会話
「何してるの」
コピー用紙を拾い集めていると、背後から声が飛んできた。振り向くと、ここにはいないはずの見覚えのある髪色が立っていた。
「……落ちた紙を、集めていました」
「落ちた紙って……」
御影は呆れたように俺の周りに散乱する数多の長方形を眺めてから、吹き出すように笑って言った。
「葵くん意外とドジだったりする?」
「……うるさい」
「あ」
「……?」
御影は何やら嬉しそうにこちらに歩いてきて、一緒になってコピー用紙を拾い集め始めた。
「初めて敬語が外れた」
「……同級生として接しづらくて」
「なんで?」
自分の発した言葉に対してこんなに早く応答があることが久しぶりで、戸惑う。必死に言葉を探す。
「だっ……て、久しぶりだから」
「あはは」
御影がわざとらしく笑って紙の束を差し出す。俺は肝心なことを聞き忘れていたのを思い出した。
「あっ、御影」
「?」
「飲み会──歓迎会、行かなかったの?」
「ああ、うん」
あまりにも当たり前のように答えるから、言葉が口をついて出た。
「なんで!?」
「うわびっくりした」
久しぶりに出した大きめの声に自分でも驚いて、肋骨に痛みが走ったような気さえした。
──やっぱり、この人といると。
「いや……俺、帰ります」
「えっ、どういう展開?」
ちょっと待ってよ、と御影も俺に続いて立ち上がった。片付け始めた俺のデスクを眺めて呟く。
「仕事、できるんだね」
「……へ?」
「だって、午前中は俺に張りついて教えてくれたのに。その仕事は明日以降のやつでしょ?」
「……そう、だけど」
「まだ今日の仕事終わってないから、歓迎会は行けない。って、嘘じゃん」
「……嘘も方便って言うだろ」
「あーあ、傷付いたな」
絶対に傷付いていないトーン。こいつの何もかもが、本当に分からなかった。何か大事なことをずっとはぐらかされているような気がした。
俺らの間の青春は、純粋に懐かしいと振り返ることができるような綺麗な青春ではなかった。俺がそうだったんだ。
それは赤くて、黒かった。御影はいつもそんな俺を遠くから見ていた。
「葵くん」
はっとした。俺はスーツの角張った感じを肩から肘にかけて感じた。デスクを片付けようとする手は行き場をなくし、鞄を閉めたところで止まっていた。
「……御影は帰るの?」
「うーんどうしよう」
小さく唸って、思い出したように言った。
「俺はさっきから、葵くんを待ってたんだよ。出口の自販機の辺りでずっと」
──何の話をしている?
「浅田さんや深見さんに『葵くんが来ないから行けません』みたいなことを言ったら、子供みたいって笑って許してくれた。彼女達は普通に飲みに行くらしいけど」
分からないことが、
たまらなく怖い。
「何がしたいんだ」
「ん?」
御影はいつの間にか俺の隣にいて、つい数時間前まで使っていた自分のデスクを興味深そうに見ていた。
「御影は、何がしたいんだよ。いきなり俺の会社に入社してきたかと思えば、高校の同級生ですとか。それに今だって──」
言葉に詰まって泣きそうになった。駄目だ、心を外界に晒しすぎた。
御影を見上げると驚いた顔をしていたが、困惑する俺を見て何故か安心したような目になった。彼の言葉を聞き逃すまいとすればするほど、涙が溢れそうになる。
ノイズが消え去った。
「僕は──」
君を守りたいんだよ、葵くん。
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