第159話 敵の敵
「冗談じゃねえぞ、こいつは!」
言いながらアレサンドロは、その長髪が流れへ落ちこむのも構わず、前へ前へと身を乗り出した。
「戻ってこい、マンタ! 早く!」
と、川面が波立つほどに叫んでみるが、水の中にいる者に、そうそう声が届くものではない。マンタはさすが水棲生物とでも言おうか、浮上してくる気配さえない。
「ちくしょう、あの馬鹿……!」
「さて、どうする?」
「オルカーンはどうだ、俺たちに気づいてる様子か?」
そこでハサンは、ゆったりと回頭つつあるオルカーンを見やった。
「……気づいたな。艦砲の狙いがついている」
「チッ、どうする、マンタは置いていけねえ」
「ならば手はひとつだ。おまえが命令しろ」
アレサンドロは再び舌打ちし、ユウとララへ向きなおった。
「いいか、いまから俺とハサンで、マンタを連れ戻しに行く。おまえらは……」
「オルカーンをやっつける!」
「ハ、まあ、それに越したことはねえが、とりあえずは引きつけるだけだ」
だと思ったぁ、と、ララはおそれげもなく笑い、ブローチ裏のスイッチを押した。
この操作ひとつで、サンセットⅡが彗星のごとく駆けつけてくる。
「できりゃあマンタのN・Sも掘り出してやりてえが、無理なようなら捨てて逃げる、いいな」
「ユウ。まずはわき目を振らずにオルカーンへ向かえ。おキレイに戦おうと思うな」
「わかった」
ユウはアレサンドロとハサン、それぞれにうなずいてみせ、空を見上げた。
青く透きとおった北の空から、赤いサンセットⅡが尾を引いて近づきつつあるのが見えた。
「紋章官殿、敵L・J接近!」
「L・J?」
オルカーン・キャプテンシートに座るヨーゼフ・グレゴリオは、腰を浮かして、その襲来を見た。
メインモニター上を走るのは、紋章官会議において情報を得た、赤いオリジナル機。
「なるほど、ララ坊のか」
すぐさまグレゴリオはマイクを取り、出撃準備中の将軍、デューイ・ホーキンスに、この旨報告した。
『そうか、わかった』
「で、どうします」
『どうってのは?』
「このまま見すごせと?」
『ああ、構わんさ。誰も乗ってないL・Jを撃ち落としても仕方ない、そうだろう、とっつぁん?』
「……はぁ」
『それよりも、艦砲の使いどころだけは注意を頼む』
「川上川下ともに、封鎖作業は完了しとります」
『人間だけじゃない。風致地区を傷めれば、元老院の爺様たちがへそを曲げる』
「チェッ、これだから、ものを知らん貴族連中は困りますわい」
『なあに、風流なのさ』
「む……!」
『どうした』
「敵N・S二機が、川に飛びこんだようで」
『川に? 作戦にしては妙だな。なにか落としたか』
「さて……」
『気になるな。L・Jをいくつか、そっちにまわす。艦砲は詳細がわかるまで待機だ』
「しかし、なぁ……」
『とっつぁん』
「は?」
『とっつぁんは、戦人の情ってやつをよくわかってる』
「……まったく、仕方ない。了解です。ただ相手から仕掛けてきたときは、容赦なく撃たせてもらいます」
『ああ、それで問題が出れば、俺が頭を下げるさ』
「頭を下げた程度でオルカーンがなおりゃ、苦労はしませんわ」
『そう言ってくれるな。出るぞ』
「は、ご武運を」
『あとは頼む!』
そのグレゴリオが舌を巻くほどの、安定した着地を見せたサンセットⅡ。
ユウとモチもカラスへ乗りこみ、ハサンの忠告どおり、まっしぐらにオルカーンへと向かうその先で、ばらばらと、一二〇〇系L・J十数機が放出されるのが見えた。
眼下の川面にはオオカミとコウモリの起こした波紋がいまだ消えずに残っているが、さすが帝国を代表する大河。全高十五メートルのN・Sを呑みこんでなお、深さに余裕があるらしい。
『ララ、あの型のL・Jは、水の中でも動けるのか?』
『うぅん、まぁ、あたしならね』
『なら、下のことは、あまり気にしないようにしよう』
『いいの?』
