第131話 閃爍震鳴
その、サンセットⅡとミザールの対決が、まだ決着を迎えずにいたころ。
もう一方の戦いも、勝負の行方が見えぬままに激しさのみを増していた。
N・Sカラスが断てぬものなしを自負する太刀を振るえば、『電雷』のふたつ名を持つフェグダの防御網がそれをはばむ。
逆に電撃槍から放たれた雷は、カラスの機動力の前に決定的なダメージを与えきれない。
ユウとクローゼは互いに遠慮をしていたわけではないが、戦いは長期戦の様相を呈していた。
『やるな、ユウ!』
電撃槍を払ったフェグダのまわりに、幾本もの光が立った。
『これは私も、なまじの覚悟ではいけないな』
『覚悟……?』
『たとえ、このフェグダの寿命を縮めても、君を止める!』
……このときユウが受けた感覚を、言葉で表現するのは難しい。
だが、そう、たとえて言うならば、シルクのハンカチで全身の産毛をなでられたような、そんな心地いいとはとても言いがたい空気の流れを肌に感じた。
『ユウ、あれは?』
と、ここまでふたりの感情をおもんぱかり、戦闘の一切をユウに託していたモチが聞く。
フェグダの一本角が、白く輝いているのだ。
『あれは確か、フィールドを作るとか……』
『ホウ?』
『空を飛ぶための装置だったはずだ』
『では空中戦を?』
ユウにはわからなかった。
『とにかく、油断は禁物です』
『ああ』
『行くぞ!』
自らを鼓舞するように叫んだクローゼの声に呼応し、電撃槍の先端から、白い稲光がほとばしった。
すると、どうだろう。
直線軌道か、もしくは金属に対して進むはずの電光が、パッ、と枝分かれしたかと思うと、次の瞬間にはカラスを取り巻く全方向から、矢のごとく降りそそいできたのである。
それはまるで、鏡のかけらを散らしたところに幾すじもの光を放ったかのようで、いかにカラスとて避けられるものではなかった。
『ム!』
『ぐ……うッ!』
全身に突き刺さる電光は、半分は金属、半分は有機体であるN・Sの装甲を打ち、一瞬のうちに、その奥深くまで激痛を浸透させる。
特にカラスの太刀は多くの雷を集め、ユウが持っていられなくなるほどの、焼けつくような、強烈な痛みを、両の手のひらに与えた。
そして、おそらくは数秒の照射であったのだろうが、
『ぁ……う……』
カラスは太刀を取り落とし、シュウシュウと水蒸気様の白煙を上げながら、受身も取れずに崩れ落ちた。
『……う』
これが、電雷のフェグダか。
しびれが、身体のすみずみまで広がっていく。指先さえも動かせない。
この、思うとおりにならない身体への、どうしようもない無力感といらだち。
それを感じているのは、自分なのか、モチなのか。
『モチ……』
なんとか答えようとするモチの、小さく短い呼吸音だけが聞こえた。
『ユウ』
『ク、ローゼ……』
すぐ目の先に、パールピンクをした、馬のひづめが現れる。
しかし、それ以上は顔が上がらず、ユウはされるがまま、ひざを折ったフェグダによって抱き起こされていた。
『すまない』
『く……』
『君の……いや、君たちの助命は、必ず陛下にお願い申し上げる。この国とて、君たちが憎いわけではないのだ』
『……』
『さあ、行こう。あの戦車へは、君の口から投降をうながしてくれ』
ユウは、そう言って立たせようとするフェグダの腕を、なおも払いのけた。
『ユウ、もう、戦うのは無理だ』
クローゼは、フェグダの雷に打たれたL・Jが、たとえわずかにでも戦闘に復帰できた例を聞いたことがない。
ミザールの炎以上に電気はL・Jの大敵。それは無論、ユウもわかっている。
しかし、それはあくまでL・Jの話だ。
『う……ま、まさか!』
N・Sカラスは立った。
人造物とはいえ切断された傷さえも数日でつなぎ合わせる自然治癒力を持ったN・Sは、この一分にも満たないわずかな時間の内に、完全にではないがそこまで回復していたのである。
『クローゼ』
『ユ、ユウ……』
クローゼは、断固たる意思を持ったユウの声に、ごくり、生つばを飲みこんだ。
