第21話 失われた故郷

 ――私は死んじゃったんだろうか

 ――暗い、何も見えないし感じないし


 転生先で死んだらどうなるんだろう……


 でも、少しずつぼんやりとなにかが見えてきた。

 白い部屋、真ん中にはベッドがあって、その上にはいくつもの機械とチューブで繋がれ、身体中に包帯を巻かれ脚を吊るされている見るも無惨な姿の人物が横たわっている。

 私はベッドの横に立っていて、相変わらずぼんやりとした視界でその人物を見下ろしていた。


 包帯から覗いている顔を見ると、黒い長めの髪の毛の地味な女の子……あれ、長らくご無沙汰していたけど、この子って……


 ――前世の私じゃん


 もしかして、トラックに跳ねられた私の体は死んでなくて、ギリギリのところで何とか生きているのかもしれない。つまり、この光景が映されているということは、前世の私に戻れということなのかな?


 部屋は静かで、機械のピッピッピッという規則的な音と、酸素マスクをつけられた前世の私の呼吸音がかすかに聞こえてくる。


 私が、ベッドの上の私の包帯を巻かれた手に触れようとした時、また視界がいきなり暗くなって、別の光景がぼんやり浮かび上がった。


 暗い部屋、真ん中にはやはりベッドがあって、その上には黒い服を着た血だらけの……ってこれも私じゃん!異世界転生美少女のカナちゃんの方の私だ。こっちもまだなんとか生きているようで、微かに胸が上下しているので呼吸しているのがわかる。


 こちらも、ベッドに近づいてカナちゃんの頭に触れようとすると、また視界が暗くなって、今度は白い部屋と暗い部屋が同時に現れた。そして私はその境目の辺りに立たされる。


 なるほど、そういうことかぁ……


 ――選べってことですか


 前世の私として蘇って、またいつも通りの人生を送るか、カナちゃんとして蘇って呪いや勇者と戦う日々を送るか……


 これはだいぶ悩むなぁ……。少なくとも前世の私には、家族がいて、友達も少しだけどいて、呪いで痛い思いすることも鍛錬で辛い思いすることも試合で恥ずかしい思いすることも勇者レオンと戦って死にかけることもない。


 一方のカナちゃんの方は、特別な力を持っているものの、そのほとんどが呪いで使用不能。唯一使えそうな魔素もいまだに上手く操れない。試合や戦いの度に酷い目にあうし、周りからはバカにされたり、勇者パーティーからは除け者にされたり……本当に辛い日々だ。


 もう十分私は頑張った。転生してチート能力を得たところでいい思いできるわけじゃないっていうのもわかったし、本当の力は泥臭い努力によって勝ち取るものだということもわかった。


 ――だから


 私は白い部屋のほうへ一歩踏み出した。今までどおりの、平和でつまらない生活に戻ろう。その方が私の身の丈に合ってるし……ね?


 白い部屋に踏み入ると、暗い部屋の方の景色は急速に薄れていった。……ばいばい、カナちゃん。理想の私。最強美少女魔法使い〝だった〟私。


 その時、視界の隅でなにかが動いた。暗い部屋になにかが入ってきたようだ。まあそんなことはどうでもいい。そっちのカナちゃんはもう私とは関係ないんだから……


 でもどうしても気になってしまう。部屋に入ってきたそれは、カナちゃんの近くに寄り添うと、トカゲのような細い舌でカナちゃんの顔をぺろぺろと舐める。……早く起きろと言わんばかりに。


「あーもう!仕方のないやつね!」


 私はぶんぶんと頭を振ると走った。真っ直ぐに……暗い部屋にいるカナちゃんの元へ!お父さんお母さん、弟たちごめん!でも私はまだやることがあるから……私がいないと悲しむやつとか、こんな私のことを応援してくれる人がいるから……。


 ――だから戻れません!


 私は横たわっているカナちゃんの体にそのまま飛び込むように抱きついて……。




 再び視界が明るくなってきた時、真っ先に見えたのは黒い高い天井。そして私の顔を覗き込むマシュー。体は……不思議と痛みはあまりない。


「……ただいま」


 私はまず相棒(パートナー)に挨拶をした。こいつのためにわざわざ戻ってきてやったんだもん、めちゃくちゃ歓迎しなさいよね。


 マシューはしばしぼーっとしていたが、突然驚いたように目を見開くと


「カナ!」


 と叫んだ。いや、ここはどこか分からないけど、カナって呼ばないでって言ったはずなんだけどなぁ……。


「なに?」


 私は返事をすると、体を起こそうとした。……しかし首から下の感覚がなくて、うまく動かすことができない。


「大人しくしてろ!今他の奴らを呼んでくる!」


 うん、そうしてください。私はしばらく動けそうにないや。

 マシューが部屋を出ていくと、私は特にやることもないのでとりあえず目を閉じて大人しくしている。

 しばらくしてバタバタと音がして、部屋の扉が開いた。


「いやぁ、お早いおかえりだったね! びっくりだよ!」


 騒がしい女の子の声がしたので私は再び目を開けた。

 目の前には整った顔立ちの金髪ツインテール美少女がいて、こちらを覗き込んでいた。その目は碧と緋のオッドアイというなかなか斬新な見た目だ。……でもどこか見覚えがある。


「あなた誰?」


「へーぇ、あたしのこと知らないとかマジかー! 魔王四天王の一人、最高位悪魔(アークデーモンロード)のレヴィアタンだよ! レヴィとかレヴィアたんって呼んでくれると嬉しいなー!」


 はぁ、そうですか。まさかこうも短期間に魔王四天王に二人も遭遇してしまうなんて。私も魔王軍として定着してきたってことかな。うんうん。


「レヴィアタン様はカ……カタリーナのことを治療してくださっていたのだ」


 レヴィアタンの後ろでマシューが補足する。だから名前間違えかけないでよ!


