第8話

紙の上に黒い染みが広がる

「元気だろうか?」と聞きたい

「幸せでいるか?」と聞きたい

「必ず戻る」と書きたい

「勝てる」と書きたい

そのどれも返信が届くまでに

嘘になってしまいそうで

ぽたりぽたりとインクが落ちる


今日の夜までに手紙は書き終わるだろうか?

明日の朝までに手紙が届くだろうか?


紙の上に黒い染みが広がる

「辛い場所だ」と書きたい

「◯◯が死んだ」と書きたい

「結婚したか?」と聞きたい

「親は生きているか?」と聞きたい

この手紙が最後になるかもしれないから

嘘でも明るく書かなければ

遺骨も届かないから


明日の死者は自分だろうか?

明後日までは息をしているだろうか?


紙の上が黒くなってしまった

「今日死ぬだろう」

「帰る日は来ないだろう」

「世界が壊れてしまえばいいのに」

「君に会いたい」

書けない言葉だけが浮かぶ

シワがよった紙を丸めて

くずかこに投げ捨てる


何を書いたらいいんだろう?

君の幸せを願えばいいのだろうか?


筆を置く

白い紙には手をつけず

沈んだ顔のまま郵便部屋を出る


また今日も配達人は何も持たずにルアルエリアラの砦を立つ

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