第22話 七つの大罪

 私はレヴィアタンに弟子入りを申し出たんだけど、彼女は笑いながらこう言った。


「あははっ、あんたも魔王様に尽くしてくれる気になったのね! でもあたしには教えられることと教えられないことがあるから、最強を目指すならまずあいつから指南してもらいなさいよ」


 ……というわけで、完全回復(フルヒール)で脇腹からお腹辺りにかけてざっくりと斬られていた傷口を塞いでもらった私は、しばしの休養の後、血だらけでボロボロの服をレヴィアタンが持ってきてくれた動きやすそうなジャージのような服 (名称はよく分からない)に着替えて、早速魔素の扱い方を学ぶためにノーランのもとを訪れることになった。

 私のラヴァワームのローブさん、今までお世話になりました……


 さて、暗い部屋から出てレヴィアタンに案内されるままに暗い石造りの城の中を歩き続け、とある部屋の前で立ち止まった。


「ノーラン! いるー?」


『今、魔王様からの沙汰が出たところだ。入るがよい』


 レヴィアタンの問いかけに、中からノーランの声がした。ここがノーランの部屋なのかな。

 私たちが部屋に入ると、そこはただのだだっ広い空間だった。タテヨコ高さ全てが規格外、魔王城ってすごい!


「広っ! 四天王ともなるとこれだけの部屋があてがわれるんですね!」


『はっはっはっ、違うぞ。ここは魔王城の大広間だ。我はここでお前に鍛錬を施すように魔王様は仰せつかったのだ……それが我に下された沙汰というわけだな』


 あっ、やっぱり大広間なのかぁ……。


「ノーランは影のある場所からは自由に現れたり消えたりできるから、部屋というものが必要ないのよ」


 とレヴィアタンが補足する。なるほど、便利なんですねデュラハンって。


「でもなんで私なんかを鍛えるように魔王様は言ってるんですか?」


 私の問いに、二人は意味ありげな沈黙を挟んだ後に、同時に答えた


「勇者を倒すためよ」


『勇者を倒すためだ』


 ――えっ


「えぇぇ!? 私が!?」


 私は素っ頓狂な声を上げてしまう。確かにムカつくやつをボコボコにするために強くはなりたいけど、私の殲滅対象に今のところ勇者レオンは入っていない……というかむしろ仲直りしたいのに……


『どうした、そのために強くなりたいのではないのか?』


 いや、うん。違うんだけどなぁ……でも雰囲気的にノーとは言えなそうだ。


「ま、まあ……はい」


 続けてノーランが発した言葉は、私の想像を超えたものだった。


『それとも、勇者を倒すことは望んでいないか……?お前の恋人の勇者レオンを……どうだカナよ』


「うぇあ!?」


 ごめん変な声出た。……なんで、なんで知ってるのコイツは……。私が勇者パーティーの天才美少女魔法使いカナちゃんだってことはマシューしか知らないはず……まさかマシューがバラした!?


「まさか、あたしたちが気づいてないとでも思ったの?……あんたの魔力量、そして体の中を触れば一発でただ者じゃないってわかったよ」


 とレヴィアタンが腕を組みながら告げると、ノーランも


『それに勇者レオンがお前にトドメをささなかったということが決定的証拠だな。それに我々が相対した勇者パーティーの中に魔法使いのカナはいなかった。我がカナの魔法を警戒してあまり前に出なかったにも関わらずな。そうしたら、当のカナはまさか魔王軍として参加していたとはな……まんまと嵌められたということだ』


 それはなんというか……ごめんなさい。でも、ということはノーランたちは私が勇者パーティーのカナちゃんだって分かっていて、鍛練をしてくれようとしているってことだ。……だとしたらもう隠す必要もないか……


「……だったらなんだっていうんですか! 勇者パーティーの最強魔法使いが魔王軍に入っちゃいけないんですかっ!」


『いや、その逆だと言っている』


 開き直った私に、ノーランは静かに、諭すように告げた。


『今まで多くの魔物を葬ってきたお前がモンスターギャルドを通じて魔王軍に入ってきたのはそれなりの理由があるのだろう。勇者パーティーにいられなくなった理由が』


「……っ」


 図星です。呪いのせいもあるけど、自分が煙たがられているあのパーティーの中でこれ以上やっていく自信がなかったから……。


『それにお前はレオンを知り尽くしているとまではいかないまでも、我々よりは多くを知っている。魔王様に従ってくれるというのなら勇者に対する切り札になり得る』


「あとその強力な魔素。鍛えたらきっと勇者とも互角に近い戦いができるはずだって魔王様は仰っているわ」


 ノーランとレヴィアタンは口々に言った。

 ……本気なのか、追い詰められた魔王は藁にもすがる思いで私に可能性を見出したのか、それはわからないけど、二人がそこまで言うのなら……


「……わかりました。勇者を倒すために私は強くなります!」


『よし、よく言った! では早速始めようか』


 ノーランは頷くと、私を促して広間の中心近くへとやってきた。


『さっきまで死にかけていたのだから、あまりハードなことはしないが、出来るところから始めよう。まずは魔素の出し方からだ』


 とはいえ、何もしなくても魔素……というか黒い影がゆらゆらと体の周りから立ち上っているノーランだ。……いったい何を教えるつもりなんだろう…


「ノーラン様にはいつも魔素が出てるじゃないですかっ!」


 とりあえずツッコんでおこっと。


『ふん、甘いな。我の本気はこんなものではないぞ……』


 その時ブワッッッ!! とノーランから黒い影が溢れ出る。だが、その影は瞬時に巨大な黒い鎌の形になり、ノーランは宙に浮かぶそれを握ってブンブンと上下左右に振り回してみせた。


