第20話 勇者との戦い
翌日、私は荷物をまとめて出かける準備をしていた。
荷物といっても、私が荷物を持ってマシューに乗ると荷物が燃えてしまうので、武器だけだ。
マシューは昨日から……というか、この前の試合からどこか元気がない。そのうち治るだろうと思ったし、私は落ち込んだ時に構わないで欲しいタイプなのであえて放っておいたのだけど、今後の勇者パーティーとの戦闘に差し支えるといけないし、聞いてみようかな。
「マシュー、最近元気ないね?」
といつものように背中を撫でる。
「……ん、ああ、わかるか?」
当たり前だよ!相棒舐めんなよ?
私が黙って頷くと、マシューはゆっくり目を閉じて……再び開いた。何かを考えていたようだ。
「……実はちょっと悩んでいてな」
「ふーん、どういうこと?」
「俺は本当にカナを守れるのだろうか……」
「へっ?」
予想外の言葉に私は戸惑いを隠せなかった。なに恋人みたいなこと言ってんのこのトカゲは……。
「マシューは自分の好きなように暴れればいいんだって!」
「モンスターギャルドはどちらかが戦闘不能になったら負けだ。しかも、毎回俺はピンチのカナを助けられていない。この前の試合なんかノーラン様の前で俺はただ槍で刺されてのたうち回ることしかできなかった。勝ってくれたのはカナ。お前のおかげだ。俺は相棒(パートナー)として失格なんだよ」
「そんなことない! 昨日だってノアちゃんに飲み込まれた私を助けてくれたじゃない!」
マシューは私よりもずっと強い。本当なら私がマシューを助けてあげないといけないのに……今の私にそんな力はない。だから……ごめんね。
「その結果皆に迷惑をかけることになった。……カナ、俺はお前を失うわけにはいかない。俺に乗ることのできる唯一無二の相方だからな」
「マシュー……」
そんなこと……レオンにも言われたことないかもしれない。まあレオンはシャイな男だからあまり気持ちを率直に伝えてきたりはしないんだけど。まさか私がマシューにこんなに想われてるなんてね。魔獣じゃなかったらそのまま恋人にしちゃうところだよ。
「ありがとう。でも大丈夫! 自分の身は自分で守れるように私強くなるから!」
マシューに心配ばかりかけてはいけない。そのためにもやっぱりノーランの元で魔素の操り方を勉強しないとね!
私の言葉にマシューは「そうか」と小さく呟いた。少しは元気が出たようで、先程よりも纏っている炎の勢いが増しているように感じる。やっぱり相方とのコミュニケーションは大事だね。
「あとここではカナって呼ばないでって言ってるでしょ?」
「……すまない、カタリーナ」
こうして私たちは留守番組に見送られながら養成所を後にした。……にしてもノアちゃんはいまだに私の姿をコピーしたままなんだけど、帰ってきてもまだあのままだったらいい加減怒ろう……。
私とディラン、トラウゴットの三人は、それぞれ魔獣に乗ってサンチェスの正面の門の前でノーランの魔王軍と合流し、行列の最後尾につけた。行列はとても長い。何百何千という魔物が勇者パーティーを倒すために魔王軍に志願しているのだろう。
勇者パーティーの連中はよほど恨まれているらしい。その中でも魔法使いでキルレートトップの私も多分相当恨まれてるけどね。
まさかそんなカナちゃんが魔王軍にいるなんて誰も思ってはいないだろう。そう考えるとちょっと面白いかも。
私たちの他にもモンスターギャルドの選手たちがたくさん参加していて、みんな魔王軍の最後尾付近に集結している。どうやら魔獣と亜人のコンビネーションが光るモンスターギャルドの選手たちは、ノーランにとっては秘密兵器みたいな扱いらしい。
自身もモンスターギャルドを愛しているだけあって選手を戦いであまり失いたくないというのもあるのかな?
