第2話 一節 各々の証言を聞いて回る
ミンミンと鳴くセミがけたたましい。そんな夏真っただ中のある日のことであった。
「この駅を利用する機会が、依頼によるもののみとは、悲しいものだな」
私、
駅から一歩外へ踏むと、ジトっとした汗が滲み出た。先ほどクールダウンしたはずの身体が一気に熱を帯びる。電車内で羽織ったスーツのジャケットを結局腕に抱え、目的である住宅地へと歩みを進めた。
暑い。
……暑い。なんだこの暑さは。整備されたアスファルトの地面から、熱気が噴出し、全身を包み込んでいるかのようだ。
――とても暑い。暑すぎる。嗚呼、今頃
……セレブの街なら、常に外気温を二十五度くらいに保ってくれ。
そんな邪念すらも、この夏の暑さでは疲労の要因となり得るようだ。少し疲れた。余計なことを考えるのはよそうと、黙々と歩くことにした。
歩くこと十五分、ようやく目的の
「ようこそ、いらっしゃいました」
力ない声で女性に案内され、そのまま中へと入った。
この事件について、少し説明せねばならない。この家の主人、
ふむ、私は探偵であって、医者ではないのだが……。とは思いつつも、できる範囲で死因を突き止め、主人の役に立てればと思い、引き受けたのであった。
昔から私は主人と交流がある。以前、主人が経営する会社にて、金庫から機密情報が描かれた資料が盗まれた事件があったのだが、ふと見つけた手掛かりをきっかけに、犯人は無事にお縄にかかったのである。その際、「警察の調べは当てにならん」と主人は申していた。たしかに、警察のぬるい調べでは、到底あの手掛かりを掴むことはできなかったであろう。
そんな私の大活躍を主人は大いに評価し、私を専属の探偵として雇い、何かあればこうやって駆け付けるようになった。
――少し前置きが長くなってしまったので、話を戻そう。
私は彼の奥さんである、
その部屋は来客用であろうか。台所、居間から少し離れた場所に配置されていた。
大きなガラス製の机に、これでもかというほどのご馳走が並んでいた。しかし、どれもすっかり冷え切ってしまい、見るも無残な状況である。なんとここで不謹慎にも、ぐーっという情けない音が私のお腹から響いた。
「食べますか? と言いたいところですが、嫌ですよね。すみません」
紀子は項垂れる。今は娘の死を労わるべきだ。
「いえいえ。私のことはお気になさらず」
私が自然と紀子の顔を覗き込む形となった。少し彼女の目が見開く。顔が紅潮しはじめたようだ。ようやく、彼女は私の素顔を認識した。
自分で言うのも何だが、私の顔はかなり整っている。透き通るような色白の肌で、一重瞼の瞳はやや茶色がかっており、鼻は高く、筋が通っている。そして、笑うと笑窪が生まれる。所謂草食系のイケメンとでも言っておこう。両親からもらったその風貌を有効活用しようと、女性が相手の場合は、やや強引にアピールを重ねてきた。彼女らから引き出した情報をもとに、これまで犯人逮捕にこぎつけてきたのである。
「使えるものは使っておく」。これは巫部さんのセリフだ。巫部さんは容姿だけでなく、持ち前のカリスマ性も優れている。私はそのカリスマ性に惹かれ、彼の事務所へと入った。彼に惹かれたのは私だけではない。彼の事務所には、主に彼目当ての女性の相談者が絶えない。
「あの、私はどうすれば」
少し上ずった声で紀子に問いかけられた。無論、部屋を調べるためには、すぐにでも退出願いたいところだが。推理を行う上で、少しばかり質問させてもらおうと思い立った。うむ、悪く言えば、利用だ。
「少し質問させてください」
彼女は喜びと不安の混じった不思議な表情を向ける。
「
「ええ。全員おります」
「それはよかった。大変恐縮ですが、じきに警察の方もいらっしゃることでしょう。怪しまれないよう、決して断りなしに外出されることは控えるようにと、皆さんにお伝え願えますか?」
「ええ。もちろんです」
彼女は首が取れるほどブンブンと頷いた。
「助かります。私は私で推理を進めていきますので。一旦この部屋から退出いただけますでしょうか。勿論手に触れたい品があった場合は、断りを入れますので」
「はい、わかりました」
ここまで笑顔で「はい」と言われてしまっては、私は何をしに来たのかわからなくなってくる。別にファンサービスをしているわけではないのだが。やれやれ。
紀子が退室し、部屋に一人きりとなったところで、気持ちを切り替え、検分を始めることにした。
まずはこの建物内に存在する部屋の状況から整理していこう。
先に述べたとおり、この建物は三階建てである。一階には、キッチン、ダイニング、リビング、来客用スペース、ゲーム用スペース、収納スペース、トイレと、大きく七つの部屋に区切られている。どれも大きめの間取りで、広々と使用することができる。二階は、家族のプライベートスペースといったところだ。主人、紀子、娘の寝室、トイレ、浴室と五つの部屋に区切られている。三階は、主人の仕事部屋、紀子の化粧部屋、娘の勉強部屋、遊び部屋と四つに区切られている。外にはバルコニーがあり、バーベキュー等が楽しめる。
私がいる部屋は、一階の来客用スペースだ。冷えたご馳走の乗る大きなガラス製の机に、八つの椅子が点在する。整然としないさまは、この場所で事件が先ほど起こったばかりなのだということを強く思い起こされる。部屋のカーテンレールには色とりどりの折り紙で作られたパーティーフラッグが飾られていた。どれも少し不格好なのは、おそらく娘の手作りだからだろう。自分の誕生日のために、どれだけ期待で胸を膨らませたことか。その旗は、部屋全体を取り囲うように存在していた。
ひとしきり来客用スペースの様子を眺めたところで、そろそろ当事者の皆さんに話を聞きたくなってきた。どうしても事件発生時にいなかった分、物的証拠だけでは推理が進まない。
さて、誰に話を聞こうか。おもむろに辺りを見回してみると、通路で挟んだ向かいの部屋の窓際に、ベタっと座り込む男性の姿が目に入った。あの部屋はゲーム部屋だろう。主人が好むビリヤード台、自動麻雀卓が置かれているようだ。
少し、話を聞いてみることにしよう。
もうじき警察もやってくることだろうし、早めに全員の証言を聞いておきたいところである。とくに、各々の表情は目に焼き付けておきたい。目は口ほどに物を言う、というものだ。これも巫部さんの言葉である。
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