第84話 白雪
何重にも重ね着をして山へ出てみると、わずかに風が出ていた。
時折日差しはあるものの、雲脚が速い。
吹雪になるかもしれない。
そう思っていると、
「彼氏さん」
ホバーバイクにまたがったテリーが、キャノピーの中から手招きをした。
「動かせそうか?」
「さぁ、やってみなくちゃわからない」
これは、トラマル行きが決まってからここまでの間に、セレンが設計し、組み立てたもので、言ってみれば大きなそりに、縦長のシートと荷室、推進力を生み出すプロペラがついている。光炉の小型化は進んでいるものの、それでも一メートル四方にはなるため、このバイクの動力はL・J用推進剤をもとにした、内燃エンジンということだった。
ミミズじいさんの工房を経由したおかげで、はじめに考えていた以上のものができたらしいが、なんにせよ、常人離れした技術と早業である。
グリップハンドルを握ったテリーは、
「あああ、冷たい! 寒い!」
グローブの上から、両手をこすり合わせた。
「……テリー」
「なに?」
「これ、邪魔だ」
「ああ、ごめんごめん。でも邪魔はないじゃない」
テリーは後部座席にあったライフルケースを荷室へと乗せかえて、ぽりぽりと頭をかいた。
「ラッキーストライクは、俺の相棒だよ」
「ラッキー……?」
「ラッキーストライク。このライフルの名前」
すかした名前だな。ユウは思った。
「俺がつけたんじゃないよ。ほら、俺の師匠のさ、ケンベル将軍にもらったんだ」
「ああ」
「いい銃でね。ずっと欲しかった」
「……そうか」
この感情は、ユウにも覚えがある。
ハサンにせがみ、はじめてもらった錠前はずしの道具は、いまでも数少ない宝物のひとつだ。
「ねえ、そんなことよりさ。ホントにやるの?」
「なにがだ」
「オルカーンだよ、戦艦の。俺ちょっと、ホークさん……いや、ホーキンス将軍ともご縁があってね。あんまり気乗りしないって言うかさぁ」
「文句なら、クラウディウスって将軍に言え」
「……いけずだなぁ、彼氏さんは」
「うるさい」
……と、そこへ、
「準備はできたか?」
声がかかった。
振り向くと、同じく厚着をしたアレサンドロが、寒さに肩をいからせて立っている。
南部出身者は寒さに弱いものだが、アレサンドロもまさしくそうだった。
「最後に、もう一回、確認しとくぜ」
と、アレサンドロは白い息をはき、軽く足踏みをした。
「今回は、おまえたちふたりだけだ。まず、仲よくな」
顔を見合わせたユウとテリーを、アレサンドロは笑った。
「でだ、連絡は、そのバイクに無線がついてるから、それでしてくれ。ドーザに着いたら、白馬亭って酒場でジョーブレイカーと合流」
「打ち合わせが終わったら、トラマルについての情報を集められるだけ集めて、戻ってくる」
「暗くなる前に、と言いてえところだが、無理かもしれねえな。警戒だけは忘れるな」
「わかった」
「テリーも気をつけろよ」
「旦那だけだよ、そう言ってくれるのは」
「みんな思ってるさ」
「だ、旦那ぁ……」
テリーは鼻をすすった。
「おっと、忘れるところだった」
と、アレサンドロが差し出したのは、あの発光筒だ。
「距離が距離だ。俺たちよりも、互いの連絡用に使ってくれ」
ユウとテリーは、ふたりで一本ずつ持つことにした。
「じゃあ、行ってくる」
ハンドルを握るテリーのうしろへ、ユウは太刀を抱くようにして座った。
雪氷の舞い飛ぶ新雪の野を、バイクは走り抜けていく。
自信がないようなことを言っていたテリーだったが、無難に乗りこなしているのはさすがである。
折よく強くなってきた風雪のおかげで、ホバーバイクの走行痕は、つけるそばから吹き消されていった。
「そのジョーさんって、どんな人?」
テリーの白い息が、うしろへ流れてきた。
「どんな……?」
「なにかあるでしょ。ハンサムだ、とか、気難しいとか」
「……会えばわかる」
「そりゃそうだけどさ。心づもりってのがあるじゃない」
この男でも、そんなデリケートな部分を持ち合わせているのだろうか。
ユウは首をひねり、
「……あやしい」
「あ、あやしい?」
小高く積もった雪山をジャンプ台に、ホバーバイクが跳ねた。
「鉄機兵団の……そういうのかも、ってこと?」
「いや違う。ジョーはきっと、信用できる」
「へぇ。じゃあ?」
「覆面があやしい」
「おっと、マスクマンか。……待てよ? 確か、覆面の手配犯がいたなぁ。ズタ袋をかぶり、手には斧、ひき肉職人の異名をとった……!」
「別人だ」
「なぁんだ」
それから三十分も走らせると、ドーザの町並みが見えてきた。