とにかく私たちは最後尾付近でノーランを護衛する役目を担っている。見渡すと、ディランやトラウゴットの他にも、私と対戦したことのある選手や、あのムキムキマッチョのミノタウロス、ヨナタンの姿もあったりして、結構顔見知りが多い。
あのイカさんを操るリザードマンの姿はないみたいだけど、多分私がイカさんをいじめすぎたせいでまだ闘えるまでに回復してないのかな。
魔王軍はサンチェスの位置している盆地をぬけてそのまま周囲の森に入った。ほとんど私とマシューが街に来る時に通った道と同じだったが、マシューが飛び降りた崖の近くにちゃんと登れそうな坂があったので、もう少しちゃんと探せばよかったなと今更後悔してみたり……。
森に入ってしばらくすると、魔王軍は少し開けた場所にたどり着いたので、斥候隊を出してしばし休息をとることになった。
『お前たちは初めての出陣だったな』
私たちが思い思いにくつろいでいると、ノーランが影でできた大きな黒い馬に乗って私とトラウゴットの前に現れた。
「は、はいっ!」
あからさまに慌てて返事をするトラウゴット。
『我はできるだけ犠牲を出さずに勝利するつもりであるが、期待の若手は特に失いたくない。戦闘が始まっても我の傍を離れるなよ』
「はい!」
暗に「足でまといだからあまり前に出るな」って言われているような気がしたけど、とりあえず私も返事をしておく。ノーランは私を助けてくれた恩人でもあるし。
『……久しいなマシュー。先日の試合の時にはカタリーナの戦いぶりに感心するあまりお前に挨拶するのを忘れてしまってな。許せ』
「はっ、先日はお見苦しいところをお見せしてしまい……」
『いや、お前がモンスターギャルドを諦めたと聞いて心配していたからな。またお前の勇姿が見れて嬉しい。……良い相棒(パートナー)を持ったなマシューよ』
ノーランは恐縮するマシューに優しく語りかけた。さすがは名付け親だ。しっかりと愛情をもっているらしい。
「ははっ、もったいなきお言葉……」
マシューはボッ! と炎を吐いて嬉しそうだ。そのせいで吐いた炎がトラウゴットのオルトロスに引火仕掛けてトラウゴットがめちゃくちゃ睨んできたりしたけど。
相棒(パートナー)の私よりも、名付け親のノーランに励まされた方が効果があるとは……ちょっと嫉妬するかも。
それからしばらく待っていたが、ノーランが出した斥候隊は戻ってくることはなかった。
『進軍する。斥候隊が勇者にやられたのか、この辺りを餌場にしている暴虐龍(タイラントドラゴン)ティアマトにやられたのかは分からんが、仇をうたねばならない』
ノーランの号令にオーッ! という雄叫びで応じる魔王軍。そして魔王軍は再び進軍を開始した。
程なくして、なにやら前の方が騒がしくなって、前方にいた黒い鎧の精鋭部隊の1人が声を上げながらノーランのもとに走ってきた。
「申し上げます! 人間の冒険者と思われる一団と交戦を開始しました!」
『勇者パーティーか?』
「はい……ですがそれだけではなく……」
『ん?』
「エルフの一団も共にいるようです!」
『なんだと?』
エルフ……確かに勇者パーティーにルナが合流したのだとしたら、それにエルフが助力しても不思議ではないかもしれない。
『手筈どおりに、一掃するぞ』
ノーランは呪文を唱え始める。そうこうしているうちに、どんどん喧騒は大きくなってくる。明らかにこちらが押し込まれている。……相手が勇者パーティーだし、エルフたちもいるんだからしょうがないのかもしれないけどね。
ノーランはよほど強力な魔法を使おうとしているのか、なかなか唱え終わらない。あっ、もうすぐそこまで敵が迫っている……!
『雷鳴よ漆黒の闇よ、豪風を纏いて敵を蹂躙せよ……轟雷暗黒旋風(ヴォルテクスレイジ)!!』
ゴゴゴズギャァァァッ!!と大きな音。な、なにこの凄まじい嵐は……
雷を伴った黒い竜巻……とでも表現すればいいのかな。とにかくそんな感じの凄いのが、近くに迫っていたエルフたちを巻き上げながら押し戻していく。雷、闇、風の三属性魔法……ヴォルテクスレイジ……私だってほとんど二属性魔法までしか使ってなかったのに。
その時、竜巻の中から飛び出してくる人影が見えた。……あのシルエットはまさか!
