第11話 久しぶりに再会しました!

 何の因果か二日連続で池袋を訪れることになってしまった俺は午前九時半には池袋駅に到着していた。すれ違う人はこれから学校や職場に行くのだろうか、足早に駅の改札を目掛けて歩みを進めている。俺は川の流れに逆らうように目的地である代表的な池袋駅の待ち合わせスポットである鳥の銅像に辿り着く。


 まだ待ち合わせの三十分前ということだけあって、俺の待ち人である三亀瑠璃の姿はない。だがそれでよかった。


 俺がわざわざ待ち合わせ時刻の三十分前に池袋を訪れたのは別に相手を待たせたら悪いという訳ではない。むしろ相手のことを警戒しての結果だった。


 昨晩はその場の性欲に負けて会う約束をしてしまった俺だが、冷静になると不信感の方が強くなってしまったのだ。だから俺は敢えて待ち合わせ時刻よりも早く来て、すぐ近くにあるカフェの中から銅像の周囲の様子を伺うことにした。


 これなら相手に気づかれることなく、こちらから一方的に相手を認知できる。まるで不倫調査の探偵の気分になった俺は近くのカフェに入ると、たまたま空いていた可愛らしいロリっ娘の隣の窓側の席を陣取って容疑者が姿を現すのを待つ。


 隣のロリっ娘から香る甘い香りが俺の鼻腔をくすぐり、俺はついそちらに視線を向けたくなるが、なんとか自我を抑えつける。ここで性欲に負けたら昨日と同じじゃないか。


 それに昨今は目が合っただけで痴漢と叫ばれるかもしれないほど緊張感が張りつめた社会だ。不用意なことをして事を複雑にするのはよくない。


 隣のロリっ娘をチラ見したいという衝動と戦いながら待つこと二十分、時刻は九時五十二分になろうかとしている。俺の待ち人である三亀瑠璃がそろそろ姿を現してもいい時間だ。


 現在のところ銅像の前にいるのは中年のサラリーマンが一人と、老人会の待ち合わせをしていそうな高齢者が数名。おそらく三亀瑠璃はまだ着ていないはずだ。


 しかし俺の記憶にある三亀瑠璃はしっかりとした子なので、十分前行動を心掛けてそうなものだが。と、その時だった。


 改札の方から慌てた様子で姿を現したのは一人の若い女性。明るい色の春物のセーターを身にまとった長い茶髪の女性は銅像の前に来るとキョロキョロと辺りを見渡す。


 リルさんほどではないけど、服の上からでもわかる確かな二つの丘は紛れもないおっぱい。やっぱセーターって身体のラインが出るからエロいよね。垢ぬけた大学生という印象を抱かせるその女性はカフェから熱いまなざしを送る俺に気づくとすぐに手を振ってくれた。


 それに応えるように手を振り返す茶髪の女性。間違いない、あいつが三亀瑠璃だ。


 俺の記憶に残っている三亀瑠璃とはかけ離れた存在だが、十年も経てば容姿も変わるに決まっている。俺が想像していた三亀瑠璃は黒髪ロングで眼鏡を掛けた地味巨乳という感じだったが、俺の予想をいい意味で裏切っていた三亀瑠璃。


 メッセージの内容を考えれば典型的な大学とも思えるが、美人なことに変わりはないのでグッジョブだ。今宵、俺の片手剣ペネトレイト・レイピアが日の目を浴びることになる。期待に胸を含ませた俺はちょうど店内に入ってきた三亀瑠璃に微笑みを向ける。


 すると三亀瑠璃も俺に微笑み返しながら名前を呼んだ。


「ごめん、圭太。遅れちゃった」

「いや気に……ん?」

「大丈夫だよ、琴美。僕も今来たところだから」


 三亀瑠璃は茶色い髪を揺らしながら店内に入ってくると、俺の横、正確に言うなら窓に向かって座った時に俺の背後にあるテーブル席にいた若い男の前に腰を下ろす。


 この時になって俺は初めて理解する。人を間違えたと。


 俺はトマトのように赤くなった自分の顔を抑えながら銅像の方に向き直ると顔中の筋肉を強張らせた。おそらく今の俺の顔はとても不細工だが、それ以上に俺はどこか穴があったら入りたい。


