第87話 作戦会議(1)

「ユーウ。ねぇ、ユーウー」

「ん……」

「こんなとこで寝てたら、風邪引いちゃうよぉ」

「……ああ」

 ユウは薄く目を開けた。

 母の胎内とは、こういうものをいうのだろうか。

 柔らかい光。身体を包む程よい圧力。ため息が出るほどの温かさ。身体に受けるすべての刺激が、どれひとつ取っても心地よい。

 ……もう少し、寝かせてくれ。

 ユウは、丸めた手足に顔をうずめるようにして、再び眠りへと誘いこまれていった。

 ……が。

「ユーウー!」

「う……」

 ララの声は激しさを増し、どこからか、ドンドンゴンゴン、耳障りな打撃音まで聞こえてくる。

「ね、起きて! ……起きて!」

「……」

「ユウ!」

 ユウの幸せな時間は、無理やり破られてしまった。

「おっはよ!」

「……ああ」

 どうやら昨夜は、あのまま格納庫で寝てしまったらしい。

 不思議なことに、ユウはN・Sカラスの握られた手の中におり、ララの顔は覆いかぶさる巨大な指の間からのぞいている。

「器用だね。どうやって入ったの?」

「……覚えてない」

「ホント? アハハッ、バッカぁ!」

「どいてくれ」

 ユウは、カラスの指を押し上げ、外へ這い出した。

「……寒い」

「だから言ったじゃない。風邪引いちゃうよって」

 あのぬくもりを返してくれと言いたい。

 ため息まじりに頭をかいたユウの視界に真紅の髪がちらりとかすめ、

「あ……」

 ここでようやく、ララの変化に気がついた。

「えへへ、どう?」

 以前は下ろされていた髪が、ひとつに結い上げられている。

 結び目は頭の左横。ユウの左腕にくっつきたがるララが首を見せるには、これ以上ない位置だ。

 ませた素振りで指に髪を巻きつけながら、

「ほら、うなじぃ」

 と、身を寄せてくるララのそこは、驚くほど白い。

 首すじのあたりに、いままで見えなかった小さなホクロを発見して、ユウは正直どきりとした。

「ね?」

「……ああ」

「それだけ?」

「他に、なにを言うんだ」

「もぉ、ユウのためにしたのに! 感想ぉ!」

 ララは足を踏み鳴らした。

「ああ」

「ああ、じゃなくて、ほら! ちゃんとこっち見て!」

「……」

「ね?」

「……いいんじゃないか」

「ホント?」

「ん……」

「やったぁ!」

 意外にあっさりと満足してくれたようで、ユウの口からは長い安堵のため息がもれた。

 これ以上の感想を求められたらどうしようかと思っていたのだ。

「じゃ、行こ! みんな探してるよ?」

「え……?」

「ユウはどこ行った! って、アレサンドロ真っ青」

「馬鹿! そういうことは早く言え!」

「あ、ちょっと待ってよぉ!」

 急ぎブリーフィングルームへ駆けつけると、筒に丸めた地図の束を手に部屋をせわしなく歩きまわっていたアレサンドロが、飛び立つようにユウの肩をつかんだ。

 あまりに危険な今回の作戦に皆を巻きこむ。それを申し訳なく思うあまり、カラスさえ残して独断先行したのではないか、そう思っていたというのだ。

 それが、

「すまない、寝てた」

 と、聞き、

「ッ……自分の部屋で寝ろ!」

 ユウは、げんこつを食らってしまった。


「……さて」

 全員が集まった暗いブリーフィングルームのモニターに、トラマルからドーザ一帯の映像が映し出された。

 これは、各種平面・地形図をもとに描き起こされたもので、三百六十度、どの方向へも視点を変えることができるようになっている。

 メイの操作により貼りつけられていたテクスチャが消え、アウトラインのみとなった立体図の内部に、一本の、細いラインが表示された。

「これが、俺たちが通ることになる、道だ」

 アレサンドロが立ち上がった。

「まぁ、言ってみりゃあ下水だな。トラマルを出て……」

 と、蛍光色の線を指示棒で追いながら、

「山の中を一周。地面の下から……ここだ。ドーザ近くの、この川に合流してる」

「そんな穴じゃあ、L・Jは無理だ。俺たちはお留守番ってことで、ねー、ララちゃん」

「好きにすれば」

「ありゃ」

 冷たくあしらわれたテリーだが、さして傷ついた様子もなくカラカラと笑った。