「勇者レオンだ!」
「勇者が現れたぞ!」
たちまちパニックになる魔王軍。それもそのはず、勇者を見た魔物はまず生きて帰れない。勇者パーティーは遭遇した魔物は必ず倒してしまうから。
レオンは真っ直ぐにこちらの指揮官であるノーランに向かって突き進んでくる。何体かの魔物がそれを妨害しようとしたが、レオンが剣を一振するだけで瞬殺されてしまったので、恐れをなした魔王軍はさささっと左右に分かれてレオンを通してしまった。
そしてノーランの前にたどり着いたレオンは剣を片手で振りかぶって光の力を纏った刀身をノーランの鎧の頭部に振り下ろす。いくらデュラハンが物理攻撃を受けつけないと言っても、勇者の魔物特攻に聖剣、光の力の三拍子が揃った攻撃を食らえば無事では済まない。
ノーランは体から湧き上がる魔素で大きな黒い盾を生成し、レオンの攻撃を止めた。なるほど、魔素はああいう風に使うんだね……って呑気に観察している場合ではない。ノーランに加勢するか……いや、魔王軍を裏切って大好きなレオンに加勢してポイントを稼ごうか……うーん、どうしよう……。
でも、勇者パーティーに私の居場所はもうない。自分から出ていったのだから。
『全く、ふがいのない奴らだ』
ノーランはレオンの聖剣を盾で跳ね返すと、盾を巨大な鎌に変形させて反撃する。
「……その程度か、魔王軍の指揮官の実力は」
レオンはノーランの振った鎌を体を反らして楽々とかわすと、ノーランを挑発する。
『笑わせる。貴様など全力を出すまでもない』
「ノーラン様! 助太刀いたします! お下がりください!」
「うぉぉぉぉっ!!」
ノーランの奮闘に、硬直から立ち直ったディランがワイルドボアを駆ってレオンに肉薄すると、手に持った高そうな大剣で攻撃を仕掛ける。負けじとライバルのヨナタンもそれに続いた。
レオンは振り下ろされたディランの大剣を聖剣で弾くと、ワイルドボアに光の力をまとった蹴りを入れて吹き飛ばし、横薙ぎに振るわれたヨナタンのハルバードをしゃがんでかわしてヨナタンの乗っているキラーラプトルの足を聖剣で斬りつけて転倒させる。……凄まじい早業だ……。だめだ。あの二人でも手も足も出ないのに私が勝てる相手じゃない……。
「師匠……!」
トラウゴットがディランを助けようとオルトロスを操ってレオンに向かって駆ける。
「あーもう!いくよマシュー!」
なんだかんだ良くしてくれた師匠と、ウザいけど頼りになる兄弟子を失うわけにはいかないもん。私もノーランの傍から離れてその後に続く。……レオンのことは大好きだけど、今の私は魔王軍だから……ここが私の居場所だから……ごめん、分かって!
「はぁぁぁっ!!」
トラウゴットは素早い動きでオルトロスをレオンに接近させると、トマホークで背後から不意打ち気味の一撃を放つ。しかしレオンはそれを横に避けてかわしてしまう。かわしたところで、レオンは炎に包まれた。マシューの吐いた炎だ。
「倒れろ勇者よ」
「撤退させる程度でいいから、殺さなくていいからね!」
「わかっている」
レオンが死んじゃったらどうしようと慌てた私だったけど、どうやらそれは杞憂だったみたいだ。レオンはマシューの炎を片手で防いでいる。
「まさかこいつも炎耐性を!?」
「ううん、手から属性攻撃を無効化する盾を出してるだけ」
「そんな無茶苦茶な……」
マシューと私は小声で言い合う。周りの音が大きいからレオンには聞こえてないはずだし、私はフードを目深に被ってるからカナちゃんだってバレてないはず!
「死ね勇者ぁぁぁぁっ!!」
トラウゴットが叫ぶとともに再びレオンにトマホークを振り下ろす。レオンはそのまま後ろに飛んで避けた。その隙にマシューは炎を吐くのをやめてレオンに近づくと、しっぽで振り抜く。反応の遅れたレオンはそれをモロに受けて吹き飛んだ。
「ぐっ……!!」
よしもらった! 私はマシューから飛び降りると、レオンの足を狙ってショートスピアを突き出した。……怪我させるだけ、それだけだから!
でも……
ガインッ! グサッ! えっ……!?
「残念だったな。突きに迷いがあったぞ?」
レオンは不敵に笑う。突きに迷いがあるのは当たり前だよ。本当は傷つけたくない相手だから。そしてぽたぽたと何かの液体が落ちる音。……足元を見ると……赤い、血? いったい誰の?
「カタリーナ!」
「カタリーナァァァッ!?」
ディランとマシューの今まで聞いたことがないような声でやっと状況がわかった。……なんだ、私はやられてんじゃん。あはは、やっぱりレオンには勝てなかったかぁ……
途端に全身が熱くなる。どこかがすごく痛いんだけど、どこなのかはわからない。足元の血溜まりはみるみる大きくなって……
私は顔を上げてレオンの顔を真っ直ぐ見つめる。……一瞬目が合って、彼が少し動揺したように見えた。けど、すぐに私の意識は薄れていって……闇に染まった。
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