 羞恥に悶える俺はどうしていいかわからず慌てた用にいろいろなものを弄りだすが、後ろから聞こえてくる笑い声に泣きたくなった。


「ぷっ」


 後ろどころか隣のロリっ娘にまで笑われてしまう始末。やっぱり普段やらないような事をやるのはやめた方がいいね。あまりの恥ずかしさに俺はカウンターの上に置かれていた自分の紅茶を一気に飲み干す。


「ねえ、今どんな気分?」

「は?」


 クスクスと笑いを堪えるように俺の今の気持ちを尋ねてきたのは先ほどから隣に座っているロリっ娘。俺はそこで初めてそのロリっ娘を視界にとらえるが、最初に出てきたのは怒りよりも好感だった。


 艶やかな黒い髪をツインテールにして、アメジストのような深みを持つ紫色の双眸。その整った顔立ちとは対照的に控えめなバストやヒップ。特にバストはリルさんや先ほどの茶髪の女性よりもはるかに小さいが、そんなのが関係なくなるほど美しい美脚を彼女は持っていた。


 大きめの黒いパーカーの中からすらりと伸びる美脚は黒いストッキングに包まれており、そのストッキングが妙な色気を放っている。まるでストッキングを映えさせるために生まれてきたようなその美脚の持ち主は足を組みながら俺の方を向き直った。


「いきなりなんだよ」

「だってあんな間違えするなん……ぷぷっ」


 必死に笑いを堪えるロリっ娘だが、俺のことを嘲笑しているのがよくわかる。だというのに不思議とロリっ娘に対する嫌悪感などは湧いてこない。


 それどころか見れば見るほどロリっ娘に見惚れていくような感覚に陥っている。まるで誰もを魅了する小悪魔のようだ。


 悪魔みたいな尻尾に悪魔みたいな角が着いたカチューシャを付けたら本当の小悪魔になれそうなロリっ娘は今も笑いを堪えるのに大変そうだ。


「まあ、面白かったよ」

「悪かったな。俺の待ち人と間違えたんだよ」

「それで知らない人と勘違いしたの?」


 ニヤニヤと俺の顔を覗き込むロリっ娘は本当に小悪魔的で可愛かった。リルさんとはまた別系統の可愛さは油断したら心を奪われそうなくらいに暴力的で破壊的だった。もしリルさんに会っていなかったら俺の心はこの小悪魔ロリっ娘にメロメロになっていただろう。


 てか、いくらなんでもこの小悪魔ロリっ娘はコミュニケーション能力高すぎだろ。いきなり知らない男に話しかけるなんて。


「小学校の同級生と久しぶりに会うから顔が分からないだけだよ」

「へぇー、その子とは仲良かったの?」

「まあな。今でも大切な友達だと思ってる」

「そっかー。でもその割には久しぶりなんだね」

「随分ずけずけと踏み込んでくるな」


 なんなんだ、この小悪魔系ロリっ娘は。新手のサービス商法か。初対面の相手によくもまあ踏み込んで来れるよな。


 戸惑う俺と目が合うと、小悪魔系ロリっ娘はにこっと微笑む。


「久しぶりだね、悠人」

「は?」


 唐突に見せられた破壊力抜群の笑顔で名前を呼ばれた俺は動揺して視線が泳ぎ、気づけば小悪魔系ロリっ娘の太ももに吸い込まれてしまう。てかもうちょっと低い角度から見たらパンツまで見えそうなくらい短いスカー……いや、このロリっ娘はスカートをはいてなかった。


 それどころショートパンツも履いておらず、パーカーの下はパンツとストッキングに違いない。まさかこのロリっ娘は痴女なのか!? ならばその秘境を見たいというのが男の性というものなのではないのか! 俺の中で何かがムクムクと湧き上がる。


 いやいや、足ばっかり見てるんじゃないよ、俺。そうやって昨日も性欲に負けたじゃないか。俺は惜しむように視線をロリっ娘の顔まで戻すと尋ねる。


「なんで俺の名前知ってるの?」

「もしかして忘れちゃったの? 昨日もあんなにお話してたのに」

「昨日? もしかして……お前が三亀瑠璃なのか……」

「そうだよ、私だよ。久しぶりだね、悠人」


 信じられないことに、このロリっ娘が三亀瑠璃だそうだ。

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