第22話 日没

「あたし、鉄機兵団辞めたの」

「そうかい。そうだってね」

「だから、おせん別ちょうだい」

「いいとも」

 ユウたち三人がヤマカガシのもとで言葉を失っていた、ちょうどそのころ。

 ララは南デローシス砦のさらに南、とある帝国の研究施設に車を乗りつけていた。

 話の相手は、セレン・ノーノ。この施設の一研究員である。

 だが、この女性の権限はそれにとどまらない。

 この人物もまたララと同じ、誰もが一目置く『天才』なのだ。

 歳にして十歳の差があるふたりがこうして友人関係を築いているのも、天才は天才同士、どこか惹かれあうものがあるのだろう。

「ね、なにくれるの?」

「ついて来ればわかるよ」

 少年のような語り口だが、セレンはララより、はるかに大人の身体つきをしている。

 背が高く歩幅も広いため、ララはこの友人と歩く際、どうしても小走りになった。

「それより……」

 セレンが続けた。

「負けたんだって?」

「まぁね」

 ララは意外に、あっけらかんとしている。

「黒いN・S」

「そう。黒くて、ステキな人」

「ステキ?」

 表情の少ないセレンがこのときばかりはさすがに足を止め、いぶかしげに眉をひそめた。

 しかし、それを気にもとめず、

「ホントにスゴかったんだから! こうやって、頭を、ガコーンって」

 と、ララは小さな拳を前に突き出す。

 そして、あごに指を当て、声真似で、

「『これで満足か?』……キャーッ! カッコいーい!」

「……なるほど。ララらしい」

 セレンは、再び歩きはじめた。

「あたしね、彼のところに行くの」

 それについて、ララも、跳ねるように歩き出す。

「彼と一緒に行くの。決めたの」

 赤い瞳は、セレンを通り越し、はるか彼方を見つめている。

 セレンはその、夢見る眼差しに、

「ふうん」

 ただ、鼻を鳴らした。

「……恋する乙女は、太陽にも飛びこむ、か」

「なに?」

「いいや。いいね、女の子」

「アハハッ! なにそれ!」

 南デローシス砦と違い、そもそもが研究施設として建てられたここでは、通路も部屋も、すべて壁は白く塗られている。

「ここだよ」

 セレンは施設奥にララを導き、同じく白い扉を開けた。

 そこは、格納庫。

「わ」

 ララは手を打ち、手すりに駆け寄った。

「なに? これ」

「試作機」

「アハハッ! そんなの、見ればわかるって」

 肩幅も胸厚も三〇八式の一、五倍はある、無骨な、純白の機体。

 背部に四基、脚部に一基ずつの大型スラスターをそなえ、両肩には突き出した四段のウイングバインダー。

 そこに身の丈ほどもあるシールドと、柄の短いスピナー(穂先の回転するランス)が付属している。

「型番は?」

「ないよ。オリジナル」

 つまり、N・Sのコピーではなく、これまでつちかわれてきた人間の技術によって、一から製作されている、ということだ。

 能力は高いが、技術者不足で数が少ない。ゆえに、

「うっそ! 将軍機?」

「いずれは、そうかもね」

「へええ」

 そんな代物を、セレンはせん別にくれようというのだ。

 ララは階段を駆けくだり、グラウンドラインからオリジナル機を見上げた。

「でも、ちょっとゴツくない?」

「突進力なら、『ドゥーベ』にも負けないよ」

「かわいくなぁい」

「肩はちょっといいだろ? 羽根飾りのマントみたいで」

「うーん、まぁね」

「六時間くれれば、赤にも塗りかえできる」

「ホント? それ、お願い!」

「了解」

 セレンが通信機を通じて指示を出すと、すぐさま数十人の作業員が現れて作業が開始された。

 オリジナル機が許可なしにやりとりされることに関して、特に意見しようという者もいない。

 これは『権限』というより、この研究所の『性格』だ。

「名誉や金なんかより、データと実績」

 以前、セレンがそう、ララに語ったことがある。

 聖鉄機兵団だろうと誰だろうと、満足のいく数字が出せればそれでいい。

 それが試作機ならば、なおさらなのだ。

「だから、ねえ、ララ」

 セレンは言う。

「こんな機会は滅多にない。七将軍とも戦ってくれるとうれしいね」

 ララは待ってましたとばかりに、にっ、と笑った。

「いいよ」

「だからララは好きだよ」

 セレンは、ララの頭を片腕に抱いた。

 

 六時間後。

 調整の終わったリニアシートにララは深々と腰を沈め、ぱちん、ベルトを装着した。

 三〇八式よりも大型のモニターが周囲の景色を次々と映し出す。色も鮮明だ。

『どう?』

 セレンの声がする。

 頭部を少し傾けると、姿が見えた。

『新しいのって最ッ高!』

『オリジナルはジャジャ馬だから、きっとお気に召すよ』

 作業員総出で足場が取りはずされ、『準備よし』の旗が振られた。

『このベッドは空けておくから、いつでも送り返して。方法はさっき言ったとおり』

『はーい』

 盾と槍を取り、専用の大扉をくぐると、赤い夕日が哨戒灯のように天へ光を放っている。

 ララは、うっとり目を細めた。

『黒いN・Sの行き先は、すぐつかめると思うよ。あとをつけまわしてる連中がいるみたいだから』

『ふぅん』

 どこかの諜報部隊だろう。

『それって誰の?』

『あれだよ。クラウディウス』

『ああ』

 イヤなやつ。ララはあの男が苦手だった。

『わかったら知らせるよ』

『うん、よろしく。早くね!』

『努力するよ』

 ララはコントロールパネルを操作した。

 とりあえずはデローシスへ向かうつもりだ。

『……そうだ』

 ララの手が止まる。

『サンセット!』

『なにが?』

『この子の名前』

『ああ。ふうん、いいんじゃない? ララらしい』

『じゃあ決定!』

 メインスラスターに火が入り、格納庫わきまで下がったセレンはひかえめに手を上げた。

『またね!』

 轟音とともにサンセットは加速。どっと空へと舞い上がる。

『アッハハハッ! すっごい、コレ! すっごぉい!』

 赤い巨体はまたたく間に、北の空へと消えていった。


「サンセットか」

 残されたセレンは、乱れた髪を手ぐしで整え、

「いいね」

 にこりと笑った。

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