第130話 赤い大地と金色の炎(2)

 サンセットⅡとミザール。互いがこれを、最後の激突だと感じた。

 これで決着をつける。きっと、つける。

『ぶっ殺してやる!』

『あんたをね!』

 先手を取ったのはララだった。

 くり出すのは、得意の突貫戦法。相手が鞭を振り下ろすより先にその懐へ飛びこみ、頭を穿つ。

 ただし、

『阿呆が!』

 目指すその場所は、火炎放射砲二門の間だ。

 照準もそこそこにはき出された炎が、何千匹ものうねくる火蛇となって、サンセットⅡへ押しかぶさってきた。

『フン!』

 これは別に、一か八かの、捨て身の攻撃ではない。

 先ほども言ったが、火炎放射砲は頭部をはさむように突き出ている。逆に言えば、炎の噴出方向には必ず、頭部があるということだ。

 そこさえ押さえれば、あとはガードを固め突き進めばよし。シールドを持つサンセットⅡならば、たかだか数十メートル炎にさらされたところで問題はない。

 ララは、カメラや装甲にからみついてくる白炎にもひるむことなく、ここぞというところで操縦桿を押しこんだ。

『ッ……はずれた?』

『ったりめぇだ、ボケ!』

『あっ!』

 突如炎が切れ、スピナーの下へもぐりこむように回避したミザールの姿が、モニターへ映りこんできた。

『ボケ!』

 再び言い捨てたミザールは、スピナーごとサンセットⅡの腕を取り、一本背負いに投げ倒す。

 サンセットⅡは、突進の勢いもあいまって軽々と宙を舞い、背部バックパックから地面に叩きつけられてしまった。

『くぅぅ、な、に、さ!』

 こんなことでへこたれてなるものか。

 並のL・J乗りならば、しまった、と、ひと呼吸手を止めるところだろうが、反射さながら、脳が命令を出すか出さずかという刹那で行動できるのがララの強みだ。

 その証拠に、サンセットⅡのスラスターが火を噴いたのは、地面に接するや否やというタイミングだった。

 その噴射圧に地面がえぐれ、取られた腕を軸に身をひねったサンセットⅡは、間髪入れず、ミザールの腰部へ組みついていった。

 もちろんこれを、ミザールがかわせるはずもない。

『く、そッ!』

『フン、バッカ!』

『るせぇ!』

 二機は、もつれ合うようにして倒れた。

 さあ、こうなると、どちらにも利はない。

 ミザールは鞭を容易には振れず、長物であるサンセットⅡのスピナーも突くことができない。

 組み合った体勢では、火炎放射の効果もどれほどのものか。

『ケッ、泥仕合かよ。冗談じゃねぇ!』

 ギュンターは思うように運ばないこの状況に歯噛みしつつも、どこか楽しげに、操縦桿を動かした。

 そうして、地面を転がりまわる二機の間でめまぐるしく上下が入れかわり、サンセットⅡが上位を獲得したところで、

『うおらぁ!』

『え、わ、わ!』

 片足を両機の隙間に突き入れたミザールによって、気合一発、言ってみれば巴投げの格好で、サンセットⅡは跳ね飛ばされたのである。

『なにさ、このくらい』

 と、ララはスラスターをあやつり、まったく危なげなく着地したが……そのときだ。

 金属同士をはたき合わせるような音がしたかと思うと、サンセットⅡの首には、ミザールの炎の鞭がからみついていた。

『……くっ!』

 油断ではない。死角と、着地際というタイミングの妙を突かれた。

 ララはスピナーをもって鞭を叩き切ろうとしたが、それより早く、もう一条の鞭が右手首を襲う。

 スピナーは高く宙を舞い、遠く背後に落ちる振動のみが、コクピットへ届いた。


『ク……クク……ハ、ハ、ハ、ハ、ハ!』

 ギュンターは狂喜した。

『ハ、ハハ、ハ、ハ! おい、見たかよ。俺が勝ったんだ、俺が!』

 おそらくこれは、誰が見てもそう感じたことだろう。

 燃えさかる鞭にからめ取られたサンセットⅡの頭部は、ビシン、バシンと、頚部を中心に回路を弾けさせ、溶けた被覆から発生した異臭が、周囲に流れはじめている。

 なにより、デュアルアイの光が消えた。これは決定的だった。

 L・Jの胸部や背部にはサブカメラが搭載されているが、あくまで補助的なものにすぎず。一度こうなっては戦闘の続行は不可能。それが、L・J乗りの常識だった。

 ……しかし。

『……あぁ?』

 ゆっくりと持ち上がったその右腕が、わずかに空をさまよいながらも鞭をつかむのを見て取り、ギュンターの喜色は一変、渋面へと変わった。

『どういうつもりだよ』

『……どうって?』

 答えるサンセットⅡの音声には、ノイズもまじっている。

『まだやる気かって聞いてんだ!』

『他にどう見えるわけ? バカギュンター』

