夜半の月

  鬱陶しいアイツが、俺の秘密を知った。


 まさか、家にまで来るなんて思わなかった。派手に転けるもんだから、窓の外を気にしてしまって兄さんに叩かれた。今までにも俺に友達以上の興味を抱いた奴はいたが、家まで尾行してくる変わり者はいなかった。男を好きなわけじゃなさそうだったから、観察されるがままにしていた。そのうち飽きてくれると思っていた。



 ──兄さんのこと、バレちゃったのかな。



 次の日からの彼の行動を見ていれば、知ってしまったことは明白だった。そんなに分かりやすく避けなくても、俺は話し掛けたりしないのに。






    あーあ、


            だるい。






     もう、関わらないで。






 きっと、彼は俺に興奮するんだろう。白い肌にたくさん印をつけて、何事もなく学校に通う俺に。そして毎夜、兄さんに尻を突き出してモノを欲しがる俺に。

 でも心のどこかで、俺を助けようと思っているんだろう。こんなに痛く抱かれて、「可哀想」だと思っているんだろう。




      もう、来るな。






 それ以上、俺と兄さんの聖域に


         土足で踏み込まないで。






「んぐっ……」


「葵ちゃん、どうしたの。なんで」


 俺の頭を撫でる手が、震える。


「他の男のこと考えてる?」


 予想外の言葉に、思わず兄のモノから口を離した。


「俺は、兄さん以外の男を、視界に入れたことなんて──」


 そこまで言って、紅茶色の髪の毛が風に靡いた瞬間が頭をよぎった。目がチカチカするような、初めての感覚に頭が痛くなった。こんなのダメだ、ダメなのに。

 兄はそんな俺を見て苛立ったように歯軋りを繰り返した。


「……気に入らない、気に入らない、気に入らない!」


 頭を強引に引き寄せられ、兄さんの舌が口内に入ってくる。舌と舌を絡め合い、歯の裏から唇の下まで貪り食うようなキス。脳が熔けていくような気がした。混ざった2人の唾液が糸を引いた後、床に滴り落ちた。


「もうお前、学校辞めろ。葵」


 息を切らした俺に兄はそう言い放った。






 自分が兄の愛に応えようとしたから、兄のそれは愛じゃないと気付いた。こんな残酷なことがあってたまるか。否、そうであってしまったんだ。兄さんは俺に対して大量の独占欲をぶつけた。俺はそれを愛だと勘違いしていた愚かな弟で、兄さんを愛してしまった。




   見捨てないで、見棄てないで。






 ──あぁ、哀れだ。



 御影は、俺を助けようとしていたのかな。この異常な光景を目の当たりにして。正しくは、耳の当たりにして、だけど。



 ──そういえばお前、なんでセックス中に出て来ちゃったんだろうな。


 お前が俺に気付かせてくれたのかも知れないな、そう思った。






    兄と、決別するべきだと。











 そして俺はその夏の終わり、愛してしまった兄さんの前から黙って去った。

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