巻の二 平安時代なのでセックスした後に結婚して結婚した後に恋愛します

 世の中は結構無茶苦茶だった。


 夫婦が同居していないものだから、姉と妹が互いの夫に取り違えられてしまったり。容姿の醜いのを隠して聟入りし、物の怪のせいにしてごまかしたり。

 この頃、夜になると菜種の油を金属の皿に入れ、藺草いぐさで作った芯を浮かべて火を点していたが、これが暗い。全然暗い。周囲一、二メートルが見えるかどうか。

 灯りが暗いのに無理に夜中にいろいろするので恋愛の事故率八十パーセント(個人差があります)。


「つまりうまくすればあなたも中納言家の花聟に! 大丈夫です、わたしが手伝いますから。和歌の代作などお任せください。みんなやってます!」


 などと道頼は自信満々に言うが。


「え、ええ……本当にぼくが?」

「本当にあなたが」

「そんなことしていいの?」

「道義上はともかく法律では禁止されてません! なあに、男女の仲なんて夫婦の契りを交わして既成事実を作ってしまえば何とでもなります! あなただって官位のない地下人ってわけじゃないんだし、平安貴族なんだし!」


 法的な心配をする辺り。それはこの時代の法律じゃ取り締まられてなかったけど男尊女卑以前のれっきとした詐欺行為、ポリコレ意識皆無。これが帝のおぼえめでたき花の少将さまの認識なのだから時代って恐ろしい。


「でも何でそんなにぼくのことを?」

「親戚として見過ごせないからですよ! やはり男は結婚して一人前。お父上も大変心配なさってます!」


 ……信用していいんだろうか。というのは。

 このパリピ。ぼくが真に受けてのこのこ中納言邸に行ったらいきなり警護の侍とかに叩き出される、その一部始終を眺めて


「面白の駒のやつ、ちょっとそそのかしたらマジになっちゃって身の程知らずにも中納言さまの四の君に求婚したらしいぜ。鏡見てから考えろよ。その顔面で結婚願望あるとか超ウケる」


 と物笑いの種にするつもりではないかと。……ありえる。

 だって道頼は右近の少将だぞ。暇人ではないのだ。政治に趣味に恋愛に、仕事もプライベートも充実しまくっているはずだ。親戚だからなんて理由で社会不適合者のぼくに親切にしてくれるものなのか?

 ……逆に。そんなパリピが醜男一人をからかうのにこんな手間をかけるか、とも思う。うっかりしたら中納言家だっていい迷惑だろう。十四歳の娘に不名誉な噂が立ったら進退問題すらありえる。


「うちの乳母子めのとご小帯刀こたちはきをしている惟成これなりというのが、中納言家の三の君の聟の蔵人の少将に仕えておりまして」


 いきなり言われるとわけがわからない。ええと、道頼の乳母の子で兄弟同然の幼馴染みで、東宮御所の警備の仕事をしている役人でついでに蔵人の少将の付き人。何でそんなに副業が多いんだよ。プライベートあるのかそいつ。

 京の都では家と言えば大貴族の邸宅以外はいきなり掘っ立て小屋で温度差が激しく、役人とかは大貴族の邸宅の隅っこに住まわせてもらい、いるからには家来として働く。なので職があるのに使いっ走りもする。それで大貴族に取り入って出世させてもらう。乳母子は自分の母親が世話した子供の手下もやらなければならない。忙しすぎるだろ。


「惟成が案内するので大丈夫ですよ。中納言邸はわりと忍び込めるしこの間、賀茂の祭りで出かけた隙に押し入って物置を壊したけどバレなかったから」

「……何してるんだよ……?」

「いや親の承諾を得てるんだから忍び込むとかしなくていいんです。ちゃんと暗くなってから行くんですよ。暗ければ何かとごまかせますから」

「ごまかすって」

「午後八時です。午後八時くらいバッチリ真っ暗になっていれば誰にもわかりません。それで扇を翳して顔を隠すんですよ。朝は夜明け前の暗いうちに皆に気づかれないように出ていくのが礼儀なのでやっぱりバレません」


