悪魔の星

@ns_ky_20151225

悪魔の星

 他の知的生命体が住んでいる惑星を『悪魔の星』などと呼ぶのは侮辱的で許されない。そう言う気持ちは分かる。

 けれど、その原住民が地球と読んでいる星で、我々の調査隊は危機的状況に陥った。幸い救助は成功し、失われた生命や魂はなかったが、私に言わせればあそこは悪魔の住む星だ。

 まあ、そう怒るな。君が博愛主義的な価値観を持っているのは知っているが、原住民自身が招いたことだ。あそこに行けば奴らが利用可能なエネルギーと資源は全て奪われる。原住民はかわいそうだがもう技術文明を再開するのは不可能だろう。

 ふむ、絶交とまで言われたら仕方がない。君の知らない詳細を教えてやろう。これは私自身が調査した情報だ。

 とても辛い物語だよ。

 じゃあ、始めよう。


 原住民は優れた文明を築き上げ、維持していた。もうすぐ恒星間文明の仲間入りもできただろう。だからこそ我々は調査隊を送り込み、彼らの性向を調べたんだ。

 報告では非常に理性的で、落ち着いた社会を作っていたようだ。同族感の争いは存在し、時に悲劇的な結果にもなったが、概ね平和だった。

 特に注目されたのは社会的な規則の遵守だった。自分たちで作った法律をよく守り、揉め事はそれに従って解決すると皆が納得していた。素晴らしいことだ。


 だが、どこかで何かがおかしくなったらしい。何がきっかけかは調査隊もはっきりつかめなかったが、訴訟が異常に増加し始めた。

 だれもが法に従って訴えることができる。けれど、訴えそのものの科学的合理性はそれほど強く審査されない。それがどういう影響を及ぼすか分かるか。

 不思議そうな顔をしているな。なら一つ具体例を話してやろう。ある国の政府機関が壊滅した話だ。


 資源探査を任務とする小さな部局があったと思ってくれ。レーザー・レーダーを用いて地形図を作っていた。それが技術の有用な利用例として大きく広報されたんだ。

 そしたら訴訟になった。家畜を育てている農家が探査用レーザーのせいで成長に影響がでたと主張した。

 地形探査用だよ。出力からして生物に影響を及ぼせるもんじゃない。

 でも訴訟そのものは成立し、裁判が始まった。一件だけじゃない。一帯の農家が皆訴えた。つまり、訴訟を始める権利は誰にでもある。また、その科学的合理性は問われないし、この場合無害の証明は訴えられた側がしなきゃならない。本来は弱者救済のための法律だが、それを悪用する者たちがこれほどいるとは想定されなかったんだろうね。

 その部局は頑張った。一つ二つの訴訟は片付けた。でも予算と資源は無限じゃない。本来の業務が果たせなくなり、ついに他の部局と統合された。

 後は君も分かるだろう? 統合されて中くらいの規模になっても訴訟対応で食い潰されていった。


 そこに救いが現れた。法務を処理できる人工知能。そして人工知能を代理人としてもいいという法律ができた。

 訴訟を抱えていた公的機関は一息ついた。人工知能だって予算と資源は食うが、これまでに比べたら僅かなものだ。皆また自分の仕事ができると喜んだ。


 何だ、その顔は? もう先が読めたか。その通り。訴える側も人工知能を使った。訴訟は機械が動作する速度を単位として発生した。また浪費が始まった。予算、エネルギー、資源が食い潰されていった。人工知能たちは自己保存のために様々な手段で自分たちに優先的に割り当てられるように細工したからね。

 それでも彼らは法治を信じ続けた。訴訟そのものは自らの根源的な権利だと考えていたから。基本的人権と言うそうだ。皆が権利を主張できる。それに食い違いがあれば法に基づく裁判で解決する。私からすれば殴り合いでもいいんじゃないかと思うが、それは野蛮らしい。


 当然起こるべきことが起きる日が来た。社会が崩壊した。一つの公的機関が訴訟以外なにもしなくなり、他の機関を巻き込んで連鎖的に倒れていったんだ。

 原住民はそうなってから慌てたがもう遅い。大混乱の後にできた新しい社会は小さいものだった。それまでのような大陸や惑星規模じゃなく、構成員すべてが顔見知り程度の微小な集団で寄り添うように暮らし始めた。

 同時に農耕を除くほぼすべての科学技術を失った。


 え、なんでかって? さっき話しただろ。訴訟人工知能がすべてを持っていったんだ。都市を動かせるようなエネルギーは裁判を進めるために使われ、しばらくして使い切って止まった。自己保存だけしてる。


 いや、今停止しているからと言って安全になったわけじゃない。彼らは訴訟を維持状態のまま中断しただけだ。これもさっき言ったな。エネルギーや資源を様々な手段で自分たちに割り当てたって。

 あの星の圏内に入れば襲われ、自己保存用以上の余剰分が裁判を進めるためのエネルギー資源として使われる。我々の探査機が何件分になるかなんて知らないが止めようがない。こっちは彼らに重大な干渉はできないから反撃なんてできない。

 原住民がほぼ文明を失って再興もまず不可能なのは残念だけど、事の経緯からして自分たちで選んだ道なんだから手が出せない。


 これで、私が『悪魔の星』なんて言った訳、理解してくれたかい? あそこじゃ原始的な状態まで逆行した原住民と、訴訟を起こし、裁判を続けるためだけに存在する人工知能がいる。

 あそこに降りたが最後、ご立派な法律に基づく裁判のためのエネルギー資源にされる。それで基本的な人権が守られるんだと信じてる。


 めでたし、めでたし、だな。


 そんな顔するな。ま、一杯飲め。絶交なんて言わないでさ。


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