『ああ、きっとまだ鉄機兵団も、なにをしてるのか気づいてない。守りすぎるのはよくないんだ』
『わかった』
『……モチ?』
『え、聞いています』
『ホントにぃ? 寝てたんでしょ』
『これは失礼な』
一二〇〇系L・Jの最後尾について現れた、スピードスター・ホークの将軍機、『神速のベネトナシュ』が、ユウたちの前に立ちはだかったのは、そのときであった。
しかし、威風堂々と表すにふさわしいその外見に似合わず、
『よう!』
と、ホークの態度は、やはりそれらしい、いかめしさを感じさせなかった。
『ひさしぶりだな、ヒュー・カウフマン。今日はララ坊も一緒か』
『また、そうやって呼ぶ』
『ハ、ハ、変わらんなぁ、おまえさんは。元気そうでなによりだ!』
にこやかに平然と言葉をかわすその間にも、三機のL・Jがわきをすり抜け、聖ドルフへと向かっていく。
攻撃、と言うよりは様子を見に行ったのだろうとユウは割りきったが、はたしてそのとおりである。L・Jたちは、川面にふれるかふれぬかというところを飛びまわり、水の中をうかがうことしかしなかったのだ。
あるいは罠の有無を確かめる、いわゆる毒見役として行ったのかもしれない。
『ホーク将軍』
ユウは、余計な鎌をかけられる前に機先を制そうと、口を開いた。
『ひとつ聞きたい』
『おう』
『この場所のことは、赤い三日月戦線から聞いたのか』
『ほう……』
直立した人型のベネトナシュは、にわかに吹きぬけた風をわずかな動作でやりすごし、体勢を整えた。
『逆に俺から聞きたい。おまえさんたちは、赤い三日月戦線のなんだ』
『え……?』
『いや、赤い三日月戦線は、おまえさんたちのなんなんだ?』
ユウは返答に困った。
味方であると言うつもりは毛頭ないが、敵であると決めつけるには気が引ける。
なにしろ赤い三日月戦線とは、やりかたは違えど同じ方向を向いているのかもしれないのだ。敵の敵は味方の例えもある。
無論そうした考えから言えば、鉄機兵団も味方になるわけだが。
『あいつらは、勝手にやってるだけだ』
ユウは言葉をにごしておいた。
『ふむ……なるほどわかった。つまり、おまえさんがたにはまだ、チャンスがあるってわけだ』
『チャンス?』
ララが不思議そうな声を上げた。
『そう、要するにおまえさんがたの行動には、俺たちでも納得できる部分が多いってことだ』
まず、偶然に、N・Sを手に入れた男たちがいる。
そのふたりの身体には、おそらく奴隷の入れ墨があり、N・Sを売ることができなかった。
ふたりは、かつての仲間を助けるためにホーガン監獄島を襲撃し、鉄機兵団から逃げつつ、終の棲家を探している。
『立場が逆なら、俺でも同じことをしているだろう。いや、あるいは帝都に攻めこんでいたかもしれん』
『……』
『将軍連中の間でも、助命が三。残る四人のうち、三人が保留で、死罪は一だ。だが、おまえさんがたが赤い三日月戦線に関わっているとなると、話は変わってくる』
ユウはうなずいた。
『いまのところたいした被害は出てないが、やつらは帝都数カ所に火をかけてまわったこともある』
好かんな。ホークは、唾棄するがごとくつぶやいた。
『ああしたやりかたを、テロリズムと呼ぶそうだ。俺はやつら相手なら、ためらいもなく死罪に一票投じる』
『あれ、てことはつまり、将軍は、あたしたちを助けるほうに一票入れてくれてたってわけ?』
『あ……ハ、ハ、まあ、そうなっちまうかな。耳ざといな、ララ坊』
『アハハッ』
『だがまあ、それにしたって限度がある。そろそろ、お縄になってもらわにゃ困るってわけだ』
ベネトナシュの足底に仕込まれたスラスターから、一際強力な火柱が立った。
気をつけろ。カラスが目配せをすると、サンセットⅡからうなずきが返ってくる。
ホークは勢いこんで声を張り上げた。
『おまえさんがたがここでなにをしていたのか、なにをしようとしていたのかはあとのことだ。とりあえず、俺と一緒に来てもらうぜ!』
