第15話 アポロ逝っきまーす!

 窓を覆うカーテンの隙間から春の木漏れ日が差し込み俺の顔を照らす。俺は朝日の眩しさに目を強く瞑りながら意識を覚醒させる。


 目を覚ますにつれて二日酔いのような鈍痛が頭を襲い、俺はつい右手で頭を押さえつける。頭痛に加えて身体はいつも以上に重く感じられ、この気怠さは本当に二日酔いではないのだろうかと疑いたくなる。


 だが昨日の俺は飲酒をしていないはずだ。となると俺は季節外れの風でも引いてしまったのだろうか。意識が明瞭になるにつれて身体の感覚が確かなものとなり、俺はようやく違和感に気づく。


 俺の胸元から足にかけて経験したことのない柔らかい何かが圧し掛かっているのだ。しかもその柔らかい何かは熱を持っているようで暖かい。これは朝の心地の良い布団の温もりとはまた違った別の感覚であり、不思議と嫌な気持ちにはならない。


「ひっ!?」


 俺の身体に圧し掛かっていた何かが動いた瞬間、俺は驚きのあまり女の子のような声をあげてしまう。けれども朝起きて布団の中に自分以外の何かがあって、それが動いたら驚きどころか恐怖を覚えてしまっても無理はないはずだ。


あのシャンプーしているときに背後に気配を感じた時のような恐怖心に襲われながらも、俺はおそるおそる布団を持ち上げていく。布団の中からいきなり吹き矢が飛んできても避けられるように慎重にだ。


 そして十秒も経たないうちに俺は布団の中に紛れ込んだ何かの全貌を捉える。


 俺の身体に圧し掛かる謎の温もりの正体は俺に身体を預けるようにスヤスヤと寝息を立てている黒髪の少女。その少女は布団の中で安心しきったように眠っている。


 突然布団の中に現れた黒髪少女に俺は驚いてしまうが、その少女の寝顔を見ている内に昨日の記憶が俺の脳内で蘇ってきた。


 そうだ、この少女は俺が小学校の頃の同級生で、なし崩し的に俺の家に居候することになった合法ロリの三亀ロリ、じゃなくて三亀瑠璃だ。


 なぜ瑠璃が俺の布団の中で理由がわからない俺は束の間の安堵の後に焦燥に駆られる。普通に考えれば男女が同衾する理由なんて一つしかないし、そういう行為に至っているというなら翌朝二人が同じ布団の中にいるのだって納得できる。


 けれども不思議なことに俺には瑠璃とそういう行為をした記憶がないのだ。昨晩の出来事なら覚えていてもおかしくないというのに、思い出そうとすると鈍痛が俺の頭を襲う。ましてやそれが俺の初体験で、相手がロリだが美少女に間違いない瑠璃なら覚えていないとおかしいはずだ。


 てか俺は本当に瑠璃とそういう行為をしたのだろうか。もしそうだとしたら俺は晴れてロリコンの仲間入りを果たすだろう。確かに瑠璃は俺と同じ二十歳だが、その容姿はどこからどう見ても十代であり、瑠璃のことを知らない人が見れば間違いなく未成年だと思うに違いない。


 そんな瑠璃と同衾してるところを見られたら俺は未成年淫行をしていたと勘違いされたっておかしくない。それどころか瑠璃を家に連れ込んだ時点で児童誘拐に思われたって反論できないだろう。このご時世、善意で子供を家に泊めたらその時点で誘拐になるのだから。


「……んっ」

「うほっ」


 俺が冷静に状況を分析していると、瑠璃が布団の中で苦しそうな声をあげながら態勢を変える。その際、幸か不幸か瑠璃の身体が俺の足元のほうへ少しだけ動き、瑠璃の胸がちょうど俺の股間を覆うような態勢になってしまう。


 小さいが、確かな柔らかさを感じさせる二つの丘が俺の片手剣ペネトレイト・レイピアを包み込むような形になってしまったのだ。ただでさえ朝ということでやる気が漲っている片手剣ペネトレイト・レイピアだというのに、初めて感じる女の子の柔らかさに俺の片手剣はレーザー光線を発射しそうになる。


