告白

 涙を溢れさせながら御影の手を退けようとしている自分を、どこかで別の自分が見ている。「そのソファに大人しく押し倒されて犯されてしまえば楽なのに」と嘲笑う。「犯されることなんてお前にとっては大した問題ではないだろう」、と。だからと言って御影を受け入れる理由にはならない。この男は仮にも部下だ。会社の上司と部下がひとつ屋根の下に加えて、体の関係まで持つなんて、有り得ない。


「どうして」


 涙と言葉が溢れる。


「どうして俺に構うんだ! 俺はもう誰かと関係を持つなんてごめんだ……本当にもう」


「……」


 御影は何も言わず、床に零れ落ちた涙を見つめている。


「お前は知ってたんだろ、御影。だからなのか? ヤるために俺に近付いたのか? お前は違うと思ってたのにさ、勘弁してくれよ。放っておいてくれよ! ……分かったよ、いいよもう……お前も所詮、俺を穴としか見てないんだな」


 捲し立てるように言って自嘲気味に笑った途端、御影の力がフッと抜けた。


「!」


 今まで渾身の力で抵抗していたものがなくなったせいで、バランスを崩して倒れそうになる。御影は前傾姿勢で御影の胸に飛び込んだ俺を力強く抱き締めた。それはもう、痛いくらいに。慌てた俺がいくら身を捩らせても御影は動じない。


「もう本当に、ちょっと黙れよ。葵」


 呟いて俺にキスする。御影の舌が唇を割って入ってくる。あぁ、ダメなのに。御影があまりにも大切そうに俺を抱き締めるから、勘違いしそうになる。やっと、外側じゃなくて内側の俺を見てくれる人が現れたのかも、だなんて。頭の中で何かを考えるにしたって長すぎるキスに、声にならない声を上げて御影の胸を叩く。


「んーっ、んーっ、んむぅ……」


 唇を離すと、御影も少し息苦しそうに呼吸してから、俺の首元でスンと鼻を鳴らした。


「葵くん、エロくて可愛い。最高……」


 矢継ぎ早に発される恥ずかしい褒め言葉に目を見開きながらも頬を赤くすると、御影は俺の肩に頭を凭れた。


「こんな素敵な人が自分をそんな風に言うのって、見てられないよ。誰がそんなこと言ったのお前のことは体目的だって? 俺が殴り殺してあげるから名前と住所、何人でも教えて?」


 俺があたふたしていると、肩に顔をうずめた状態で目を合わせてくる。あまりにも真っ直ぐな瞳に心臓が高鳴る。






「好き」






 視界が、ふわっと広がったような。そんな感覚だった。俺のことを御影が、好き。手を繋いだりとか、どこかに出掛けたりとか、セックス抜きで俺を見てくれる、そういうことだろうか。俺は何を考えているんだろう。頭が追いつかない、ダメだ。


「あのさ」


 黙りこくった俺に不安を感じたのか、御影が口を開く。


「両想いじゃないの、分かってるよ。葵くんにちゃんと好きな人がいること」


 ギクリとした。どうして、それを。


「ずっと考えてた……なんで泣き叫んじゃうほど痛いセックスも、葵くんはずっと我慢できるんだろうな……って」


「お前……そんなに聞いてたのか……」


「あは、ごめん。でも分かったんだよ。言わされてるんじゃなくて本当に好きだってこと。あぁ、この人はお兄さんのことが好きなんだ。そう思ったら悔しくて……自覚しちゃったんだ、お兄さんに嫉妬してること。馬鹿みたいだろ? お兄さんは長年の付き合い、こっちは数週間だってのに。本当に馬鹿」


 止めどなく流れる御影の言葉に、心が揺さぶられているのが分かる。こんなに自分のこもを想ってくれる人と出会えたことに、神懸り的なものを感じた。また涙が、溢れた。


「俺は葵くんとエッチなことたくさんしたいよ……でもそれは葵くんの容姿が整っているからでも、色気がエロすぎるからでも、今すぐ尻穴に突っ込んで喘がせたくなるような潤んだ瞳だからでもないよ」


 引っ掛かるところがありすぎて苦笑いを浮かべる俺に、少し茶化した笑いを見せてから御影は言った。


「全部、好きだからしたいんだよ。葵」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る