第4話 意地

 ドッ。

 ドドドドォォ……!


「う、おお? おお?」

 これには、さすがのアレサンドロも飛び起きた。

「な、なんだ? おいユウ! おまえ、なにやった!」

 と、衣服をかき集めて叫んだが、ユウの返事はない。ユウは、もはや、さえぎるもののない月光の、その青白い光の中で、なかば放心したように立ちつくしている。

「おい? ユウ……?」

 一点にそそがれるユウの視線を追ったアレサンドロもまた、同じく言葉を失った。

 天井の落ちたドームに、どこまでも白く輝く満月。藍色の帳。

 かつての床は、雨水か川の支流を引きこんだのだろう。

 水につかり、そこはまるで、湖だった。

 その、かすかに波立つ水面。

 月光を受け、ビロードのように輝く水面に、もたれ合いながら立つ、ふたつの巨大な人影が……。

「N・S(ナハト・ズィーガー)……!」

 遠目ではあるが、おそらく間違いない。いや、それ以外考えられない。

 あれこそ、先の大戦において魔人が造り出したという人型兵器、N・S。

 一体で五千の兵からなる騎士団を滅ぼしたとか、ひと飛びで星の裏側まで行けたとか、とにかく噂だけならばユウも耳にしている。

 だが、その多くは十五年前に失われ、かろうじて残ったものも、ほとんどが帝国によって回収されたはずだった。

 もしこれが本物で、しかも完品ということになれば、誰であろうと惜しまず金を積むだろう。

 ユウの心は踊った。

「行こう。まず状態を……!」

 ユウは瓦礫を飛び越えるべく、岩のひとつに手をかけた。

 ……が。

「待ちな」

 なぜだろう。その腕はアレサンドロにつかまれ、ぐいと引き戻されてしまったのである。

 かえりみるアレサンドロの顔は、険しかった。

「悪いが、おまえはここまでだ、ユウ」

「え……?」

 ユウは、言葉の意味をはかりかねた。

「とっとと失せな。そして忘れろ。あれのことも、俺のことも」

「待ってくれ、アレサンドロ。あんた、なにを言って……」

「聞くな。……話したく、ねえんだ」

 語尾をかすれさせたアレサンドロの顔が、つらそうにゆがめられた。

「そういうわけにはいかない」

 と、なおもユウが食い下がると、

「聞いてどうする。話によっちゃゆずってくれるってのか?」

「それは……」

「いいから行きな。少しでも俺のことを思うなら、ただ口をつぐんでてくれりゃ、それでいい」

「……嫌だ」

 アレサンドロは荒々しく舌打ちした。

「なら勝手にしな。どっちにしろ、おまえはここで退場だ」

 この男は、いったいどうしたというのか。

 考える間もなく、ユウは川べりまで、力ずくに引きずられてきてしまった。

 このままでは、また急流くだりだ。

「アレサンドロ! くそっ、冗談じゃない!」

 ユウはアレサンドロを弾き飛ばした。

 自分の身がどうのという話ではない。

 わけもわからず、ただ流されるのが我慢できなかった。無性に腹が立った。

「俺にだって意地があるんだ!」

「だったらどうする? 俺を殺すか?」

「なに……?」

「ああ、あれが欲しいならそうすりゃあいい。そのほうがいっそ、スッキリするさ」

「なにが、スッキリだ!」

 ユウの拳が、アレサンドロの左頬をまともに打ち抜いた。

「づ……」

「馬鹿にして! いい加減にしろ!」

「こ、の……ッ!」

 一歩もゆずらぬ、殴り合いになった。

「ガキが、粋がってんじゃねえ!」

「歳をとっていればえらいのか! あんたのがよっぽどガキだ!」

「そういう話じゃねえだろうが!」

「じゃあなんだ! どういう話だ! 話せるのか! あんたに、なにが話せるっていうんだ!」

「ああ?」

「肝心なことを、いつもあんたは隠してる! いまだってそうだろ!」

「うるせえ! てめえになにがわかる! てめえに、俺の気なんぞわかりゃしねえ!」

「ああ、わかるもんか! だから話せと言ってるんだ!」

「ッ……!」

「アレサンドロ!」

「うるせえって、言ってるだろうがよ!」

 アレサンドロの蹴りは空を切った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る