ヘンテコ人間、現る―(9/9)


ということでやってきました、食堂。

電気は点いています。

ひと気もあります。

生徒はいないけど。


「スミマセーン!」


私は叫び、持っていたカスさんの足を放します。


「──グフッ!」


同時にマッケンさんも手を放したので、カスさんは頭を強く打ちました。


怪我をする?

知らんがな。


「あらあら、来ないのかと思っていたわ」


奥からふくよかなおばさんが出てきました。

とても優しそうな顔をしていますが、どこかで見たような気が……しなくもない。


「あなた達ね、校長先生にお説教をされていたのは」


ちょっと待って!

誰から聞いたのかは知らないけど、説教されてたのはここで死んでるやつだけですから!


……まあ、この際そんなことは置いといて……。


「アノ……何故ソレヲ……?」


「富士子ちゃんと金髪の男の子から聞いたのよ。校長先生からお叱りを受けている子がいるから、夕飯を残しておいてって」


ナルシーさん!

ピーラーさん!

自分勝手だと思ってたけど、意外と優しいところがあるじゃないか!

ちょっと説明不足だけど!


「ソウダッタンデスカ……」


あっ? ん? あれ?

この人……まさか?


「あなた達の分はちゃんと取ってありますよ。今持ってきますから、ちょっと待ってなさいね」


「ア、ハイ、アリガトゴザイマース」


んー……似てる気がする。

え? 誰にかって?

ぼっちゃり系の人にさ。


ぼっちゃりとはいわない。

このおば様はぽっちゃり系というか……ふっくら系。

でも目元とかがそっくり。


ナルシーさんに。


「富士子ちゃんは私の孫なのよ」


やっぱり。

私は食事を取りながら、食堂のおばさん兼ナルシーさんのおばあさんに話を聞きました。


「ドーリデ、似テイルト思イマーシタ」


マッケンさんは隣に、カスさんは床で死体ごっこを続行中。


「よく言われるわ」


なんでだろう。

似てはいるんだけど、このおば様には峰不二子の面影が全くない。

多分、痩せても全くの別人。


「あの子、たまに強い言葉で言い責めることがあるかもしれないけど、根は優しい子だから、仲良くしてあげてちょうだいね」


「……ハイ」


即答しがたいですね。


「ところで、さっきからあそこで寝ている子は、起こさなくてもいいのかしら」


ほっとけばいいと思います。


「起コシタホウガ、イイト思イマスカ?」


「だって、お腹が空いていたんでしょう? あの子も」


ごもっともです。

でも、なんかめんどくさくて──ああそんな責める眼で見ないでください。

わかりましたから。


「……ソウ、デスネ……」


せっかく温めてもらった料理も冷めるし、仕方ない。

私はカスさんの分のクリームシチューを持って席を立ちました。

そして彼の元まで行くと、しゃがみ込んでシチューを一掬いし、顔に近づけます。


「ホーラ、オイシイシチューデスヨ~」


「……んご……」


「冷メタラモッタイナイデスヨ~。ハイ、オクチ開ケテ~」


「ん……」


目じゃない、口を開けろ。

窒息させてやる。


「ん……んん……? ――んなっ!? なっなっ!」


チッ、バレたか。


「な、何やってんだトロ!!!?」


「ナニッテ、ゴハンデスヨー」


「おーまーえーはーアーホーかー!!」


失礼な!


「アナタヨリハ、オリコーサン」


「嘘つけ!!」


あ、シチュー取られた。


「人ノ親切ニ、横暴デ返ス気デスカ」


「これくらい自分で食えるっつーの!!」


あぁ、食べさせてもらうのがイヤだっただけか。

意外とウブなんですね。ハハハ。




その後、夕飯をガツガツ食したカスさんは、食堂に残されていた残り物をすべて平らげました。

牛乳ビンを13本飲みました。

結果、カスさんがどうなったのかは、皆さんのご想像にお任せします。

多分、皆さん正解です。


お花畑へと走り去っていったカスさんはほっといて、私とマッケンさんは各寮に戻りました。


私は自室に戻って入浴セットを手にすると、大浴場へ向かいます。

途中、サウナで目一杯汗をかいてきたという不二子ちゃんとすれ違いました。

水も滴るイイ女で、超絶美人になっていました。

でもすぐに朝青龍に戻るんだろうな。


大浴場に着いて脱衣場に入ると、見事に誰もいませんでした。

時間も時間ですからねー。

でも気が楽で助かりました。

もともと人が多いところはあんまり好きじゃないし。


私は15分で入浴を済ませ、乾かした髪をうなじの上でまとめて留め、さっさと帰り支度をします。


すると、隣から聞き覚えのある叫び声が聞こえてきました。

いえ、聞こえてきてしまいました。


「ギャアアァァァァァァッ!!!!!!」


実は、寮は分かれていますが、食堂と休憩ロビーは共同施設で男子寮と女子寮の間にあり、大浴場に至っては隣接しているので、女湯の隣は男湯なのです。


廊下を覗いて見てみると、男湯のほうから粉っぽい白煙がモクモクと出ています。

“男湯”と書かれた暖簾が真っ白になっています。


甚だしく嫌な予感がしましたが、「ヘルプミー!!」という言葉も聞こえたので、口を塞いで中を覗いてみることにしました。


中からは「プシュー! プシュー!」という噴射音が聞こえます。

あ、もしかして、この煙って消火器の……?


