第88話 作戦会議(2)

「盗みとはディナーだ。食材、味付け、演出。そのどれを欠いても、物足りないものとなる」

 そう言いながらモニターの正面へ進み出たハサンは、指揮者のごとく指示棒を振った。

「では今回のディナーはどうか。食材、申し分ない。味付け、これまた結構。だが演出。お粗末としか言いようがない」

 棒の先が、宙を行き来する。

「ユウ。かつておまえには一度だけ、盗みの計画を立てさせたことがあったな」

「……ああ」

 忘れもしない。それこそが、ハサンが捕らわれる前日に実行された盗みで、自分が立てた計画の不備によってハサンが縄にかかり、命を落としたのではないかと、当時はいたく自分を責めたものだ。

「そのとき私は、なにを教えた」

「それは……」

「言葉に出して言ってみろ」

 ユウは、言われるままに頭の引き出しを探った。

「……完璧なのはハサンであって、俺でないことを自覚しろ」

「そのとおり。そして?」

「……知るべきは相手の情報ではなく、自分の手もとになにがあるか」

「そう。おまえはまったく、記憶力だけはいい」

「……思考はシンプルに。行動は大胆に」

「結構。だがおまえは、その内ひとつとして理解していない」

「そんなことは……」

「ないか? ならば私に助言を求めることもなかった」

 すると、黙って聞いていたララとアレサンドロが、

「ちょっとハサン! ぶっ飛ばすよ!」

「ああ、俺も同感だな。俺たちはそんなことを聞きてえわけじゃねえ」

「おお、おお、仲間運もいいようだ。うらやましいかぎりだな」

 指示棒を小わきにはさんだハサンは、ユウの鼻っ柱を、強烈に指で弾いた。

「では、お待ちかね、本題といこうか。この暗黒街の魔術師が、最悪極まるこのディナーをどう演出しなおすか」

 全員の視線が、待ってました、と、ハサンへ集まった。

「それは!」

「……」

「……ンンン、いい緊張感だ」

「早く言え!」

「そう急くな。所詮、答えはひとつ」

 パチン、軽やかに指が鳴る。

「落とす!」

「落とす? ……この崖を?」

「いかにも」

「ハ、そりゃいかにも馬鹿げてるぜ」

 アレサンドロは、お手上げ、とばかりに両手を上げた。

「ウン百メートルって絶壁だ。その衝撃で割れちまったらどうする」

「ていうか、そのあと俺たちはどうするわけ?」

 と、テリー。

「だいたい、すぐバレるって点じゃあ、さっきより悪いと思うけどなぁ」

 もちろんユウも反対だった。たとえハサンの言葉だろうと、聖石を叩き落とすなどもってのほかだ。

 しかし、

「だからおまえたちは、いつまでたっても貧乏人だというのだ」

 明らかに小馬鹿にした手振りで、ハサンはせせら笑った。

「では聞こう。数万の敵兵にかこまれた状態で、こちらは年寄り子ども、女、負傷した仲間をかかえているとする。退路はいまにも断たれそうだ。武器もない。さあ、まず考えなければならんことはなんだ?」

「え……」

 一瞬のうちに、ブリーフィングルームは静まり返った。

「アレサンドロ・バッジョ、おまえはどうだ」

「……さあな。俺が言いてえのは、いまこのときに、なんの関係があるのかってことだけだ」

「フン、想像の放棄は感心せんな。だが……まぁよかろう。私が思うに、これは優先順位の問題だ」

「優先順位……」

「いま、我々が第一になすべきは聖石の奪還だろう? そのための計画だ。ならば敵の存在や退路など、二の次ではないか」

 言いつつ、ハサンの指は灰皿を引き寄せている。

「目的はひとつに絞り、その上で頭を使う。……ユウ」

「あ、ああ」

「それを踏まえて答えろ。今回の計画、なにをもって成功とする」

「だから……聖石の、奪還」

「具体的にだ」

「聖石を……マンムートに保護すること」

「それも安全にな。だが、この巨大戦車は山をのぼれない。ならば考え得る最速、最短の手段は……」

「……聖石を落下させ、マンムートで回収する……?」

「と、なるわけだ」

 そこでアレサンドロが、待てよ、と口をはさんだ。

 先ほど指摘した、

「安全ってのは、傷ひとつつけずにってことだ。あんたの案は、そのへんクリアできてねえ」

 というのが理由だ。

「確かに、光鉄の硬度はたいしたもんだと聞いてるぜ。だが、あんたも知ってるはずだ。ダイヤでも、金づち一本で粉々にできるってな」

「ならばどうすればいい?」

「なに?」

「聖石を傷つけないためには、どうすればいい。そう、次に考えるのはそれだ」

 ここでしばし、ハサンがパイプに草を詰めて火をつける間、沈黙が流れた。


「では、はじめから整理してみようか」

 指揮棒を振ったハサンは、モニターに映し出されたオルカーンを指し示した。

「聖石を落下させること自体は、そう難しいことではない。搬入の際には、当然専用の台車に乗せられ、またいまもそれに乗ったままだろう。この右舷搬入ハッチから、それごと落とす」