『テメ……う、あ!』

 ギュンターは、思わず声を裏返してしまうほど驚いた。

 なぜならば、サンセットⅡのたかが腕一本に引かれ、しっかりと地面を踏みしめていたはずのミザールが前のめりによろめいてしまったのである。

『チ、ク、ショウ!』

 と、そこはさすがのギュンター、どうにかこらえたが、いつの間にやら目の前に、シールドを押し出したサンセットⅡがせまっている。

『う、おおおぉぉッ!』

 あせりにまかせて振るわれた鞭が、バシン、音を立てて弾き飛ばしたのはシールドのみで、サンセットⅡはもういない。

『は、ぁッ……!』

 右わきをすり抜け、背後にまわっている。

 目では追えたものの反応の遅れたミザールの背中から、鎖骨にシートベルトが食いこむほどの強烈な衝撃が打ち当たり、コクピット内部が赤色灯に染められた。

 ……光炉破損。全機能、強制停止します。

 茫然とするギュンターの目の前で、モニターというモニター、照明という照明が消え落ちた。


『……ふぅ』

 密着したサンセットⅡが離れると、ミザールはモーター音を響かせながら片ひざを地に下ろし、活動を止めた。

 光炉の損傷などでエネルギーを得られなくなった場合、L・Jは一切の操作を受けつけなくなると同時に、この体勢を取るようプログラミングされているのだ。

 さらにミザールの場合、暴発を防ぐために燃料タンクのバルブも閉められるのだろう。鞭の炎も消えていた。

『いい気味』

 ララはゆがんだモニター画像に閉口しながらも、操縦桿をあやつり、シールドとスピナーを拾いに向かった。

 さて……。

 そのサンセットⅡの手には、刃渡り二メートル弱という、機体から見れば決して大きいとは言いがたい片刃のナイフが握られている。

 実はこれがミザールの光炉を刺し貫いた武器であり、サンセットが『Ⅱ』になってはじめて搭載されたサブウェポン、高周波ナイフであった。

 試作品であるために、セレンに言わせればまだ改良の余地あり、ということだが、目にも止まらぬ速さで振動し、通常のナイフ以上の切れ味を持つ、と、それだけの観点から見れば、間違いなく合格点。

『さっすがセレン』

 ララは拾い上げたシールドの裏にそれを戻した。ここに鞘が仕込まれているのである。

「シュトラウス!」

『ん?』

 見ると、手動でハッチをこじ開けたらしいギュンターが、地上で飛び跳ね、猛り狂っている。

 こりないやつ、と、ララはわざと聞こえるように、ため息をはいてやった。

『悪いけど、あたし、あんたと殴り合いするほどヒマじゃないんだよね』

「うるせぇ! だったら、とどめを刺していけよ!」

『はァ?』

「妙な情けをかけやがって。いまのやり口なら、コクピットをつぶせたじゃねぇか!」

『……ふぅん』

 そういえばそうだったかもしれない、ララは他人ごとのようにそう思った。

 確かに、普段の戦いで頭部を狙うのは、単に優位を見せつけたいというだけで、コクピットへの攻撃が卑怯だなどと感じているわけではない。

 むしろ、戦場に出たからには死ぬのも死なせるのも覚悟の上。どうなっても文句を言うなとさえ思っている。

 でありながら、最後のひと突きをはずした理由……。

『うぅん……なんとなく』

「あぁ?」

『だってそうなんだもん』

 これもまた、自分の本能がそうさせたとしか言いようがないのだ。

 だが、意識はともかく、その本能自体が大きく変わりつつあることに、当のララ自身が気づいているだろうか。

 ギュンターの不安ではないが、ララは、L・Jでの戦いの他にも楽しめるものが見つかった。

 寝ても楽しい。食事をしても楽しい。他愛ないおしゃべりも、不慣れな洗濯も、苦手な料理もすべて楽しい。

「明日はなにをしよう」

「今日の晩御飯なにかな」

 そんな普通の毎日が、いまはとても楽しい。

 そして、日々が充実している人間というものは、自然と行動に丸みが生まれてくる。

『あんたなんかしつっこいし、相手にするのも面倒なんだけど、まぁ、それでもいないと物足りなくなっちゃうしね。だからじゃない?』

「あ、あぁあ?」

『……言っとくけど、照れ隠しとか、そんなんじゃないからね』

「た、たりめぇだ! 気味悪ぃこと言うな!」

『アッハハ! じゃ、まったね、ギュンター!』

「あ、ま、待ちやがれ! 待て!」

 ……これが、牙を折られた、と言うのならばそうなのだろう。

 ララはただ、恋をしただけなのだ。

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