第13話 美味しいご飯が食べたくて

 それから数日、私の過酷な奴隷生活が続いた。

 朝早く起こされて朝稽古、出かける人達を見送ってから採掘場でツルハシを振るったり荷物を運んだり、で、お出かけ組が帰ってきたら夕方の稽古。で、私にあてがわれた小屋は相変わらず汚れているのでマシューと一緒に寝る。その繰り返し。


 たまに私が体を痛めたり疲れきったりして動けなくなると、その度にエミールが回復魔法をかけてくれたりすることもあった。


 さて、今日も朝稽古が終わってからひっきりなしに採掘場でツルハシを振るう作業だ。手を抜くとすぐにオーウェンの鞭が飛んできたりするので、彼が見張っているうちは真面目にやらないといけない。


「はぁっ……はぁっ……」


 いつまで続くんだろうこの生活……私たちが採掘している鉄鉱石(てっこうせき)は、黒っぽい鉱石で、武器とかを作る鉄の原料になるみたいだけど、岩場の岩が全部鉄鉱石ってわけじゃなくて、色んな岩が混じっているので、上手く鉄鉱石だけを取り出さなければいけない。

 それがまた骨が折れるし、取り出した鉄鉱石を洞窟の外に運び出す作業も大変だ。ゴブリンたちは私みたいに弱音を吐いたりはせずに本当によく頑張っている。


「うぅ……もうだめ……」


 バタッ……通算何度目か忘れたけど、私は疲れ果てて倒れ込んでしまった。腕の感覚とかほとんどないし、手も豆だらけでものすごく痛い。しかも、倒れた拍子に口の中に岩の欠片が入ってきたんだけど……最悪……ってかしょっぱ! なにこれ!


「……ペッ! ペッ!」


 慌てて吐き出してからその場に横たわった。というか他に選択肢がないくらい疲れ果てていたのだ。こればかりは許してほしいよ……

 幸い、鬼畜のオーウェンは今はいないらしく(いちいち確認している余裕もない)、鞭は飛んでこない。

 そして私はそのまま気を失ったらしい。



 気がつくと、私はゴツゴツした岩場ではなく、布の上に寝かされていた。周りも、採掘場じゃなくて私にあてがわれた小屋のような感じの古びた小屋。誰が運んだんだろう? オーウェン? エミール? ディランかな?

 それはすぐに分かった。

 私を心配そうに覗き込むいくつもの顔が見えたからだ。……ってゴブリンさんたちじゃん!


「おぉ、お目覚めなさったべ!」


「死んでもうたと思ってたからに…えがったえがった!」


 ゴブリンたちは口々に歓声を上げる。どうやら採掘場で一緒に働いていたゴブリンさんたちのようだ。


「……どうして……」


 あんなに私のことを怖がって避けてたゴブリンさんたちが、何故いきなり倒れた私の介抱をしてくれているのか、よくわからなかった。


「ワシらも最初の頃はあんたさんみたいにぶっ倒れてばかりだったべ」


「自分らが経験したことあるから、辛いのはよくわかるんだべ」


「……?」


 ゴブリンさん結構訛ってるなぁ……とか考えながら上手く反応できずにいる私に、1人のゴブリンが手を差し出しながら言ってきた。


「ワシはヨサクいうもんじゃ。よろしゅうな。娘っこ」


 ヨサク……? なんか昔の村人の名前みたいだけど


「カタリーナよ。よろしく」


 私は答えて差し出された手を握ろうとして……


「いたたた……」


 腕がだいぶ死んでいることに気づいた。しかし、ヨサクは私が体の横にだらんとぶら下げている手を握って握手してくれた。……ゴツゴツしてるけど、温かくて優しい手。お父さんを思い出すなぁ……前世の私の家族は……元気かな?


 ゴブリンさんたちは全員で4人いて、ヨサクの他は、キチベエ、ショウエモン、タツノシンと名乗った。みんななんていうか、すごく日本人っぽい名前。


「なんかすごく懐かしい名前ね……」


 正直に感想を述べると、ヨサクは笑いながら


「ははっ、んだべ? ワシらの名前はディラン様がつけてくださったんじゃ」


「ディランが?」


「んだんだ。ディラン様はワシらに仕事を与えてくださった。ありがたいことだべ」


 魔物に名前をつけるということは、この世界ではとても特別なことらしい。名前をつけられた魔物は、名前をつけた魔物の力の一部を得る。


 つまりは、名無しの魔物はより強い魔物に名前をつけてもらった方が強くなれるってことみたい。……ってカナちゃん情報がある。

 実際、この前私が襲われたゴブリンどもよりも、ヨサクたちの方が体がしっかりしているし、知能も高いのか喋りもはっきりしている。それに、魔王四天王の1人のノーランに名前をつけてもらったというマシューはめちゃくちゃ強いし…