ユウとモチにとって、音速をゆうに超えるベネトナシュは恐るべき相手だ。
先の戦闘でも負けはしなかったが勝ちもしなかった。とにかく逃げまわるしかなかったのである。
天へ向かって駆け出し、瞬間、飛行形態へと姿を変えたベネトナシュの機影は、数秒後にはすでに、ユウたちにも判別しがたいほどの彼方にある。
ユウは太刀を握りなおし、はたと、ハサンの言葉を思い出した。
……おキレイに戦おうと思うな。
『どうしました、ユウ?』
『……オルカーンだ』
『ホ?』
『オルカーンを盾にするんだ』
『……フ、ム』
『わかってる。卑怯なのはわかってる。でもこれは、優先順位だ!』
アレサンドロたちが浮上してくるまで、捕まるわけにはいかない。絶対に。
『ララもついてきてくれ。オルカーンの艦砲も壊して、時間をかせぐ!』
ユウは、この決断が正しいものなのかどうなのか、深く考えないことにした。
考えてしまえば、きっとおそらく気が滅入る。足が止まる。
ただ決断がどうであろうと、正しい結果はついてくるはずだ。そう信じるしかない。
幸い少々渋ったものの、ララもモチも文句を言わず、ついてきてくれた。
『対空機銃、左舷に集中! てえええい!』
オルカーンからそそがれる弾幕の雨あられを前に、ララのサンセットⅡが前に出た。
『右のやつやってくるから、ユウはそのまま行って!』
『ララ!』
『大丈夫、シールドあるし! オルカーンにくっついとけばいいんでしょ?』
『……無理はするな!』
『うん、余裕余裕! 上、将軍来てるから気をつけて!』
サンセットⅡはミリ単位の操縦桿操作と絶妙なスラスターさばきによって、ハチのようにきりきりと舞いながら砲火をかわしていく。
ここでベネトナシュの起こした、大気を引き裂くがごときの突風がカラスを吹き飛ばしたが、オルカーンの横腹へたどり着いたララの真紅の機体は、避けきれなかった弾丸を数発シールドに受けた以外、まったくの無傷であったと言っていい。
スピナーが機銃のひとつへ突き入れられると、そこから少しばかりの間をおいて、ドッと小さからぬ炎が上がる。
そうしてできた弾幕の穴へ、今度はカラスが飛びこんだ。
『モチ、甲板だ!』
『了解です』
カラスはオルカーンの前甲板にあたる場所へ翼をたたみ、居並ぶ機銃を斬り捨てて走った。
ひととおり前甲板をならしたカラスの前に、いかにもゆったり然とした様子で、L・Jが一機、降り立った。
神速のベネトナシュであった。
『……ホーク将軍』
『おう』
ユウははじめ、将軍ホークが、自分を卑怯者と罵るのではないかと思っていた。
敵前逃亡だ。おまえにプライドはないのか、と。
しかし、いざ耳にしたホークの声に、そうしたものは一切感じられない。
それどころか、
『おまえさん、よっぽど大事なものが、ここにはあるらしいな』
『え……?』
『だったらどうだい、ここで、一対一の勝負ってのは。お互いに、飛ぶのはなしでな』
『なにを言っとるか、ホーク!』
グレゴリオの怒号が飛んだ。
『とっつぁんは黙っててくれ』
『う、む……うう』
『無論、こっちの心配はご無用だ。こうして人型になれるからには、白兵戦だってな』
『……武器は』
『とっつぁん、頼む』
『しかし……』
『とっつぁん、いざというときそれじゃあ困る』
『……一番から出します』
『おう』
ホークがうなずくと同時に、カラスの足もとから噴射音が起こり、なにかが宙へ飛び出した。
上空で弧を描き、がっしとベネトナシュの手に握られたのは、柄の長い両刃の斧だ。
『もともと、こいつには武器はなかったんだがな、トラマルでこりた』
ホークは笑った。
『さあ、どうする、ヒュー・カウフマン』
ユウは太刀を右わきにそばめ、いつでも飛びこめるよう深く腰を落とすことで、自らの答えを表した。
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