 このままではヤバいと思いつつも、人生に一度あるかないかという大チャンスに俺の心は揺れる。このままいけば確実にアポロが発射してしまうが、ここでポジショニングを変えてしまえば俺は一生後悔するだろう。


 ムクムクと直立不動の発射体制に入ろうとする俺のアポロに対し、瑠璃の双丘が俺の発射角度を水平にしようとする。このままでは宇宙に飛ぶロケットから弾道ミサイルとなって俺の顔面を襲いかねない。


 体験したことのない快感とこのままではいけないという罪悪感が入り混じる中で俺は必死にミサイル発射を防ごうと試みるが、俺の身体は俺の意思に逆らうようにミサイルの充填を始める。


 くそ、このままでいいのか。俺はこんなことをして瑠璃の目を見て話せるのか。ダメだ、そんなのは瑠璃に対して申し訳ない。


 俺は決死の覚悟を決めて幸せな時間に自ら終止符を打つことを決めた。寝ている少女の身体を使って一人気持ちよくなるのはマナー違反だし、きっと瑠璃も快く思わないだろう。


 だから俺はそっと瑠璃を起こさないように身体を起こそうとした。しかしそれが仇となった。


「あ、やば……」


 俺が体を起こそうとすると、偶然ながら、ちょうど瑠璃の双丘が俺のミサイルを上から下へなぞるような形になる。それは俺が体験したことのない快感であり、同時に俺の肉体が俺の意思を超越した瞬間であった。


 あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ


 俺が朝だというのに元気に果てた瞬間だった。






 三十分後、俺の姿はキッチンにあった。髪はまだ濡れており、来ている服はすでにパジャマではなく私服である。


 俺はフライパンに卵を投入すると、その香ばしい匂いにつられて布団の中にいた瑠璃が目を覚ます。


「う、う~ん」


 布団から起き上がると身体を伸ばしながら声を上げる瑠璃。その際に服の上から身体のラインがはっきりと見えてしまい、俺はつい視線を釘付けにしてしまう。


 俺の視線に気づいたのか、瑠璃が俺のほうを向くと欠伸をしながら挨拶をする。


「おはよ~悠人」

「お、おう、おはよう、瑠璃」


 まだ完全に目覚めていないのか、瑠璃は眼をこすりながら周囲を見回す。


「朝ごはんはイカの刺身?」

「え、いや、違うけど。今は目玉焼き作ってるところだぞ」

「そう? なんかイカ臭かったからてっきりイカだと思った」

「はは、朝からイカとは瑠璃は相当イカが好きなんだな」

「まあね」


 ダラダラと流れ出る冷や汗に気づかれないように平静を装うが、俺の心中はかなり焦っている。汚れた身体を洗うためにシャワーに入った俺であったが、部屋の換気を忘れるという痛恨のミスを犯してしまった。そのせいで匂いがこもってしまっているのだ。


 フライパンを片手に慌てて窓を開ける俺を不思議そうに見つめる瑠璃だが、敢えて俺はその視線に気づかないようなそぶりを見せる。というか瑠璃に申し訳なくて目を合わせられない。


 俺の不自然な挙動に違和感を覚えたのか、瑠璃が大きな声を出す。


「あ!」

「どど、どうした!?」

「いや、この匂いどっかで嗅いだ事あるなって思ってたんだけど、やっと思い出した」

「どどどどこで嗅いだんだ?」


 緊張のあまり変に息を飲み込んだ俺は咳きこんでしまうが関係ない。俺は人生で一番緊張しながら瑠璃の言葉に意識を集中させる。


 もし匂いの正体に気づかれた時は素直に土下座して謝ろう。誠心誠意謝れば瑠璃だって許してくれるはずだ。


「これはね」

「これは……?」

「腐って廃棄処理されるスーパーの魚介のにおいね」

「お、おう」


 瑠璃が匂いの正体に気づかなかったことに安心すると同時に、俺は自分のアポロがそんな匂いなのかと傷つくのであった。

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