「あ、ありがとうございます……」


 私はなんとか起き上がろうとするが……やっぱり無理だ。動ける気がしない。


「んもう、安静にしてないとダメだって! あんた普通ならとっくに死んでるんだから」


「ふぐっ……」


 レヴィアタンは私の頭に手をおいて押さえつける。……それにしても美少女だわこの子。顔も整ってるけれどナイスバディだし、声もかわいいし。人間界に行ったら絶対モテる。カナちゃんほどじゃないけどね。でも今はそれよりも気になることが……。


「……勇者は……みんなは……戦いはどうなったんですか!?」


 私は金髪美少女のレヴィ……レヴィアたん?に問いかけた。


『それは我から説明しよう』


 暗がりからぬっと現れたノーラン。なんだ、いたのか……ていうか無事だったんだね。良かった。


『実に不甲斐ないことだが……』


 ノーランは重苦しい口調で話し始めた。マシューもレヴィアタンも黙って聞いているので、私も一切口を挟まずに大人しく聞いた。


 ノーランの説明を要約すると、私がレオンに倒された後、レオンは何故か私にトドメをさすことはなく、一度撤退したらしい。そのうちに暴虐龍ティアマトがマシューを狙って乱入してきて、エルフたちの追撃もあり魔王軍は潰走。


 しかしサンチェスの街に落ち延びてみると、戦える者はほとんど魔王軍に参加してしまったそこは別働隊で送り込まれていた人間の冒険者たちによって占拠されていた。


 とほぼ同時に他の四大都市の一つ『ヒューズ』の街も人間と手を組むドワーフ軍によって攻め落とされ、魔王軍は一気に苦境に立たされてひとまず転移魔法を使って主だった者や負傷者は魔王城に入城したらしい。


 ディランは負傷。トラウゴットやサンチェスに残っていた養成所の他の面々は死んだり負傷したり行方不明だったり……とにかく被害の全容は把握できてないらしい。


『……ということだ。完璧にしてやられてしまった。我はこれから魔王様直々の裁きを受けるつもりだ』


「……そんな」


 私は呆然とした。予想外にやられてんじゃん魔王軍。このままだとせっかく生き返ったのにまたマシューの背中に乗ってモンスターギャルドが出来ずに魔王軍が滅ぼされてしまう……。


 しかも養成所……私の第二の故郷はもうない。仲間も……生きているのか分からない。


「なんで……世の中からは争いがなくならないんだろう……」


 思わずそんな言葉が出ちゃった。すると私の体を触っていたレヴィアタンが、ぷははっと笑う。


「そりゃああれだよ。人間のせいだよっ」


「人間のせい……?」


「そ、まあ後でゆっくり説明してあげるから、今は治療に専念させて? ……ちょっと痛いよ?」


 首を傾げる私にレヴィアタンは人差し指を立てながら言う。


「えっ!?」


「完全回復(フルヒール)は傷口は塞げても内蔵が掻き回されたのは直せないから。傷口から手を入れて手探りでやるの」


 レヴィアタンはそう言うと、両手に黒い手袋を装着する。


「あぁぁぁぁぁっ!?」


 やめてやめてやめてやめて絶対痛いから!


『我々は席を外すとしよう』


「はっ! カタリーナ……頑張れ」


「おいお前ら見捨てるなぁぁぁぁっ!」


 暗い部屋に私の断末魔の叫びがこだましたけど、もちろん誰も助けてくれるわけがなく……



 全てが終わった時、私の首から下の感覚はほぼ完璧に復活していた。


「ふぅ……これでもう大丈夫かな……」


「はぁ……はぁ……死ぬかと思った」


 満足げに額の汗を拭うレヴィアタンと通算何度目か分からないけど苦痛のあまり死にそうになっていた私。自分の体の中を弄られる感覚を初めて味わったよ……せめて麻酔くらいはしてほしかった。


「……で、さっきの話の続きですけど……」


 私は痛みが落ち着くと、レヴィアタンに尋ねた。


「ん? 何の話だっけ?」


「おい!」


「いやごめんごめん! えっとね、魔王様と人間が戦うようになってしまった原因は、人間にあるのよ」


 それはつまりどういうことでしょう?カナちゃんはその辺のくだりがあまり理解できてないようだ。


「むかーしむかし、この大陸には様々な魔物と人間が暮らしていました」


 レヴィアタンは私が横になっているベッドの端に腰掛けると話し始めた。


「でも、人間はどんどん増えて領地を広げて、周りの魔物をどんどん殺し始めました」


「……」


「そこで魔王様はバラバラだった魔物をまとめて人間に立ち向かうことにしました!」


 ふふふっと意味深な笑みを浮かべると、ベッドから立ち上がってふらふらと部屋の中を歩き回るレヴィアタン。


「人間側では、魔王様は人間の繁栄を邪魔するやつみたいな感じで言われてるかもしれないけど、これが真実……まあどっちを信じるかはあんた次第だけどね」


 ……。


 ……そっかぁ。


 でも私はどっちだっていい。人間が悪いとか魔王が悪いとか、そんなのは関係ないんだ。ただ自分の生きたいように生きる。私を必要としているマシューのために生きて、私をバカにするやつを見返して、ルナに仕返しして、レオンと……幸せになる! そうするもん!


 私は一度死んで転生して、今日もまた前世の私に戻る機会を蹴ってきた。もう後戻りはできない。

 よーし、そうと決まればやることは一つ!

 強くなる!仲間を守るために、ムカつくやつをぶっ飛ばすために!


「レヴィアタンさん!」


「ん? なあに?」


「私を……私を鍛えてください!」

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