第129話 赤い大地と金色の炎(1)
二合、三合と鋼がかち合うたびに、火花が散る。
『ハ、ハハッ、ハ、ハ、ハ、ハ!』
と、ギュンターの高笑いが響く戦場は、地上も空もすべてのL・Jに対して規制線が敷かれ、あたかもこの地には、ミザールとサンセットⅡ、二機しか存在していないかのようであった。
『こうだ! こうでなくちゃいけねぇ! いいL・Jになったじゃねぇか、ええ?』
ミザールが双鞭を振りまわすと、
『別にあんたのためじゃないっての!』
『だったら、あの鳥野郎かよ! 安心しろ、あとであの野郎も丸焼きにして、同じところに送ってやるよ!』
『アッハハハッ!』
今度は、ララが笑い出した。
『バカは、あたしをヤってから言えっての!』
以前、刃をまじえた際は、サンセットが先代機であったこともそうだが、将軍マリア・レオーネからの連戦で一部破損をしていた。
だが、いまは違う。
いまはサンセットも完調。しかも二号機。調整も完璧。
おまけに、気力も充実ときている。
負ける気がしない。
『あんたには、百年かかっても無理だろうけど、ね!』
高機動にものを言わせて一足飛びに踏みこんだサンセットⅡは、轟々とうなるスピナーを、至近距離から突き出した。
『ハッハァ!』
実はこの戦いに先駆けて、ギュンターはひとつ、不安をいだいていたことがある。
それは、自分と同じく本能に獣を住まわせるララが、外の生活の中で牙を折られてしまったのではないかということだ。
くだらないヒューマニズムほど伝染する。つまらない馴れ合いほど腕を鈍らせる。
『いらねぇ心配だったな! えげつねぇ!』
容赦なく顔面をえぐりにかかるスピナーの先端から逃れながら、ギュンターは身震いする思いがした。
『これなら、散々お預け食らった甲斐もあったぜ』
『え? なに?』
『今日こそテメェをぶっ殺せるってこった!』
『きゃっ!』
モニターの死角、シールドの裏側から蹴りつけられ、サンセットⅡの巨体が数歩あとずさった。
走った影にはっと顔を上げると、しなる二条の鞭が頭上にせまっている。
考えるより先に、ララはフットペダルをあやつり、サンセットⅡを後退させていた。
ミザールの鞭は金属製でありながら、柔軟性にも伸縮性にも、操作性にも優れている。一時は直線的に見える攻撃でも、操縦桿のひと引きでたちどころに進行ベクトルを変え、あらゆる角度から敵へ襲いかかることができると知っているのである。
案の定、鞭の先は雪面を叩く直前に向きを変え、サンセットⅡのいた場所に、まるで槍のように突き刺さった。
『チィッ』
『しっかりしなよ、ギュンター!』
『うッせぇ!』
再び振るわれた鞭はシールドに弾かれ、激しい火花を生んだ。
『あんたなに、今日は燃料積み忘れてきたわけ?』
『あぁ? うるせぇな。こいつで一発引っぱたいてやらにゃ収まらねぇんだよ!』
『あ、じゃあ、一発殴らせてあげよっか』
『な、めんじゃねぇぇッ!』
ついに、ミザールの肩口にそびえ立つ、二門の火炎放射砲が火を噴いた。
その、ギュンターの憤まんを映したかのような炎。零下の環境下でも衰えることのないその豪炎の奔流は、渦を巻き、雪さえも焦がしてサンセットⅡへせまる。
無論、なんの工夫もせずに放った直線的な炎など、ララの前では屁のつっぱりにもならないだろうことはギュンター自身よくわかっていた。
これは威嚇だった。
……のだが。
『あ?』
なぜだろう。
サンセットⅡはシールドを構え、なすすべもなくといった様子で炎に呑みこまれてしまったのである。
空を飛ぶこともできたはず。ほんの少しフットペダルを踏むだけで、左右に回避もできたはずのサンセットⅡが、なぜ。
もしこれがシミュレーション訓練であったならば、
『あ、悪ぃ』
とでも言ってやればいいが、
『どっか、傷めてやがったのか……?』
かえって、ギュンターのほうが愕然としてしまった。
目の前にいたサンセットⅡの姿は、すでにどこにもない……。
『……いや、んなわけあるかよ、シュトラウス!』
ギュンターは、もうもうと立ちこめる水蒸気の向こうへ声を張り上げた。
『テメェが、こんなんでどうにかなる玉か!』
叫ぶ声を乗せ、風が泣く。
『ハァン、さてはその赤いの、こんなんでどうにかなっちまうわけじゃねぇな? そこで隠れてやがる、ええ、そうだろ!』
やはり、返事はなかった。
『ちくしょう、マジかよ……』
ギュンターは、ミザールを走らせた。
そもそもが強度のあるL・Jは、ミザールの火炎をもってしても完全に融解するわけではない。関節部の配線や計器類が熱によって機能を失い、それによって戦闘不能となるのである。
しかし、これはあくまでも運が悪ければの話だが、コクピットで蒸し焼き、という事例もないではなかった。
『……冗談じゃねぇ』
十五年前のジャンクならばいざ知らず、最新型だ。
それも、将軍機と戦うために生まれたオリジナル。
