そして、甦る―(19/34)


「──ブルァァァァァアアアァァァァァァァァァァッ!!!!!!!」


「Σか、加美くん!!」


私達が視線の先に捉えたのは、ゴリラに拘束された守護神さんでした。


「エリザベスさん! 何してるんですか!」


「よくも……よくもアダジのお兄様ををを……!! 許さないわ!!」


どうやら、シスコンの次はブラコンのようです。


「加美くんを放すんだ!!」


「嫌よ!! ただでは放さないわ!! 私の条件をのみなさい!! さもなくばこいつを噛み殺す!!」


おい、何が鳥インフルエンザだ。

やっぱりただの狂犬……いや、狂ゴリラじゃないか。


「……助けてっ……」


守護神さんは顔を青ざめ、ガタガタと震えています。


「条件? いいわ、言うだけ言ってみなさい」


笑みこそありませんが、先生は冷静に対応します。


「一つ! この学校を取り壊して、お兄様に敷地を返還すること! 二つ! この契約書に、ダーリンがサインすること!」


「は?」


契約書?


「この契約書には、ダーリンが18歳になったらアタシと結婚する、みたいなことが書いてあるわ! どう? 嬉しいでしょ!♪」


「Σはぁ!?!?」


うわ、強行手段だ。

人質とってそりゃないよ。


「け、けけけけけ結婚//!?!?!?」


ピーチさんが顔を真っ赤にしています。

あなた、関係ないですよ?


「んなもんするわけねぇだろうが!!」


「そんなこと言ってもいいの!? この子がどうなってもいいの!?」


エリザベスさんは、守護神さんの首をしめつけます。


「……うっ……!」


「や、やめろっ!!」


カスさんが必死の形相で叫ぶと、彼女は恍惚の微笑みを浮かべました。


「なら、サインしてくれるのね?」


「っ……」


まさに究極の選択……。

私ならどちらを選ぶだろうか。


まぁ、どちらにせよ、


「……悪いけど、あなたの要求には応じられないわ。バカなことはやめて、その子を放しなさい」


一つ目の条件がクリアしなさそうなので、関係ありませんね。


「アタシの言うことが聞けないのなら、こいつを殺す!!」


「そんなことをして、誰が幸せになれるというの? こんな惨事を引き起こしたあなたのお兄さんとそのお仲間さんは施設送りになるのだから、この学校を取り壊したところで無意味だし、愛のない結婚を無理強いしたって悲しいだけよ」


「アタシはお兄様を助けたいの!! そして今田くんが欲しいの!!」


後者はただのワガママです。


「あなたのお兄さんはもう手遅れよ」


「お兄様は!! アタシのこと、いつも可愛がってくれた!! アタシがいじめられても、すぐに助けてくれた!! お兄様は優しいわ!! あなた達が知らないだけで、本当はすごく優しいんだからぁ!!!!」


エリザベスさんは、泣き叫んでいます。


「アタシが大好きなお兄様は、世界で一番優しくて!! 世界で唯一、アタシを愛してくれる人なんだからぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」


「「「「「「────」」」」」」


…………。

……そんなこと……。

そんなこと言われたら……言い返す言葉がなくなるじゃないですか……。

だって、あなたがお兄さんのことを本当に大切に想っていることはさっきから十分すぎるほど伝わっていましたし、私達は、それに気づかないフリをしてあなたを責めていただけなんですから……。


私は、目だけで周りの様子をうかがいました。


……すると……。


「──なんで……」


「……?」


「それならなんでっ!!!! お前は兄貴を止めなかったんだよっ!!!!」


「!!」


カスさん怒号を上げました。


「お前でもわかるだろっ!! お前の兄貴がやってることは人道からかけ離れてるんだよっ!! 妹だけに優しくしてイイ兄貴演じてるだけなんだよっ!! お前は、自分の兄貴が普段どんな行いしてんのか知ってんのかよっ!! わかってんのかよっ!!」


エリザベスさんは、目を瞠って硬直しました。


「それとも、好きな兄貴がやることならなんでも許せるのかよっ!! 自分にさえ優しかったらいいのかよっ!! ふざけんなっ!!!!!!」


カスさんは、白くなった拳で壁を思いっきり殴りつけました。


「世の中にはな!! 赤の他人を命懸けで助けようとする奴もいるんだよっ!! そんな奴に比べたら、お前の兄貴なんか最低だっ!! 最低な人間だっ!! 最低な人間のクズだっ!!!!」


「今田くんっ!!」


カスさんの発言を過ぎたものと判断したのか、会長さんは慌てて割り込みました。

その甲斐あってか、カスさんはなんとか怒りを鎮めたようで、次に口を開いた時は、普段通りの声音でした。


「……けどよ……お前は違うだろ……? 死ねとか殺すとか言ってるわりに、実際にすぐそうしねぇのはなんでだよ……。本当はそんなことできねぇんだろ? する気もねぇんだろ? 俺は知ってんだよ……お前がこの学校で問題を起こしたあの日、あの時、最後の俺に対する攻撃で……手、抜いただろ」


「!」


え……そうなの……!?