「おぉ……」


 レオンと戦ってる時もすごいとは思ってたけど、あの調子だとまだまだ奥の手を隠してそう……。


『魔素の解放には、お前がやるように魔法を使おうとして無理やり止めるという方法もあるが、体への負担が大きくて、あまり続けていると命を落としかねないな』


「えっ、そうなんですか……?」


 そりゃそうか……だってものすごく痛いもん。あれはもしかして呪いの痛みじゃなくて、魔法が失敗した時の痛みなのかもしれない。体から無理やり魔素が溢れ出した時の痛み……きっとそう。


『ああ、だからこれから教えるんだろう。まずは卵をイメージしろ。殻がお前の体、中身が魔素だと思え。殻をハンマーで叩き割るのではなく、ヒビを入れてから両手で上手く割って中身を取り出すイメージだ』


「うーん、なんかイメージできるようなできないような……」


『ディランから聞いたが、お前の得意料理は卵焼きだそうじゃないか。それと同じ要領だ』


「はぁ……?」


 なんでそんなこと知ってるんですかねノーランさんは……。さてはそれ以外もいろいろディランから聞き出しているに違いない。恐ろしいやつだ。


『ヒビを入れるのに使うのは、主に強い感情。負の感情だと望ましい。……七つの大罪といったか、ここはレヴィアタンのほうが詳しいな』


「七つの大罪っていうのは、傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲の七つのことをいうの。……人間が考え出したものだけど、人間に限らず全ての生物に当てはまる負の感情。これらはそれぞれ強力な力を持つわ」


 少し離れたところから様子を伺っていたレヴィアタンがノーランの説明を引き継いだ。


「これは人間の僧侶(プリースト)どもが編み出した考え方なんだけどね。負の感情を使って心にヒビを入れて魔素を解放するの。だから僧侶極めてる人間なら魔素を操れたりするわ」


 って言われても、頭の悪い私にはイマイチよくわからない。つまりその負の感情で自分の魔素を引きずり出せってことかな?あ、でも僧侶が魔素を操れるっていうのは分かるかも。アンジュも魔素を出せてたし。


「例えば、私は七つの大罪のうち嫉妬を司るの悪魔だけど、嫉妬の感情で魔素を解放しようとすると……カナはあたしよりも可愛くて羨ましい……って強く思ってみたりすると……」


 釈然としない表情の私にレヴィアタンは説明を続けると、ブワッ!! と突然魔素を解放した。鮮やかな赤いオーラがレヴィアタンの体から立ち上る。……あれがレヴィアタンの魔素なのね。


「い、いやぁ……レヴィアタン様もかわいいですよ!」


「そういう問題じゃなくてね……」


 レヴィアタンは肩を竦めると、すぐに魔素を消してしまった。


「まああんたが一番使いやすいのは憤怒……怒りかしらね。相手が憎いって強く思うのよ」


「は、はぁ……」


 って言っても、私はレヴィアタンもノーランも別に憎くはないんだけど……


『……いるだろう、心底憎んでいるやつが。お前が勇者パーティーを去る原因を作ったやつだ。……そいつのことを考えろ』


 と、ノーラン。

 私を追い出した……ルナ。……あの腐れエルフ。


「……ぐぅっ」


『もっと憎め、殺してやりたいと思うだろう……ただ殺すだけではつまらない。散々苦しみを与えて殺してやるのだ』


 ルナは私から……私から恋人のレオンを奪った……その後私を散々バカにして蹴っ飛ばして……うん、殺してやりたい。めちゃくちゃにしてやりたい!


「うぁぁぁぁっ!!」


 気づいたら私は叫びながら右拳を突き出していた。ルナの顔面を思いっきり殴るイメージで。

 ブワッッ!! と拳から闇の炎が迸る。……で、出たぁ! 体の痛みはほとんどなし! 成功だ!


『うむ、いい感じだ』


 ノーランが満足げに頷くと、レヴィアタンもパチパチと拍手する。


「なかなか筋がいいわね」


『よし、次は魔素を自由自在に操る訓練だ』


 こうして、魔素を操る訓練は数日間にわたって続いた。

 私は大広間でひたすら鍛錬して疲れたらそのまま大広間の端で寝て、お腹が空いたら食べ物を持ってきてもらってというのを繰り返した。

 ほとんどノーランとのマンツーマンで、たまにレヴィアタンがいたりしたけど、他の誰も大広間に入ってくることはなかった。


 数日間経つと、私はだいぶ思いどおりに魔素を操れるようになった。魔素は自分の強い思念に呼応するように動くので、強い思念を鍛えるという名目で、レヴィアタンから散々罵られたりして遊ばれたりもした。


 魔素の解放の方もだいぶスムーズに出来るようになって、妄想の中で何度ルナの顔面を殴り飛ばしたかわからないよ……でもお陰で実戦でもすんなり使えそうだね。


『……さてと、ここら辺で実戦形式で実力を試してみるか……』


「えぇっ!? ノーラン様と戦うんですか!?」


 いきなり魔王四天王と? 確かに結構戦えるような気はするけど……


『いや、お前の相手は……彼だ』


 ノーランは大広間の入り口を指す。そこからはまさに今一人の鬼人(オーガ)が入ってくるところだった。


「……久しいな、我が弟子よ」


「ディラン!?」


 そう、私の相手は師匠のディランだった……!

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