「ヘルプヘェェェルプッ!!!!!! バイパスパイプヘルプゥゥ!!!!!」


やっぱりウザいのがいる……。


「ドーシタデスカ~!」


「おぉ!! 救援か!! 助けてたもーれカフェオーレ!!!!」


質問に答えろ!


「トリアエズ、ソコカラ出テ来タホウガイイデスヨ~!」


「そ、そいつはできねぇ!! マッケンが倒れてんだ!!」


マッケンさんも一緒なんだ。

っていうか、なんで倒れてるんだろ。


「ナラ、連レテ来テクダサイ!!」


「そ、そいつも無理だっ!!」


「何故デスカ!!」


「男同士が裸で抱き合うなど生理的に無理だぁぁぁぁぁ!!!!!!」


そういうことですか。

でもそれなら私だって手伝おうにも手伝えないお☆


どうしようか考えていると、次第に白煙が薄れて中の様子があらわになってきました。

仕方がないので、私は女湯の脱衣場からタオルを2枚持ち出して、男湯の脱衣場内に投げ込みます。


「コレヲ使ッテ下サーイ!!」


「うぉっ!? サンキューで~す!!☆」


これで一応セーフかな。

白煙が落ち着き、真っ白な脱衣場内に立つ一人の人影がはっきりと浮かび上がり……。


──って、頭にターバン!?!?

タオルの使い方が違うよバカ!!!!


「チョ、チョットォ!!」


ヤバいっ、このままでは見てはいけないものを見てしま──ってなんだ、ちゃんと下にも巻いてるじゃん。


「おぉ! ト、トトロ? じゃねぇか!!」


トが多い!

私ジブリに出てませんから!


「カスサン、何ガアッタンデスカ~?」


よく見たら、消火器3本も転がってるし。

どんだけ使ってんだ!


「いや、ちょっとよ、マッケンと遊んでたら思った以上にはしゃいじまってよ~」


脱衣場で遊ぶな!


「マッケンが足擦りむいたから、消毒液で殺菌してやろうと思ったのに、あいつが嫌がってちょこまか逃げ回るから、消毒液があちこちに散らばってよ~」


うん、で?


「火をつけたらヒートアップしちまった」


何故火をつける!?

お前は何がしたかったんだ!!


「いやぁ、マッケンの足を熱殺菌してやろうと思っただけなんだけどなぁ~」


全身燃えちゃうから!

やっぱりマッケンさんのこと恨んでるんじゃないの!?


「悪いことしたな~。おい、大丈夫かマッケン」


ん? マッケンさんはいずこに……って、ぎゃあぁぁぁぁ!!!!


うつ伏せだけど素っ裸のマッケンさんがぁぁぁ!!!!


「カスサン!! マッケンサンニ、タオルヲ!!」


「ん? あぁ~」


頷いて、自分の〝下〟のタオルを取ろうとするカスさん。


そっちじゃねぇ!!

ターバン取れよ!!


「カスサン、頭ノタオル、使ッテクダサイ!!」


「えぇ? ってトロ!! お前なに俺の裸見てんだよ!! 変態か!?」


しばくぞカス!!


とりあえず、カスさんにマッケンさんをタオルでぐるぐる巻きにしてもらっていると、騒ぎを嗅ぎつけてきた先生達が来たので、私は代わりにサラッと説明しました。


悪いのはすべてカスさんであると。


「……また君か、カリオス今田君」


「ひとを問題児みたいに言わないでくださいっ!!」


いや問題児でしょ。


「もうこんな時間だ。説教はまた明日にしよう。君達はその汚れを落として、早く部屋に戻りなさい」


あ、よく見たら全身が真っ白だ。

雪女みたい。

せっかく洗ったのに、洗い直さないと……。


「俺はマッケンと噛みつきごっこして遊んでただけだぞ!!」


噛みつきごっこって何!?


「新しいダチと仲良くして何が悪いんだよ!! お前ら頭かてぇんだよ!!」


あなたはソフトすぎ。


「いいから指示に従いなさい。君はもう子供じゃないんだぞ」


大人でもないだろうけどね。


「ちっ!」


舌打ちをして、マッケンさんを抱えて風呂場に消えていくカスさん。



……ん?

マッケンさんをどうするつもりなんだろ。

っていうか、マッケンさんはなんで気絶してたんだろ……。


……ま、いっか。


私はもう一度シャワーを浴びて、面倒なことに巻き込まれる前に部屋に戻りました。

いつの間にか0時過ぎてるし、もう寝よう。

なんか外がうるさいけど、気にしちゃいけない。

ここはヘンテコ人間が集う場所だってことは、承知の上で来たんだから。


何かが破壊される物音。

響き渡る奇声や悲鳴。

狂ったような笑い声。

犬がいるわけでもないのに遠吠えだって聞こえてくる。


ヘンテコ人間と呼ばれているだけあって、確かに彼ら彼女らは個性的で、うるさいやつはバカみたいにうるさい。

ちょっと変、ちょっと変わってる、どころじゃない。


だけど、こんなところに面白がって来てる私が、一番馬鹿で愚かなのかもしれないな――。


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