第12話 ロリっ娘とデートです!

 鼻歌を歌いながら俺の前を闊歩する黒髪ツインテールのロリっ娘は俺の方を振り返ると見た目に反して大人びた笑みを浮かべる。


「こうやって二人で歩くのも久しぶりだね、悠人!」

「そうだな」


 俺の前を歩くこのロリっ娘が本当に俺の知る三亀瑠璃なのかという疑問は残るが、とりあえず俺は自称三亀瑠璃に付いていく。


 俺の記憶にある三亀瑠璃とはかけ離れた容姿だが、俺のことを良く知るように話すあたり本物なのだろう。雰囲気とか全く別人だが、十年も経てば人間の容姿も雰囲気も様変わりしていたって不思議じゃない。


 多少の不安は残るものの、ひとまず俺はロリっ娘を三亀瑠璃と認めることにした。


 ところで先ほどから視線を感じるのは気のせいだろうか。しかもその視線は俺が最近体験した嫉妬のまなざしや軽蔑のまなざしではなく、むしろ警戒するような視線だ。


 不審者を見るような目で俺のことを見る通行人たち。彼らは俺と俺の前を歩く三亀瑠璃を交互に見ながらヒソヒソと何かを話しており、中にはどこかに電話をかけている人もいた。


「おい、あれって」

「間違いないわ、誘拐よ」

「あんな小さい子を連れまわすなんて」

「どうみても兄妹じゃないものね」


 なるほど、俺はすぐに状況を察し、同時に心がつらくなった。つまりあれである、周囲から見た俺は幼気なロリっ娘を連れまわしている不審者という皮をかぶったロリコンだと思われているのだ。


 確かに近年では平凡な見た目の男の方が実はヤバいロリコンという風潮もあるが、だからといって俺がロリコン認定を受けるのは癪だ。連れまわしている女子が本当に幼女だったらロリコンと呼ばれることも甘んじて受け入れるが、今一緒に歩いているのは俺と同じ二十歳である。


 決してロリではない。繰り返すが、ロリではない。ここにいるのはロリではなく、合法ロリなのである。なぜ合法ロリと歩いているだけで不審者扱いされなければならないのか。むしろ大人びた中学生を連れまわしている犯罪者のことをもっと軽蔑しろよ。大人びた中学生は合法ロリよりもギルティーな違法ババぁだぞ。


「あの、ちょっといいかな」


 心の中で中学生のことをババァと罵ったことに気づかれたのか、背後から突然話しかけられる。振り向くとそこには制服に身を包んだお巡りさんが。制服の上からでもわかる屈強な肉体は俺みたいな貧弱な大学生が勝てる相手ではない。


 俺は精一杯善人の振りをしながら返事をする。


「お勤めご苦労様です!」

「どうも。それでそちらのお嬢さんは君とどういう関係かな?」

「こいつは俺の小学校の同級生です」

「え?」


 俺の答えについ間抜け面を浮かべてしまうお巡りさん。確かにこんなロリっ娘が俺と同級生なんて言われても信じられないよね。


「君は小学校に通っているのかな?」

「ちげゎ!」


 お巡りさんの阿保みたいな質問に思わず口が悪くなってしまう俺だが、この件に関しては俺に非はないはずだ。どこにこんな見た目をした小学生がいると思うんだ。


「俺は大学生で、こっちの子も俺と同じ二十歳です。な、三亀」

「え?」


 俺が呼び止めるとようやくこっちを振り返った三亀瑠璃。というか今まで俺が職質されていたことに気づいていなかったのか、俺がお巡りさんに肩を手を置かれている状況に驚いた様子を見せる。そして次の瞬間、三亀は俺の脳裏にトラウマを刻むほどの悪い笑みを浮かべた。


 おそらく俺は今後その悪魔のような微笑みを忘れることはないだろう。彼女は僅かに咳払いをすると、俺が今まで聞いたことないほどのロリボイスで言った。


「おいたん、悪いことはいけないよ!」


 初めて生で聞いた萌え声に俺は耳が溶けるのではないかと錯覚するほどの衝撃を受けると同時に、体中から血の気が引いていく感覚に陥る。


「君、さっきこの子が二十歳って言ったよね?」

「え、えぇ……」


 俺の肩に置かれていたお巡りさんの手は、いつの間にか俺を逃がさないように肩をつかむような形になっていた。しかし俺は肩を掴まれている痛みよりも全身から噴き出す冷や汗の方に意識を奪われていた。


「どこに君と同い年の二十歳がいるのかな?」

「えっと……」


 脳内でサイレンが鳴り響き、体中が俺の意識に向かって警戒音を鳴り響かせる。今すぐに駆け出してこの場から逃れるべきだと全身が俺に伝えているが、そんなことはさせないとばかりにお巡りさんの手には力が入っている。


 またお巡りさんの手だけでなく、周囲からの冷ややかな視線が俺の足を氷漬けにするかのように視線で動きを制止させている。


「お、おい三亀」

「なーに、おいたん?」

「なんで急に幼児退行してるの? ねぇさっきまでの大人びた雰囲気はどうしたの?」

「おいたん、怖い……」


 うるうると震える瞳にビクビクと小刻みに震えながら俺の方を見る三亀。これでは完全に俺が犯罪者ではないか。というか俺自身も自分がロリコン罪で捕まるべきだと錯覚し始めている当たり三亀の演技力は規格外だ。


