第21話 解決?

 しっとりとしめり気のある大気には、緑の匂いが蒸れこもっている。

 見上げれば、枝葉の隙間からこぼれ落ちる光が、

「まるで光石の粒だ……」

 顔に降りそそいだ。

 波のように駆けていく風も、頭上でかわされる小鳥たちのさえずりも、どれもが皆、心よい。

 思えば、こうしておだやかな気持ちで空を仰ぐのも、ひさしぶりのことだった。

 さて、その夏の勢い残る日差しの下に、ヤマカガシはなにか、液体の入ったビーカーを差し出した。

 灰色ににごった、粘質の液体である。

 陽を浴びたその中に、みるみる光の粒がわきはじめると、

「な? な?」

 蚊の鳴くような声で、ヤマカガシが言った。

 あのあと。

 アレサンドロが上手くとりなしてくれたおかげで、ヤマカガシは随分と落ち着きを取り戻している。

 いまだに警戒心をぬぐいきれない様子で周囲を見まわしたりなどしているが、気絶に比べればかわいいものだ。

 ユウの腹まで届くかどうかの背丈をさらに縮め、常にひざをかかえるように震えているヤマカガシは、頭ははげ上がり、シワの深い顔の中心に、ほとんど高さのない、穴だけの鼻がぽつんとついている。

 なにより異彩を放つのは、その長くたれ下がった眉の下の、握りこぶしほどもある大目玉で、それが焦点定まらず、あちらこちらへ泳ぐさまは、なかなか恐ろしい。

「いや……な? と、言われてもよ……」

 ビーカーをのぞきこんだアレサンドロは、ユウを見やった。

 ユウも、首をかしげるばかりである。

「なぞなぞをしにきたわけじゃあ、ねえんだがな」

 するとそこへ、樹上で眠っていたはずのモチが、

「それは……」

「きゃあ!」

「……不愉快です」

「まあ、そう言うな。悪気はねえんだ、なあ?」

 飛びついてきたヤマカガシの背を、アレサンドロはあやすようになでた。

「で? なんだ?」

 モチはひとつ、息をはいた。

「それは……」

 ちらり、ヤマカガシを見る。

「よく似ています。あの、N・Sの核に」

「あっ!」

 ユウとアレサンドロは同時に声を上げた。

「そうだ、確かに!」

 渦を巻く七色の輝き。確かによく似ている。

「ああ。おい、どうなんだ?」

「そ、そう、そうそう。あ、あ……そんなに、見ないで……」

 ヤマカガシはモチに背を向け、頭をかかえて縮み上がった。

「もういいかい? アレ。もういい?」

 早口に訴えるが、さすがに、

「いやいや、もうちょい頼むぜ。な?」

「……う、う」

「こいつは、本当に、あの装置と同じものなんだな」

 ヤマカガシは、小刻みに何度もうなずいた。

「原液だよ……」

「原液? つまり、あの核は……もとは液体だってのか」

「そ、そうそうそう」

「それで、これを?」

「これに……N・Sを入れる」

「入れる? ひたすってことか?」

「ち、違う違う……入れるんだよ、入れるんだよ」

「だから、その入れるってのは……ん、まあ、とにかくやってみてくれ。俺たちはなにをすりゃあいい?」

 すると、いまや全体が虹色に染まった液体を胸に抱いたヤマカガシは、N・Sに近づくと、それを半量、オオカミのつま先にたらした。

 そこからは一瞬の出来事。

「あっ……!」

 という間に、オオカミの巨体が光に包まれ、消え失せる。残り半量をたらされた、N・Sカラスも同様にだ。

 そして残ったのは、ウズラの卵ほどの、あのN・S核そのままの塊がふたつ。

 ヤマカガシは素早くそれを回収すると、周囲に目を配りながら、駆け戻った。

「な? な?」

 アレサンドロの手のひらに、二個の黒い卵が乗せられた。

 ユウとアレサンドロ、モチさえも、ただただ呆気に取られ、言葉を失った。


 その後の、いろいろな意味で難解なヤマカガシの説明を、ユウが噛み砕いたところでは、

 あの液体は、ふれたものを『情報』に変える。

 どうもそういうことらしい。

 文字で『N・S』と書くように、そこには質量も体積も、時間の流れさえも存在しない。

 そもそもN・Sの操縦も、その情報の一部分となっておこなわれている、というのだ。

 では、それがいったい、どういう形の情報なのかというと、

「……よく、わからないな」

 というのが、正直なところだった。

 とにもかくにも、これでN・Sの運搬問題は解消できた、ようだ。

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