「でも、L・Jが通れないってのは事実でしょ? どうするの、旦那」

「まあ待てよ。確かにこいつには、それほどの幅も高さもねえ。そこでだ」

 アレサンドロは再び、モニターへ向かい合った。

「俺たちは徒歩で、水道をさかのぼる。途中いくつかトラップがあるが、ジョーの話じゃあ、ここ十五年、改修された記録はねえそうだ。クジャクに案内を頼む」

 紹介を受けたクジャクは、軽い会釈をした。

 次に、とアレサンドロが目配せすると、カメラは視点を変え、城塞部外観を拡大表示する。

 ひらけた山の頂に建つ、巨大ドーム。

 敷地内にはそれ以外に、数本のパラボラアンテナ、燃料タンク群が見える。

 舗装された滑走路は絶壁へと続き、空戦用L・Jの存在を否応なしに植えつけた。

「予定じゃあ、戦艦が停泊するのも、この絶壁だ」

「ずっと浮いてんの?」

 とは、ララ。

「ああ。橋を渡して給油。そうだな?」

 ジョーブレイカーがうなずいた。

「待ってください。いま、イメージ出します」

 メイの言葉と同時に、画面には飛行戦艦オルカーンの映像も追加表示された。

 全長四百メートル超の圧倒的な存在感。言ってみれば、海に浮かぶ艦船に翼をつけたような格好だが、いかにもスピードの出そうな、へさきのとがった鋭角的フォルムといい、いまこのときでなければ、ユウはこう言っていたに違いない。

 格好いいな、と。

 そうした男心をくすぐるものが、オルカーンにはあった。

 映像のオルカーンは主翼を収納し、絶壁に左舷を寄せ、止まった。

「でだ、俺たちはまず、ドーム外の地下処理場から、はしごを使って外へ出る」

 その場所に、赤い光がともった。

「ここからはジョーが先導だ。すぐにオルカーンへ侵入」

 光点から伸びる光が、停泊中のオルカーンへ進む。

「ふた手に別れ、聖石の確保と、カーゴの強奪。合流して……正面から逃げる」

「L・Jのふりして?」

「そうだ。メンバーは、ここにいる男、全員」

「どうもリスクが大きいなぁ」

 テリーは頭をかいた。

「見張り云々はいいけどさ、巡回は来るし、きっとセンサーだってついてる。気づかれずに山を下りるなんて、まず無理だ」

「それ以前に、カーゴ一台で単独行動なんてある?」

「あー、ないない」

 元鉄機兵団のテリーとララだけに、ユウやアレサンドロでは気づかない部分にも目が届く。その言葉には、十分な重みがあった。

「まぁ、L・Jに見せかけてってのは悪くないかな。その石のダミーと、L・Jのハリボテ、あと命令書をいじったのがあれば、多少運まかせでもいける、かもしれない」

「……なるほどな」

「でも……」

 と、口をはさんだのはメイである。

「それをどうやって、山頂まで運ぶんです?」

「おっと、そりゃそうだ。……ねえ、これはやっぱ、やめたほうがいいよ。どうしてもって言うなら、ほら、まあ、なんとか考えてさ」

 テリーはまだ、オルカーンを襲うことに踏ん切りがつかないらしい。

 すると今度はララが、

「じゃあいっそ、全部ぶっつぶしちゃえばいいじゃない。みんなで行ってさ」

「オルカーンごとか?」

「そうそう。クジャクだって増えたんだし」

 などと物騒なことを言い、テリーを戦慄させた。

 だが、

「俺に期待するな。N・Sは捨てた。十五年前にな」

 と、当のクジャクが言う。

「うっそ!」

「それに、聖石を戦闘に巻きこみたくない」

 ユウも、そこだけはゆずれなかった。


「……さて、どうしたもんかな」

 いったん中座したメイが、新しいコーヒーを運んできた。

 脚に車輪のついた移動できる止まり木に座ったモチは、寝ながらあくびしている。

「……ハサン」

「私に頼るな。おまえの盗みだろう」

「わかってる。それでも……知恵を貸して欲しい」

 そう深々と頭を下げるユウを横目でみやり、

「フン」

 ハサンは紫煙をはき出した。

「断る」

「ハサン」

「……と、言いたいところだが」

「え?」

「うなじという名のロマンに免じ、ひとつ、レッスンといこうか」

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