『もう一度、頼めないか』
『え……?』
『頼む』
『……わかった』
暗然と言葉を返したフェグダもまた立ち上がり、二機は再び距離を取った。
投降という言葉は、N・Sを降りたときに。
それが、ここからのルールとなるであろうことを、クローゼは暗黙のうちに理解した。
『モチ、大丈夫か?』
『え、なんとか。……次は、わかりませんが』
『それは、つまり』
『あなたと同じ考え、ということです』
ユウは、頼もしいその言葉に背を押され、雪原に横たわった太刀を取った。
『痛みますか』
とは、手のひらのことだ。
『少し。でも、大丈夫だ』
『でしたら結構』
モチの声は、どこまでも落ち着き払っていた。
『さ……』
数十メートル離れた向こうで、フェグダが戦闘態勢に入っている。
ユウは、太刀をわきにそばめ、
『行こう!』
と、雪面を、蹴った。
二機が距離を縮めるまで、ほんの数秒である。
真正面から突き進むカラスに対して、フェグダは動かない。
あと十歩、いや、五歩で届くというその瞬間。ユウはまたしても、あの嫌な感覚を覚えた。
やはり、そうだ。
あの光る一本角が磁場のようなものを作り、雷を拡散、あやつっているのだ。
ユウはそれを確信するが早いか、つかみなおした太刀を、フェグダへと投げつけていた。
『あっ!』
まさか、唯一の武器である太刀を投げ捨てるとは夢にも思わなかったクローゼだけに、これはかなりの驚きだった。
操縦桿を引き、頭部目がけてせまる切っ先をのけぞるようにかわしたものの、さすがに、次の行動までにタイムラグが生じてしまう。
だがそれでも、
『なんの……まだだ!』
クローゼは、雷を放射した。
隙を逃さず接近戦に持ちこもうとするカラスとは見当違いの方向であったが、どうせ狙いはつけなくとも調整はきく。
渦を巻いて散った電気のすじは、まさにそのとおり、再びカラスの身体へと吸い寄せられていった。
『う、く、ううッ!』
熱い。
焼けた針金で全身を突き刺されているかのように、熱い。
ユウは歯を食いしばる。
『……だから』
『む……?』
『だから、どうした!』
カラスの、一度は止まりかけた足が、前へ前へ動いた。
『うおおおぉぉッ!』
カラスは、両腕を広げてフェグダへつかみかかり、くるりと身を返して、その馬の胴体へまたがった。
ここならば雷も降ってこない。
いや違う。ここならば、目的のものを狙いやすい。
ユウは腕を伸ばし、フェグダの一本角を、わしづかみにした。
『ユウ、ま、まさか!』
『く、う、あぁぁぁッ!』
『ユ……あ、ああっ!』
カラスの手の中で、力づくにへし折られようとしている一本角が白い雷をほとばしらせ、コクピットでは、ショートしたコントロールパネルが火花を上げた。
これはいけない、そう判断したクローゼは、フィールド発生器と専用第二光炉の接続を断ち切ったが、ユウの手は止まらない。メリメリと、まるで生きた血管や筋のように見えるコード類が、角の根元に現れはじめる。
振り落とそうと暴れるフェグダにもひるまず、ユウは最後のひと引きで、ついに、角をねじ切った。
よし。
これで、たとえば誘爆などを引き起こされては困るが、少なくともこちらの知る最大の脅威は排除できたはず。現に、あの肌をなでる感触は、いつの間にやら消えている。
『モチ!』
『了解です』
ユウはフェグダの胴を蹴って飛び上がり、モチのあやつる翼に乗って、一足飛びにあとずさった。
さらに腰を落とし、雪壁に突き立った太刀を引き抜きざま取って返すと、
『クローゼ!』
『ユウ!』
二機は飛び違い、幾度も場所を入れかわりながら、一閃、二閃。得物をきらめかせた。
雷も走る。カラスの羽根が幾枚も舞い飛ぶ。
そうして、次に両機が、パッと距離を取ったとき……。
『……さすがだ』
と、足もとを乱れさせたのは、フェグダであった。
ユウ必殺の一刀が、左の前足、うしろ足ともに、すっぱりと切断したのである。
