第208話 連行

 報告書にはこうある。


 天使の団、殲滅完了。

 同団首領エディン・ナイデル、帝都へ移送。


 レッドアンバー所有機確保。

 同団首領アレサンドロ・バッジョ他、魔人二名含む四百六十九名、帝都へ移送。

 なお逃亡者あり、一名。

 デローシス五一二号。

 現在捜索中。


「これはいったいどうしたことか、コッセル」

「さて、デルカストロ様……どう、とは」

「わしがなんと申したか、まさか忘れたわけでもあるまいが」

「いや、これは」

「なにがおかしい」

「いえ私も、すべてまかされますように、と」

「黙れ。いまやつらはどこにおる。帝都への移送は終わったか」

「ほぼ完了しております」

「御城の牢内か」

「いえ、現在は外門外にとめ置いております。なにぶん数が多いため、主だったものは牢へ入れることになりましょうが、その他はエイとともに押収いたしました車に乗せて、見張りを立てる形になりますかと」

「ならばまだ間に合おう」

「……公爵閣下」

「む」

「陛下の御心は……」

「御心?」

「閣下と同じ側へ向いておられます」

「……」

「明日にも、刑執行の日取りが決定いたしましょう」


 目指すは百万都市。

 目指すは三重の市壁。

 当時はまだいくつか残っていた周辺諸国により、その大事業の発想はさすがに大王ユルブレヒト三世などと揶揄されながら、それが実現するや今度は、さすがに大王ユルブレヒト三世と同じ言葉で畏怖されたという、その都。

 王都・帝都クリスベン。

 言うまでもなく、グライセン第一の都市である。

 そのコンセプトは質実剛健。

 実用的と言ってもいい。

 たとえば市内いたるところに神とは無関係の鐘楼が置かれ、見張り台が置かれた。

 通りの交差する広場には彫像がつきものだが、かわりに設置されたのは狼煙台だった。

 家々の作りは材質から高さまで統一され、過度の装飾は避けられた。

 だがそれでも、十二ある区がそれぞれ独自の意匠をこらして作り上げた街並みは人々の目を楽しませ、威厳と生真面目な美しさをそなえた大通りは、いまでも、ありし日の凱旋パレードを思い描かせるに十分であったため、地方の帝国民は、品物・職業の充実や、文化の発信地という以上の思い入れを持って帝都を語り、あこがれを隠さないのであった。

 さて……。

 その帝都が、今日はいつになく、ざわついていた。

 街路を行く人影は少ないが、壁一枚へだてた建物の奥向こうでは、喜びや憎しみ、あざけりや哀れみが静かに弾けている、というような。

 外門外の奴隷たちに関する噂が、すでに広まっているのは間違いない。人の口に戸は立てられないのだ。

 ただ、かつて赤い三日月戦線の残党狩りがおこなわれた際には、まるで遠慮のない悪口雑言が機関銃のように飛びかっていたことを考えると、やや同情が強い……ように、コッセルには思えた。

 では、これがもし先帝統治下の帝都・都民であったらどうだっただろう。

「かの世は遠くなりにけり」

 と、思えるのであった。

 ふ、と。

 帰り道を行くコッセルの視線がぬれた石畳を離れ、上を向いた。

 そこにあったのは、憮然とした主人の顔である。

 コッセルはいつものように微笑み、ラッツィンガーの無言の叱責を受け止めた。

 ひそめられるだろうと思われた眉は、案の定、そのとおりになった。

「コッセル、処刑が決まったぞ」

「……左様ですか」

 コッセルはこのとき、主人がまだ冬の中にいるような気がした。

「デルカストロ公のご命令、おまえに話したときなんと言った。捕らえれば、あとはどのようにでもなると、そう言ったな。だが陛下は私の意見に耳を傾けられなかった。これはどういうことだ」

「……」

「陛下の御心は日に日に離れていかれる。承知のことか。デルカストロ公となにをはかった。なにを、陛下のお耳ヘ入れたのだ」

「なにも」

「コッセル」

「人目がございます。さあ、とにかく、お屋敷ヘ」

「コッセル」

 帝国一の大武人にこう肩をつかまれては、誰であろうと畏縮せざるを得ない。コッセルとて例外ではなく、そのすれ違わんとした足が止まった。

 振り向くことさえ許されぬ力であった。

「閣下、私がいったい、なにをはかったとおっしゃいます。はかっているのは、クラウディウス。私たちはその獅子身中の虫を払うために、ここまでやってまいったのではありませんか」