 監視の目をどうするかはともかくとして、ここまでは、ユウたちにも理解できる。

「問題は、先ほどから話題になっている聖石本体の保護と、その軌道の調整だ。これにはいくつか方法が考えられるが、人間が持ち運びすることを考え合わせると、パラシュートのようなものがベストと思われる。投下と同時に展開し、N・Sカラスがつきそいながら、マンムートまで操作すればいい」

 パラシュート、とは、ユウたち市井の人間には耳慣れない言葉だったが、以前アシビエム街道に現れたジョーブレイカーが乗り物としていた『凧』のようなものだと聞き、なるほどと納得した。

「着地点にはクッション材を用意。着地と同時にマンムートへ回収し、地中から戦域を離脱する」

「ま、待ってください!」

 と、それまでセレンとともに沈黙を守っていたメイが、悲鳴じみた声を上げた。

「コクピット脱出用のパラシュートならストックがありますし、作成経験もあります。でもクッション材までは、とても手がまわりません。資材も足りませんし、時間も……」

「お嬢さん」

「は、はい?」

「君は、首を傾けて世界を見たことがあるかね?」

「は?」

「面白いものだ、一度試してみるといい。風は縦に走り、雨は横に降る」

 すがるようなメイの視線がユウへ向けられたが、それこそ、首を傾けるより他はない。

 脱線するのもいい加減にしろ、と、アレサンドロににらまれながらも、ハサンは白々しく口ひげをなでつけ、にやりとした。

「要するに、物事を一義的に捉えるな、ということだ。時にペンは剣となり、靴は盾となる」

「そして、バルーンはクッションになる」

「そのとおり! さすがはセレン博士」

 ハサンは指を鳴らした。

 つまり、いままさに洞穴の入り口を覆っている、あのカムフラージュ用の迷彩バルーンを利用しようというのだ。

「確かにあれなら、突いたり切ったりしたくらいじゃビクともしないけど……その重さに耐えられるかはわからない」

「フフン、では、そのデータを取るためにも、是非」

「おや、口が上手いね。いいよ、好きに使って」

「パラシュートは?」

「間に合わせるよ」

「結構。これで、聖石に関しては解決だ」

 言葉を切ったハサンは、ひと口、コーヒーで口をしめらせた。


「では次の問題だ。残された者の退路と、鉄機兵団への対処。先ほど誰だか抜かしたように、ここまでの一連の行動を隠密裏に運ぶことは不可能だ。ハッチを操作した時点で感づかれる。その状況で、どこから脱出するか」

 言うまでもなく、来た道、つまり水道を取って返す、という選択肢は存在しない。出口で待ちぶせされる可能性が高いからだ。

「となると……」

「や、やっぱり飛び降り?」

「フン、では、テリー坊やには飛び降りてもらうとしよう」

「い、いやいやいや! 冗談!」

「そう、冗談ではない」

 我が意を得たりと、ハサンは指を突きつけた。

「なぜか。我々には翼がないからだ。ならば奪えばいい」

「ま、まさか……オルカーンを?」

「おお、誰か、この馬鹿をどうにかしてくれ。あれに手を出すくらいなら聖石を落とすか?」

「L・Jか」

 アレサンドロの答えに、ハサンはまた指を鳴らした。

「人間が凧を使うには、ある程度の経験が必要だ。それを思えば、はるかに効率がいい。しかも、同時に他のL・Jを破壊できれば足止めにもなるだろう。いまさら、奪う物がひとつやふたつ増えたところで大勢にも影響はない」

 ただし。

「将軍機、『神速のベネトナシュ』が現れなければ、の話だ」


 そのころ。

 高機動戦艦オルカーンのブリッジでは、キャプテンシートに鎮座する年寄りが、針金のようにとがったひげをかいていた。

 いかめしい眉の下からのぞく目は大型メインモニターへとそそがれ、

「まいった……」

 視界の大部分を占める雲海を前に、ほとほと弱りはてた様子だ。

 しかし、帝国の誇る空中戦艦が、本当に、これしきの吹雪で足止めを食らうものだろうか……。

「大将から連絡は!」

「依然ありません。機影もキャッチできず」

「もういっぺん呼んでみんか!」

「無理ですよ」

 通信士と操舵士は、それがさも当然であるかのように答えた。

「かぁぁ! これ以上は待てんぞ!」

「どうします?」

「どうもこうもあるか! ……もうええわい! 風がおさまり次第、降下開始! 大将は病欠!」

「いつもの手ですね」

 操舵士のひとことで、ブリッジは笑いの渦に包まれた。

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