フェグダはそのまま、雪煙を上げて倒れた。
『クローゼ……』
『ああ、聞こえている』
『怪我は?』
『ハハ、そんな心配はしなくていい』
『……』
『強いな、ユウ』
『そんなことないさ』
『いや強い。君は、強い』
微笑を含んだクローゼの声は、どこか胸のつかえが取れたように、さっぱりとしていた。
『さあ。私を倒したからには、行くと決めたのだろう?』
『ああ』
『なら行ってくれ。君が進むかぎり、また会える』
『次も……俺は、負けない』
『ハハ、私だって、次こそは負けない』
『ユーウー!』
『……む?』
それは、空を駆けてくるサンセットⅡであった。
『シュトラウス機兵長か。では、ギュンターも負けたのだな』
『大丈夫か?』
『なに、我々の立場は心配ない。そう簡単にすげかえられる程度の首なら、そもそも将軍になどなれはしないのだ』
『……そうか』
『さあ、行ってくれ』
『ああ』
『絶対に、また追いついてみせるぞ』
『ああ……』
『……行きましょう』
コクピットから這い出したクローゼは、そうして飛んでいくカラスとサンセットⅡを、うらやましげに見送った。
「……痛! ギュ、ギュンター?」
「ハッ、ぼけっとしやがって」
「ひどいな」
苦笑したクローゼは、後頭部に直撃した雪玉を払い落とした。
よく見ると、供も連れずに現れたギュンターはここまで徒歩で来たらしく、豪華な金色のファーをあしらった黒い防寒着を着こんでいる。
それが、おや、という顔をしたのは、クローゼの美しい金髪がひとふさ、血にぬれているのを見たためだ。
「なんだよ、怪我してんのか」
「ああ、コンパネが割れてな。だがもう、乾いている」
「ふぅん」
ギュンターは、手に持った二発目の雪玉を、つまらなさそうに投げ捨てた。
「なんだ、意外に平気そうだな、ギュンター」
「あぁ?」
「もっと、くやしがっているかと思った」
「別に」
「わざと負けたのか?」
「違ェよ」
ギュンターは露骨に嫌な顔をした。
それはそうだろう。もしそれが真実であれば、どれほど気が楽か。
だが、あの、ララが見せた最後のひと突き。そしてそこに至るまでの操縦の上手さ。
勝ちを確信し油断していたのだろうと人は言うだろうが、おそらく、そんなものがあろうとなかろうと、結果は変わらなかったはずだ。
「チッ……けたくそ悪ぃ」
事ここにきてギュンターは、なんとも言いようのない突き上げるようなあせりを感じ、すでに動力の落ちたフェグダを、何度も何度も蹴りつけた。
「なにをするんだ。八つ当たりはやめてくれ」
「うるせぇな」
「いや、気持ちはわかる。想いをかけた女性に負けてしまうというのは、やはり男としてはつらい」
「は……はァ?」
「しかも、こう言っては悪いが、彼女の心はユウに向いている。ああ……つらいな。つらすぎる」
「いや、ちょっと待て。テメェ、なに言ってやがる」
「だから、君は、シュトラウス機兵長が……」
「違ェよ!」
ギュンターは、力いっぱい否定した。
「勝手なこと言ってんじゃねぇ! 誰が、んなこと」
「誰……そう、確かサリエリが」
「ハァ?」
「相性がとてもいいようだから、いずれはその、契りの相手に、と……」
「ハァ?」
「ああ、もちろん、この事件が起きる前だが」
「たりめぇだ! てか……ハァ?」
「ハァハァうるさいな」
「あ、ありえねぇ……」
ふらふらとよろめいたギュンターは、フェグダの装甲へ倒れかかった。
「冗談だろ……」
誰か、冗談だと言ってくれ。
「そんな顔をするな、ギュンター。世界の半分は女性だと言うぞ」
「テメェは、まだ言うかよ」
「うん?」
「……一応、聞いとくがよ。まさかそんな噂、ベラベラしゃべくっちゃいねぇよな」
「いや、ラッツィンガー将軍に……」
「テメ、ぶっ殺す!」
「待て待て、将軍も、それは似合いだなと……」
「うっせぇ、この、ボケ! ……ボケ!」
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