「ではそのために彼らを捕らえ、やつに処刑の判断をさせたと言うのか」

「いかにも」

 コッセルは力強くうなずいた。

「……わからん」

「いずれ目に見える形となって現れましょう。彼、クラウディウスとて、まさかレッドアンバーの処刑がそう素直に運ぶとは考えていないはず」

「わからん」

「閣下」

「猶予を、と言うのか……」

「はい」

 深いため息とともに肩の手が離れた。

 すう、と、入れかわりに冷気が入りこんだが、それが冷や汗の引く寒気だとコッセルは気づいている。

「おまえなしでは、ラッツィンガーは成り立たん。……信じる」

「閣下……」

「すまん」

「なにをおっしゃいます」

 ふたりは安堵と謝罪をこめて微笑み合うと、周囲の視線を確認して、すぐに歩きはじめた。

 その場を離れて、しばらくして、

「旦那様」

 コッセルはラッツィンガーを、沈んだ声で、そう呼んだ。

 本通りを一本折れたところで、他に人通りはなかった。

「旦那様、このコッセルにもまだ、見えぬものが多いのです」

「……そうか」

「クラウディウスの狙い。なぜいまなのか。どのように陛下の御心をあやつっているのか。彼が、レッドアンバーに期待している役割とはなにか」

「シャー・ハサンはどのように見ている」

「は……?」

「おまえが一目置く男だ」

「さて……」

 思案する口もとに、みるみる挑発的な笑みが浮かび上がる。

 珍しいことだと、ラッツィンガーは驚き、同時に感心もした。

 シャー・ハサン・アル・ファルド。

 なるほど、一度会ってみたいものだ。

「現時点での情報量という点では、私もシャー・ハサンも大差ありませんでしょう。ただ……」

「ただ……?」

「彼らは当事者です。と、申しますよりも、ここから先は彼らが、私たちを動かすのです。もしこのまま、彼らがなんの手段も講じずに処刑を受け入れてしまうようなことがあれば……」

「どうなる」

「すべてが終わりましょう。クラウディウスのたくらみも、我々の戦も。ピースを欠いたグライセンはもとのグライセンに戻り、奴隷は忘れ去られ、魔人は歴史の闇へ埋もれていく。それはそれでよいのかもしれませんが」

「ふむ」

「とはいえ、その可能性は皆無。シャー・ハサンが常に新鮮な情報を手に入れられる立場に立つのは確実です。これがどれほど恐しいことか、ものを知る紋章官ならばわかるはず。彼自身の本領は後手攻めにありますが……」

 コッセルの目が、ラッツィンガーでさえ、ぎくりとするような色で輝いた。

「さて、クラウディウスと、シャー・ハサン。手の平で転がされるのは、いったい、どちらになりますか」


 刑の内容が知らされぬまま、レッドアンバー、空飛ぶエイの一団の移動がはじまった。

 人々の不審げな視線とざわめきの中を、人間、魔人は自らの足で、すべて帝城敷地内の屋外練兵場へ。L・J、N・Sはカーゴに乗せられ、同じくL・J整備施設へ。

 N・Sマンタとマンムート二号車だけは飛行戦艦につり下げられて、昨夜のうちに、L・J演習場へと搬送されている。

 これらは敷地内と言っても、皇帝の住まう宮殿とは、かなりの距離と壁によってへだてられていたため、実質、別施設と言ってもいい位置関係にあった。たとえば最も近い練兵場でも、宮殿までは馬の速足で十分ほどかかった。

 今回、その練兵場から宮殿までの道のりをさらに引き立てられて行くことになったのは、特別な裁きが必要とされる罪人、

 首領、アレサンドロ・バッジョ。

 副首領、シャー・ハサン・アル・ファルド。

 魔人、クジャク、マンタ。

 N・Sの乗り手、ヒュー・カウフマン。

 元鉄機兵団騎士、ララ・シュトラウス、テリー・ロックウッド。

 技師、セレン・ノーノ、メアリー・ミラー。そして、ジョーブレイカー。

 計十名ということになった。

 おそらく帝都の中心部にはこの他に、バラバラになったエディン・ナイデルも運びこまれているのだろう。

 あれ以来、行方知れずとなっているシュナイデもまた、壁の向こうにいるに違いなかった。

 与えられたボロを身にまとい、歯を噛みしめて風に耐え、食いこむ手かせ足かせをジャラジャラと鳴らしてその道を歩ききったユウたちは、薄い靴底を通した感覚のみで、どこかの建物の中へ入ったことを悟った。目隠しをさせられているのだ。

 足もとは冷たい石畳で、音の反響からするとせまい空間ではない。

 いくつもの鉄格子をくぐった。

 いくつかの角を曲がった。

 特別な五感など持たなくとも、ここが地下牢であることは、すぐにわかった。

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