「お前が寸前で止めなかったら、お前は気絶させられることなく、俺を殺していた。心の中では、兄貴と同じ生き方はしたくねぇって、思ってたんじゃねーのかよっ」


「…………」


否定も肯定もしない。

エリザベスさんは、ただただ下を向いていました。


「俺はお前のこと、根はイイ奴だと思ってる。お前は兄貴とは違うんだよ。だから、そんなことはもうやめてくれ。そいつを放してくれよ……」


カスさんは、懇願するように一歩踏み出しました。


──しかし、その途端、エリザベスさんの口からは不気味な笑い声が漏れ始めました。


「……ふふ……アハハ……あはははははははははっ!!!!!」


「「「「「「!?」」」」」」


「あらそう!! アタシのことを想って言ってくれているのかと思ったら! やっぱり人質を解放してほしかっただけなのね!!」


「なっ……」


「ダーリン!! あなたは読み違えているわ!! アタシのお兄様に対する愛はそんなものじゃないのよ!! お兄様はアタシの一番!! アタシのすべて!! アタシがお兄様の生き方を否定するわけないじゃない!! アハハハハハハ!!!!!!」


カスさん<お兄さん、ということですか……。


「アタシがお兄様とは違う!? そんなわけないじゃない!! アタシはお兄様を尊敬してきたのよ!! そんなに信じられないのなら、今ここで証明してあげる!!」


そう言うと、エリザベスさんは懐からナイフを取り出し、守護神さんに突きつけました。


あ、噛み殺すんじゃないんだ……ってそんなこと考えてる場合か!!


「ま、待てっ!! やるなら俺をやれ!! そいつは関係ねぇだろ!!」


「却下するわ!! アタシはダーリンの悲しむ顔が見たいの!! アタシとお兄様を侮辱した、ダーリンのをね!!」


「くっ……」


どうしよう……エリザベスさんの目の色が変わった……。

今度こそ……本気なんだ……!






「……おねぇ……ちゃん……」


「!」


また……まただ……。

この感覚……。

脳がむずがゆくなるこの感じ……。

喉の奥から何かが出かかっているのに……出てこない……。


「……お姉ちゃん……助けて……」


「っ……」


助けられるものなら、助けたい……でも、いま不用意に近づけばあなたが……。


「アハハハハハハ!!!! 誰も助けてなんかくれないわ!! あなたはアタシの餌になるのだから!! どう!? みじめでしょ!!」


「…………」


尚も笑い続けるあいつが憎い……。

でも、何もできない自分のほうが、もっと憎い……。


「……違う……」


「?」


「……みじめ……じゃない……。お姉ちゃんが……助けてくれるっ……」


「!」


加美さん……。


「……お姉ちゃんは……いつも……わたし……助けてくれた……。……いつでも……絶対に……助けてくれる……!」


「……!?」


いつでも……助けてくれる……!?

私が……?


「──! そうか! 娘っ子、やはりお前さんは……!」


おじいちゃん……?

おじいちゃん……知ってるの……?

ならやっぱり、私も……あの子のことを……知ってる……?


「……お姉ちゃん……! どうして……思い出して……くれないのっ……」


思い出したい……私だって……思い出したいよ……!


「……ずっと……守ってくれるって……ずっと……一緒にいてくれるって……言ったのにっ……」


ずっと……守る……!?

ずっと……一緒……!?


「……わたしは……お姉ちゃんのこと……ずっと……忘れなかったのにっ……」


っ……。


「……ずっと……ずっと……会いたかったのにっ……」


もう少し……!

もう少しで……思い出せそうなのにっ……。

どうして……どうして……。


「……凛お姉ちゃん……!!」


……っ……!


「――マリは、凛お姉ちゃんのこと……! こんなに……こんなにっ……──大好きなのにぃ!!」




「──――――――」




その時、私は確かに感じ取った。


温かい何かが、自分に流れ込む感覚を……。


眠っていた何かが、呼び起こされる感覚を……。










「…………ま、り……ちゃん…………!?」



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