ドーザは、戦後開かれた比較的新しい町である。
トラマル城塞が魔人から人の手に渡ったのち、そこに詰める騎士たちの相手にするために生まれた歓楽街。それが、この町のルーツとなっている。
いまでは街道も引かれ、一般の湯治客も訪れるなど、なかなかの繁昌ぶりだ。
ユウとテリーは、ひと気のない場所にホバーバイクを隠し、徒歩で町に入った。
「ねぇ、それ、本物?」
テリーが言うのは、先ほど門番に見せた神官章のことである。
「当たり前だ」
「へぇ。それくさいとは思ってたけど、ホントの神官さんか。おかげで楽に入れたよ」
「……」
「……な、なに?」
「いや……」
テリーがそう言うということは、神官位を授かった事実は、まだ鉄機兵団へは伝わっていないということだろうか。
そういえば、手配する旨の通信にも、それらしいことはひとことも含まれていなかった。
つまり、ディアナ大祭主だけでなく、クローゼや、バレンタイン紋章官さえも、口をつぐんでくれている……。
「なに? その顔」
「……なんでもない」
「いやいや、なんかうれしそうじゃない」
「うるさい」
「……へぇい」
テリーは、不満げに首をすくめた。
昼時で、なおかつ雪模様であるせいか、表通りにも人影は少ない。
建物の抱いている煮炊きの暖気が、そこここの戸や窓の隙間から、湯気となって放出されている。
ユウとテリーは、雪に覆われた街路を足早に進み……。
目指す場所は、すぐに見つかった。
軒下に吊るされた看板には、後足で立つ、白馬のレリーフ。
近隣の建造物同様、白く塗られた土壁は堅牢で、はめこまれた木扉も、熱を逃すまいと実に厚い。
もうもうと立ちのぼる煙突の煙から視線を下ろし、ユウは、ドーザ随一の酒場、白馬亭の扉へと手をかけた。
……が。
「……」
「……どうしたの?」
そのまま開けようとしないユウの背に、テリーが聞く。
ユウにもわからない。
わからないが、声なき声に導かれて、
「……こっちだ」
「え、ちょっと、ちょっと!」
ユウは、右手の路地へ入った。
店で働く者たちの出入りがあるらしい路地の雪は、きれいに開けてある。
裏手へ出ると感じたとおり。腕を組んだジョーブレイカーが、壁に背をもたれて立っていた。
やはり、ジョーが呼んだのだ。
「ジョー」
「……うむ」
薄く目を開けたジョーブレイカーは、横目でユウを見やり、再び目を閉じた。
以前は黒だった装束が、いまは同じ型の、白いものに変わっている。
どのような修行を積んだのだろう。覆面越しにはき出される息には、色がついていなかった。
「えっと……おたくが、ジョーさん? なるほどあやしい」
はじめて見るエド・ジャハンの忍者にも、テリーは物怖じせず握手を求めたが、ジョーブレイカーは一瞥もせず、それを無視した。
「聖石は?」
「遅れている」
「天気のせいか?」
「そうだ」
ユウの問いに対するジョーブレイカーの返答は、簡潔を極めている。
「トラマルは?」
「……難しい」
「ジョーでもそうか」
ジョーブレイカーは、うなずいた。
「城塞内部は造作もない。カーゴを利用すれば、聖石の運搬も可能だ。それは確認している」
「なら問題は、やっぱり……」
侵入経路。
だが、もし仮に城塞正門までの一本道を避けていくとすると、生身での雪中行軍となるのは間違いない。
また、このドーザからの生活物資搬入もないではないが、週に一度、それも明日早朝のことで、まぎれこんで奇跡的に忍び入れたとしても、厳重な警備の中、なお数日を隠れひそんですごすことになる。
どちらを取っても、自殺行為だ。
ちなみに、マンムートの地中潜行も選択肢としてはあったのだが、振動と傾斜角をクリアできず、すでに廃案となっている。
「困ったな。もう時間もないのに……」
ユウは、全員で特攻、という最後の手段だけは取りたくなかった。
やはり頭を下げ、恥をさらしてでも、ハサンに知恵を借りるしかないか……。
「わかった。俺たちも、これから少しあたってみる。他に聞いておくことはないか?」
すると、ふ、と、壁から身を離したジョーブレイカーが、
「ディアナ大祭主。カジャディール大祭主の保護のもとにある。ひとまずは心配ないだろう」
これは、ユウにとっても喜ばしいことだった。
月の聖石を奪う前に、ディアナ大祭主の身に危険がおよぶのではないか。それだけが心にかかっていたのである。
「じゃあ、門の閉まるころ、外で会おう」
「……承知した」
ジョーブレイカーは、足跡も残さず、姿を消した。
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