 周囲の視線は冷ややかなものから犯罪者を見る蔑視のまなざしに変わっており、お巡りさんに至っては手錠まで取り出している始末。


「あの、お巡りさん」

「なにかな?」

「俺って逮捕されるんですか?」

「逮捕じゃないけど、お話は聞かせてもらうかな」

「ですよねー」


 抱いていたわずかな期待が泡沫のように消えていく感覚に俺は涙が出そうになった。まさか成人して初めて警察の厄介になる理由が幼女監禁だなんて……田舎の両親が聞いたら一体何というだろう。


 これからのお先真っ暗な人生に絶望し始めた俺はその場で糸の切れた操り人形のように跪いてしまう。周囲からは「観念したか」などといった声が聞こえたが、そんなことはどうでもよかった。


 俺は心の中で縋るようにリルさんの名前を叫ぶ。頼むから今すぐ異世界に連れていってくれ。もうこの世界には俺の居場所はないんだ。


 その時だった。突然、アスファルトの地面に俺を中心にするように白い魔法陣が出現すると猛烈な光を発しはじめ、俺の傍に居たお巡りさんは驚いて腰を抜かす。そればかりか周囲にいた野次馬たちも驚いて逃げ惑う。猛烈な光が発せられ、俺もつい目を瞑り、次に重い瞼を開けるとそこには俺が見たことのない世界が広がっていた……。


 なんてことはなく、普通にお巡りさんによって手錠を掛けられた。ただその時になって初めて三亀が俺の傍に来ると耳元で囁く。


「助けてほしい?」

「は? 当たり前だろ」


 何を言っているのだ、このロリっ娘。てか思えば俺は何も悪いことはしていないし、そもそもこうなっているのは目の前にいる悪魔のようなロリっ娘の所為ではないか。助けるも何も、お前がふざけなかったこんな展開にはなってないんだ。


 俺が睨むような視線を三亀に向けると、さすがに三亀も罪悪感を覚えたのか再び耳元で囁く。


「なら、私の名前を呼んで」

「なんだよ、三亀」

「違う。名前の方」


 名前? こんな状況で何を言っているんだ。今はそんなふざけている場合ではなないだろう。気づけば野次馬の前には何人かのお巡りさんが駆け付けており、中には俺に向かってスマホを構えている者までいる。あいつら絶対SNSに上げるな、人のプライバシーも考えずに。


「助けて欲しいなら名前を呼んで」

「名前って瑠璃でいいのか?」

「そう」

「わかったよ、瑠璃」


 この際、助けてくれるなら何でもいいと思い、俺は三亀のことを名前で呼ぶ。俺が瑠璃の名前を呼ぶと、瑠璃はニコッと笑みを浮かべてお巡りさんに告げる。


「お巡りさん、ごめんなさい。実はこれ、お店のプレイなんです」

「プレイ?」

「はい。この人は私の店に来たお客さんで、お金を貰う代わりに娘役を演じてたんですよ」

「はい?」


 瑠璃の意味不明な説明に首をかしげたのは俺である。そしてなぜかお巡りさんたちは俺と瑠璃を見比べると、何かを理解したように頷いた。え? もしかして今の説明で納得したの? さすがに無理があるでしょ。


 でもお巡りさんは何かを悟ったように俺の手錠を外してくれた。他にも野次馬は興味を失ったようにその場から去っていき、先ほどまで撮影していた輩も文句を言いながらどこかへと去っていく。あれか、あれなのか、池袋ではこれが日常だとでも言うのか!?





 結局この日は警察署まで連れていかれて瑠璃と一緒にこっぴどく叱られた。俺たちが解放されたのは午後の五時であり、気づけば一日が終わろうとしていた。


「いやー、まさかこんなに怒られるとはね」

「まったく、三亀がふざけるから」


 三亀の悪ふざけのせいでとんでもない一日を過ごしてしまい、俺は疲労のあまり怒る気力もわかなかった。しかし当の三亀は悪びれた様子もなくニコニコと笑みを浮かべる。


「ごめんごめんって。それと瑠璃って呼んで」

「やだね」

「お、おいたん……」

「はい、瑠璃さん」


 まったく、このロリボイスは一体どこから出てくるのか。このロリボイスを聞くと脳が溶けて脳漿と混じり合うような感覚に陥るとともに、背筋に悪寒が走るんだよな。


 全くけしからん。


 夕焼けに染まる空と眼下に伸びる多くの線路を見ながら橋を渡る俺たち。俺の三歩先を楽しそうに闊歩する瑠璃の後ろ姿は懐かしさは感じられないものの、どこか親近感を得られた。


 疲労感が身体に襲い掛かる中で、今日もようやく終わったと考えながら瑠璃についていく俺は不思議と寂しさも感じていた。そしてちょうど橋の中間に到達したときであろうか、瑠璃が俺の方を振り向く。


「あ、悠人」

「なんだよ?」

「今日泊めて」

「は?」


 どうやら俺の長い一日はまだ終わらないようだ。

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