな手がかりになりそうだ。あとは、いつ毒を服用してしまったのかが気になるところだが。

「ちなみに、毒の種類について、何か思い当たるものはありますか?」

「いや。私は毒に関しては知識が全くないもので。すみませんが」

 申し訳なさそうに、小石川は瞳を臥せた。意外と睫毛が長いようだ。

「そうですか。ちなみに、あなたはパーティーが始まるまでは何処にいましたか?」

「そうですねえ。パーティーが始まる十分ほど前に着きましたので。車で隣の街から来ましたよ」

「実はですね、パーティーが始まる三十分前くらいに、火災報知器の誤作動が起きたそうなんですよ。外は何か不審なものはなかったかなと思いまして」

「いや、とくにそのようなものはなかったと思います」

 小石川曰く、その車を北海家の車庫に停めたそうだ。北海家の庭は広く、三〇〇坪はあるだろう。その広い敷地の中に、住居と車庫が余裕を持って建っている。車庫はだいたい四台ほど停められる広さで、彼が停める際にはすでに三台は停まっていたそうだ。うち二台は北海家の愛車である。かなりの高級車と伺っている。彼はそれを知っているため、かなり慎重に車庫入れを行ったそうだ。その際に、周りにぶつからないかどうか、かなり注力し確認を行ったが、とくに異常はなかったという。

「なるほど。ありがとうございます」

「今回の彼女の件はとても残念に思います。私は人を救う職業ですからね」

 たしかに、救えない状態を目の当たりにするのは辛いものがありそうだ。ただ、彼の顔をふと眺めたが、あまり表情には現れないからか、たった今漏らした感情を読み取ることができない。

「心中ご察しします」

 そう言葉にするしか、なかった。


 さて、二人に話を聞いてみた結果、いくつかの収穫があったことをまとめてみよう。

 ・パーティーが始まる三十分ほど前に、火災報知器の誤作動が起きた

 ・火災報知器が誤作動した理由を知っている人物が、恐らくこの建物の中にいる

 ・娘は安らかな顔で息を引き取った

 ・とくに死に至る持病はなかった

 ・毒殺と踏んでいるが、物的証拠は見つかっていない

 ・外傷はとくに見られなかった

 死体の様子については、後ほど紀子に許可を取り、是非とも拝見させてほしいものだ。

 まだまだ情報が足りない。どんどん話を聞いていこう。

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