「仕事を貰えない低級の魔物は、人間やエルフを襲って奪うしかねぇ……大概は返り討ちにあうから命の保証もないべ。厳しい世界じゃ」


「そうなんだ……」


 私は改めてヨサクを観察した。ゴブリン特有の髪の毛のない頭には、小さな角がひとつ生えており、目もゴブリン特有のギロっとした目だけど、どこか優しさのある表情だ。

 結構歳をとっているのか、顔にも皺が目立つ。小柄な体にはしっかりと筋肉がついていて、腕っ節は強そうだ。


「ワシらは確かにあんたさんみたいな人間は嫌いじゃけども、人間の気持ちも分からんでもないべ。こちらは生きるのに必死だとしても、いきなり襲われたらたまんねぇべ?」


「ま、まあね……」


 私はそんなことなんか考えもせずにゴブリンを虐殺していたなぁ……とか考えたらちょっと…というかだいぶ可哀想になってきた。そんなゴブリンたちに優しくされて……少し居心地が悪い。


「ワシらも勝手にあんたさんを怖がってた。でもあんたさんにはワシら魔物に近い何かがあるべ。詳しくはわかんねぇけども」


 それは多分、この前エミールに言われたドス黒い魔素ってやつかも?それか呪いのことか。


「う、うん。ありがとう……」


 正直、怖がられたままだとだいぶやりずらかったし、よかった……のかな?

 でも私はひとつ隠していることがある。私がゴブリンさんたちをたくさん殺してきた、美少女魔法使いのカナだってこと。……話したらヨサクたちはどんな顔をするだろう……?

 怖くてとても話す気にはなれなかった。

 そんなことを考えてたら、だいぶ体が楽になってきたので、私はゆっくりと立ち上がった。小屋はゴブリン用に設計されていたようで、私が立ち上がると天井に頭をぶつけかけてしまったが、私も人間の中ではそこまで背の高い方ではないので、ギリギリ助かった。


 立った状態から見下ろすと、ゴブリンたちはみんなして私を見上げていて……なんか照れくさくなった私は、右手を頭の後ろに回して「えへへ……」と笑うのでした。




 さて、その翌日、またいつものようにオーウェンに汚い水をかけられて起こされた私は、こんなことを言われた。


「今日はお前が食事係だ!早く作れ朝飯を!」


「……は?」


「まさかお前、今まで飯が勝手に湧いてきてると思ってたんじゃないだろうな? 毎日代わる代わる誰かが作っていたんだよ。で、奴隷のお前も当然食事係をやらなきゃなんねぇ。早くしろ! 俺は腹ぺこだ!」


 無視するとこの場で私が食べられそうな勢いだったので、仕方なく頷き、オーウェンに連れられて厨房(?)らしき小屋に連れていかれた。


 といっても、ほとんど誰かが買ってきたパンや野菜が所狭しと置かれているだけの倉庫で、水は貴重だからか蛇口とかはないし、火も焚き火でまかなっているらしく、厨房にはない。

 これだから毎日パンとスープの変わりばえのしないクソまずい食事だったんだね……


 そういえばスープの水はどこから取ってきてるんだろうと思ってキョロキョロ探していると、何やら巨大な壺のようなものを見つけた。木の蓋には『雨水、スープ用!』と黒い大きな字で書いてある。……笑っちゃいそう。


「何をしている早くしろ!」


 オーウェンは、口からヨダレを垂らしながら怒鳴ってくる。余程腹が減っているらしい。


「はいはい、今作るよー!」


 といっても、野菜を切って煮込んでスープにするだけだ。パンは丸いの一つずつ袋から取り出して用意すればいいだけだし、あっでも私以外の弟子たちとディランには生肉が特別に用意されてるんだった(ずるいよね私もお肉食べたいよ)……それも切らないと……


 と、前世ではあまり料理経験のなかったカナちゃんは一生懸命包丁で野菜や肉を切り、野菜をスープ用の雨水で煮込んで、なんとかいつもどおりの朝食を作った。


 人数分の食事を大きなトレイのような板に乗せて、その重さにフラつきながらも、すでに厨房の外に座って待機していた皆のもとに持っていくと……


「遅い!」


 とまたディランに怒鳴られてしまった。うぅ……鬼畜ぅ……


「ごめんなさい!」


 と言いながら皿を配る。

 腹を空かせて散々急かしてきたオーウェンは、物凄い勢いで肉とパンとスープにがっつくと


「なんだ、いつもどおりの飯じゃねぇか!」


「当たり前でしょ!」


 いつもどおりの材料しかないんだから!