『冗談じゃねぇぞ、シュトラウス!』
雪が蒸発し、土がむき出しになった地面を駆けるギュンターの目に、赤いものが飛びこんできた。
『こいつは……シールドか?』
取り上げてみると、さすが、修理も必要ないほど形状を保っている。
この分ならば本体にも損傷は少ないだろうと胸をなでおろしたが、その、肝心の本体はどこだ。
『どこだと思う?』
『!』
『正解は、こ、こ!』
『チィッ!』
ギュンターはとっさに、ミザールを退かせた。
足もとを揺らす不気味な振動を感じたことは確かだが、それ以上に勘が働いたのだ。
ここにいては危ない。
その勘は、正しかった。
つい数瞬前まで足もとにあった地面が、破裂したようにはぜ飛んだ。
『あちゃ、失敗!』
『テメェ……シュトラウス!』
なんと、サンセットⅡは土中に隠れひそんでいたのである。
失敗とはつまり、ミザールがあのまま動かずにいれば、いまこの時点でスピナーの餌食となっていた、ということなのである。
実際、スピナーの穂先はミザールの胸部装甲板をかすめ、すべてのL・J乗りが恐怖を感じる、集音マイク越しではない、低く近い金属音を立てつつ空へ走った。
『声なんかかけるんじゃなかったぁ』
勢いで二十メートルも飛び上がったサンセットⅡは、青い空を背に笑った。
『テ、メェ……』
『なに、勝てる気なくなっちゃった?』
『んなわけあるか! 要するに……そいつが、そのオリジナルの力ってわけだろ』
『はァ?』
『とぼけてんじゃねぇ。大方、『大地の』なんてふたつ名をつけてんだろうよ。そいつが将軍機候補だってんならなぁ!』
『ぷ』
ララは吹き出した。
『なにそれ、『大地のサンセット』? ダッサ!』
言われてみれば他の将軍機同様、このサンセットにもなにかしらのコンセプトがあるのだろう。
しかしララは、いまだかつて一度も、それを気にしたことはなかった。
Ⅱへの改造にしても、自分のリクエストをかなえてもらった、というだけ。炎に呑まれたふりをして地中にもぐろうと考えたのも、現にマンムートからここまで来れたのだからできるだろう、という思いつきだ。
やってみたらできた。万歳。
戦いなどというものは、それでいいのだ。
『あんたもそうでしょ?』
『う……』
ギュンターは、とっさに返答できなかった。
『あ、そっか。あんたはそういうことないもんね』
『あ、あぁ?』
『ギュンター様、こちらがミザールでございます。スペックはこれこれ、装備はこれこれ。相手のデータだって全部わかってる』
『……チッ』
『でもあたしは、いままでずっと、自分の乗りたいL・Jになんて乗れなかった。スペックも武器も、まともに動くかどうかもわからないようなのに乗せられてさ、わけわからない、性能差がバカみたいにある相手と、毎日毎日』
『?』
『だからもう、それに慣れちゃった。考えたって意味ないし、それくらいなら自由にやって、とりあえず勝てればいいじゃない?』
『おい、さっきから、なに言ってやがる』
『……さぁね』
ララは、意味深な含み笑いをした。
『とにかく、この子がなにかなんてどうでもいいじゃない。ただ……』
空のサンセットⅡが、スラスターの炎を微妙に調節した。
『ただ、地面にもぐれるってだけでさ!』
この次の一手を、ギュンターはすでに察していた。
『さ、せ、るかぁぁッ!』
と、勢いバーニアを噴かし、身をひるがえしたサンセットⅡが猛禽のように地面へ突き立とうとするところへ、渾身のタックルを食らわせる。
『うっぷ!』
思いもよらぬ一撃を受けたサンセットⅡは、突入をはかった地面の上を大いに転がった。
『ハッ、ざまぁみろ!』
『うぅ、信じらんない。こういうときは、わかってても必殺技を受けるのが悪役ってもんじゃないの?』
『なにが悪役だよ。この国じゃあ、テメェらこそだろうが』
『犬! 国家権力の犬!』
『おお、吠えろ吠えろ、負け犬が!』
『アッタマきたぁ!』
ララはサンセットⅡを立たせると、スピナーと、ミザールが恩情とばかりに放ってよこしたシールドとを構え、闘牛のごとく足を踏み鳴らした。
『いつまでもテメェの天下だと思うなよ、シュトラウス』
そう言い放ったギュンターは、両手の鞭をしごき、操縦桿に用意されたスイッチのひとつを操作した。
すると、握りを持つミザールの手のひらあたりから、ぽ、と小さな炎が立ったようだ。
みるみる勢いを増した炎は螺旋を描くように走り、次の瞬間には、鞭の表面を覆いつくしている。
燃える身体をうねらせて人を食らうという、物語に聞いた火蛇。ララはふと、そんなものを思い出した。
『さぁ、前座はここまでだぜ、なぁ?』
『……フン』
『死ぬのはテメェか俺……いや、やっぱテメェだ!』
『上ッ等!』
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