第2話 別れ話、一
「もう、別れようぜ」
タケルにそう言われたのは、交際して丸三年目、同棲を初めて丸一年目が過ぎた頃であった。
タケルと私は、大学の同級生で、サークル仲間であった。大学四年になった時に、サークル仲間から、彼氏彼女の間柄になった。映画や小説のような劇的なドラマがあった訳ではなく、なんだか分からない内に、そういう関係になっていた。『ちょっと、買い物に付き合ってよ』くらいの気軽さで、ヌルッと交際がスタートした。だから、青春真っただ中の若者の特権である甘々の日々は皆無であった。憧れはあったけれど、私達はどちらも甘ったるい雰囲気を作ることが、すこぶる苦手だ。友達の延長戦上にいる二人ってのがお似合いだと、きっとタケルもそう思っていたに違いない。
大学を卒業し、お互い社会人になって、一年が経過した時に、一緒に住むことになった。正確には、私が通い妻のような日々が面倒になって、特に許可を取ることも相談することもなく、勝手に居座った形だ。私の私物は、既に置いてあるから、後は持ち主が転がり込むだけのお手軽な感じであった。
そして―――同棲も一年が経過し、社会人としても少しは落ち着いてきた。近頃は、そろそろ『結婚』の文字が頭をチラつくようになっていた。
「ワカレヨウゼ?」
私は、何故か片言で復唱し、頭を横に倒した。言葉の意味が理解できなかった。タケルは無表情で、私の顔を見つめている。その表情は、特別違和感もなく、いつもの通常の彼の素顔だ。私の聞き間違いだったかのように、平然としている。
「え? 何? よく分からないんだけど?」
「だから、別れようって、言ったんだよ」
私は反対方向に頭を傾げると、タケルは気怠そうに後頭部を書いた。テーブルに手を伸ばしたタケルは、煙草に火を点けて、煙を天井に向かって吐く。ユラユラと揺れながら、立ち上る煙を目で追っていた。二人に見つめられた煙が、居心地悪そうに霧散した。
「ちょ! ちょっと! 待ってよ! どうして、そうなる訳?」
茫然と立ち尽くしていた私は、弾かれたようにテーブルの前に座った。タケルと向かい合い、テーブルを叩きつけるように手を置いた。タケルを睨みつける私は、顔を寄せる。タケルは溜息を煙に混ぜて吐き、上体を後方へと引いた。いつもの面倒臭そうな態度を見せる。『少しは自分で考えろ』と、言わんばかりに、彼は無言で煙草を吸う。しかし、考えても答えは出てこない。いつも通りの、日常的な、休日の朝のワンシーンだ。いつも通りに、いつもの道を歩いていたら、突然車に突っ込まれたような感覚だ。どうして、車に突っ込まれたかなんて、分かる訳がない。私は道をそれていないし、前方不注意もしていない。運転手が悪いとしか、思わない。私は悪くないのに、突然奈落の底に突き落とされた気がした。
「ど、どうして、そうなるのよ? 意味分からないんだけど?」
悲しみよりも、怒りに近い感情が芽生えていた。知らず知らず、声に棘が生えている。タケルが、首を振りながら、煙草を吸い続ける。ヤレヤレと呆れたように見えて、腹が立ってきた。
だって、いつも通りの朝だったじゃない? いつまでもダラダラとテレビを見ているタケルの周りをわざとらしく掃除機かけて、朝食で使った食器もテーブルに出しっぱなしだし。私はいつもいつも、食器くらい片付けてと口を酸っぱくして言っているのに、全然言う事を聞いてくれない。嫌みの意味を込めて、私の分の食器だけを洗った。そのことで文句を言って何が悪いの? 悪いのは、タケルじゃない? 全然、私の言うことを聞いてくれない。このことを早口で捲し立てた。頭の回転と舌の回転の歯車が噛み合わず、だいぶもつれてしまった。でも、私の想いはちゃんと言えたはずだ。私は悪くない。悪いのは、タケルだ。共同生活をしているのだから、互いに協力していくべきだ。
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