「別に特に美味しいわけでもありませんね」


「うん、至って普通」


「確かに飽きたなこの味は」


「おい! 女なんだからもっと工夫して料理しろ!」


 トラウゴット、エミール、ディラン、オーウェンに口々に言われて、私はさすがに頭にきた。

 特にオーウェン。あの犬っころ、男女差別主義者か!?


「夕食……覚えておきなさいよ!」


 食事係の任期は1日。つまりもう1回チャンスがある。こうなったら絶対にあいつらに美味いって言わせてやるから!


 その後、採掘場で働いている間、私はずっと、あの限られた素材と設備でどうやって美味しい料理を作るか、そればかり考えていた。

 そして……とてもいいことを思いついた。……うん、これならいけるかも!

 私はマシューに苦言を呈されてから必死に練習して吹けるようになった口笛を吹いた。


 ピュゥゥッ!


 マシューはすぐさま採掘場に現れた。


「呼んだか? 相棒」


「実はお願いがあるんだけど……」


 私がマシューの背中を撫でながら言うと、マシューは頷いて


「俺も頑張っているカ……タリーナのためになにかできないかって思ってたんだ。なんでも言ってくれ」


 こいつ今カナって呼ぼうとしたでしょ…まあセーフだからいいけど。

 そして私はマシューにとあることを耳打ちした。今は内緒にしておくね。


「わかった。そんなことでいいなら…」


 マシューはもう一度頷くと、街の外へ向かって走り出した。


「さてと……」


 もう一つ、これがなかなか大変かも…

 私はオーウェンが採掘場を離れたのを確認すると、昨日の一件からすっかり仲良しになったヨサクたちに口裏あわせをお願いして、こっそり採掘場を抜け出した。


 そして、自分の小屋の辺りに戻って、奴隷のボロ布から黒いローブに着替えると、そそくさとサンチェスの街へ出かけたのだった。


 人間だとバレてあんなに騒がれた私だけど、ローブのフードを目深に被っていれば誰も人間だとはわからないみたいで、特に騒がれずに街に入ることができた。


「うーんと……ここなら大丈夫かな?」


 石造りの街並みに並ぶ一つの店の前で私は立ち止まった。店の前には小さい看板がかけられており『調味料』と書いてある。多分調味料の専門店……


 私は木の扉をギィィッと開けて中に入った。

 店内は薄暗く、所狭しと並べられた棚には、大小様々な瓶が並んでいる。そして、店のカウンターに座って店番をしているのは、馬の頭の亜人…馬人(バフォメット)だ。


「……いらっしゃい」


 バフォメットはやる気のなさそうな声で言う。よく見るとこのお馬さん、眼鏡をかけている。なんか面白い。


「調味料を探しているのだけど……醤油ってある?」


 醤油がこの世界にあるのかは果てしなく怪しかったが、私はとりあえず聞いてみた。

 すると、バフォメットは眼鏡を下にずらして、フードを目深に被った私の顔をじーっと眺めると


「……あるよ」


 あるんかい!


「……70バドルだ」


 あれ、サンチェスにやってきた初日にオーウェンにふっかけられた慰謝料よりも高いよ? もしかしてぼったくり?


「悪いけどお金は持ってないの」


「そうかい、じゃあ帰んな。それとも……」


「それとも……?」


「体で払ってくれるか?」


 はい来ました例のやつ! ほんとに好きだね! フードを被っていても美少女だって分かっちゃうのかな? でも残念、そんな気は無いから。

 私は、拳大の白っぽい岩の塊を取り出して、ゴトッとカウンターの上に置いた。


「これでどう?」


「……宝石か? 悪いが宝石には興味が無いんだ」


「ううん、違うわよ」


「……?」


「塩よ」


「塩……?」


 バフォメットは私が置いた岩の塊の周りについた粒を指につけると、恐る恐るペロッと舐めた。


「……本当だ!」


「でしょ?」


 これは私が採掘場で働いている時に気づいたんだけど、あそこには鉄鉱石だけじゃなくて、塩……つまり岩塩の塊もあるみたい。倒れた時に岩の欠片が口に入ってしょっぱかったけど、あれが塩。


 そして、サンチェスの街では醤油もだけど、塩も高級品だった。なんでかは分からないけど、みんなあんまり塩の重要性に気づいてないからあまり採掘されてないのかな?それとも、塩は海からしかとれないとか思ってるのかも。


「塩をこんなにたくさん……いいのか?」


「うん、採掘場にもっとたくさんあるし。いいよ」


「……ありがたい。これを持っていけ」


 バフォメットは大きな瓶に入った醤油をカウンターの下から取り出して手渡してくれた。


「……よしっ!」


 私は店から出ると、ガッツポーズをした。

 今夜のご飯は美味しくなりそう……!

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