第20話 ビビり屋

 帝国中部領、ウィンザー。

 帝都にも程近いこの土地に、本来、追われる身であるユウたちは踏みこむべきではない。

 それでもなお、三人がここへ立ち寄ったのには、もちろん理由があった。

 N・Sに乗る上で、頭を悩ませるひとつの問題。

 運搬問題の解決のためである。

 N・SやL・Jはその巨大さゆえに、どこにいようが、とにかく目立つ。

 それはカーゴに乗せたとしても同様で、鉄機兵団としてはこれほど見つけやすく、また監視しやすい対象もないだろう。

 そうなると、当然こちらも常に目を光らせておく必要があるわけで、それは実のところ、大きな負担になっていたのだ。

 いくら、夜半はモチが、その役割を引き受けてくれるとはいえ、である。

 そこで、知恵を貸してくれるだろう人物に会いにいこう、ということになったわけだ。

 その男は、

「ペルデンドス、なんて小洒落た名で通ってるが、正体は魔人のヤマカガシ。おかしな爺さんさ」

 アレサンドロは、いままで幾度も、その年寄りのもとに滞在している。

 そのほとんどが戦後で、なんでも集団暮らしになじめず、早い段階で隠棲したために、戦に巻きこまれなかったものらしい。

「整備助手やってたころに引き合わされてよ。N・Sのあれやこれやを、まあ、いろいろ仕込まれたぜ」

 という、N・Sのプロフェッショナルは、緑深いエ・ルーゼの森に住んでいる。


『なにがおかしいってよ』

 ブナ林を歩むオオカミの肩には、モチが座りこみ、固く目蓋を閉じている。

 昼に弱いこの友人は眠っているのだろう。ゆらりゆらりと、いまにも転げ落ちそうだ。

『あの爺さん、自分の足音にも腰抜かすような、とにかくひどいビビり屋でな。いや、冗談抜きに、だぜ』

『まさか』

『まさかもなにも……』

 アレサンドロは、喉まで出かけた言葉を呑みこんだ。

『会えばわかるさ』

 遠くで草をはんでいた鹿の一群が、ひょいと顔を上げ、こちらの動向をうかがい見ていた。

『あそこだ』

 指さされた先には、なるほど、小高い丘の山肌に、小さな板がはまっている。

 狐か狸でも住んでいそうな洞穴に、そのまま戸をつけた格好である。

 N・Sを降りると、ますます小さい。

 これでおさまるなら、ヤマカガシはよほど背の低い人物に違いない。

 ユウがくぐるとすれば、かなり腰を丸めならなければならないだろう。

「さて」

 アレサンドロはひざまずき、手を振った。

 下がれ、ということらしい。

 ユウはおとなしく従った。

「ペルデンドス」

 アレサンドロが呼びかけ、扉を叩く。

「……」

「ペルデンドース?」

 ……沈黙。

「忘れちまったか? アレサンドロだ」

 カタ。

 ようやく、扉の内側で物音がした。

「あ、あれは、いない、いない」

 返ってきたのは、か細い声である。

「出ていったよ、出ていった」

「いや、俺がアレサンドロだって話さ」

「……」

「アレサンドロ。アレだぜ、ヤマカガシ」

「……」

 ゆっくり、かんぬきが抜かれはじめた。

 一本、二本……。

「増えてるな」

 なんと、六本。

 アレサンドロは、なんともいえない顔で、苦笑を浮かべた。

 そのときだ。

 カチャン!

「きゃあぁ!」

「う、お!」

 アレサンドロを押しのけ、突然開かれた戸口から、小男が転がり出てきた。

「きゃあああぁ!」

 なぜかはわからない。わからないが、とにかくパニック状態である。

 目をむき、指をわななかせ、あちらへ走りN・Sに足をかけては、

「きゃあぁぁ!」

 こちらへよろめきユウとぶつかっては、

「ひぃいぃぃ!」

 しまいには、なんの不幸か、とうとう足をすべらせたモチがオオカミの肩から、ぼたり、目の前に落ちてきて、

「フクッ! ……むぅん」

 気絶してしまった。

「……な?」

 アレサンドロが首をすくめた。

 これはもう、笑うしかない。

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