 道頼はサクサク具体的に話を進めるがぼくは戸惑う一方。

 だが何とうちの父はこの結婚話にぼく以上に乗り気で、当日になるとぼくを常になく着飾らせ、


「な? 一生懸命にやっていれば人に評価されるときが来るのだ。堂々と胸を張ってゆけ」


 わかったようなわからないようなことを言って牛車に乗せるのだった。自分ではぼくを励ましているつもりなのだろう。ぼく以上に空気が読めないのがこの人だった。

 こうしてぼくは全然知らない人の家に行き、その家の娘とセックスすることになった。


 マジかよ。平安時代マジかよ。結局「暗かったらわからない」しか言われてない。結婚結婚と言うがいきなり初夜。いきなりセックス。なおこの話は全年齢対象なので具体的描写はありません、あしからず。

 普通、こっそり覗き見するなどして姫君の顔を確認し、姫君のおつきの家来に物を贈って心証をよくしたり、事前に和歌など取り交わして文通で交流を深めるものだが、


「そういう面倒なことはわたしがやっておきましたので! 美少女なのは保証します!」


 と道頼が断言するのでこれも省略。いや和歌なんか作れないんだけど。無理。マジ無理。ぼくでなくても無理な人々が代作者というものに頼って、テンプレを書き写して何とかごまかしていた。


 そして通い婚。この時代の男はいつまでも親の家に住んでいるわけにはいかない。これはという女の邸に泊めてもらう。養ってもらう。飯を食わせてもらい衣を着せてもらう。いろんな邸を渡り歩く男もいる。

 それで出世して自力で邸を建てられるようになったらそこに子供と、妻の中で一番いい女を北の方として引き取る。北の対に住まわせるものだから北の方。そこで暮らす娘に男が通ってくる。エンドレス。母から娘に財産が継承され、その財産で男を養う。

 一夫多妻だが普通、北の方は一人しか引き取らないので、愛人扱いされた女はいつまでも親の邸に住んでいる。夫が甲斐性なしで邸に引き取ってくれない女もいるだろう。養ってくれそうにないド貧乏女だがアバンチュールに最適、とかやっている恋愛脳の連中もいる。

 王朝文学的には勝手気ままに恋の鞘当てをする恋愛脳連中の方が目立つが、それは貴族なので親同士が決めて政略結婚もする。普通そうする。

 ぼくのこれは、形では政略結婚ということになっていた。


 道頼の乳母子が道を知っているので、あれよあれよという間に牛車は勝手に中納言邸に入ってゆくのだった。

 ――初めての中納言邸。自分の家より立派な家に来るだけでガチガチだが、そこにいるたくさんの家来たち、知らない人たちがぼくをちらりと見て、目を逸らす。露骨に見ないふりをする。

 お妃さまとかだとおつきの女官だけで二十人とかいるので、そこそこの貴族のお姫さまの付き人も五人や十人いる。付き人というほどではない下働きはもっといる。

 普段は夜中にやることなんかないので寝ている時間だろうに、お姫さまの結婚の日なのだから自分たちも着飾って待ちかまえている。


 だが全員がスルー。

 これはいじめられているのではない。家同士が決めたきちんとした政略結婚でも、新婚初夜と二夜目は男が勝手に忍んで来ているという「設定」で皆が花聟に気づかないふりをするのだ。三夜続けて通ったら結婚成立で親に挨拶する。……変な風習。

 だが、無視されるというのはとても気楽な話だった。だっていつもなら女子供ですら


「わあ、面白の駒ですわ。本当に馬面なのね」

「やめなさい、聞こえるわよ」

うまやはあちらですよ」

「厩や牧に馬がいるのは当たり前、殿上てんじょうにいらっしゃるからこその面白の駒ですよ」


 とかなるわけで。誰もいじめと思っていない。「馬キャラをイジってやってるんだからお前もそれなりのリアクションをしろよな」となる。千年前だから。

 ――夜、暗い中、扇で顔を隠しているだけで放っておいてもらえる! 何てありがたいんだろう、永遠に新婚初夜のままでいられないだろうか! このまま透明人間になって誰とも口を利かずに生きていく方法はないものだろうか!

 いや喜んでいる場合じゃないぞ。道頼はああ言うけど四の君は醜女かもしれないし。いやぼくが相手の顔をどうこう言えた義理はないけど一応。あるいは御帳台の中に姫とは似ても似つかぬ替え玉がいて、


「引っかかった引っかかったー!」


 とドッキリ展開を暴露する流れがここからあるのかもしれないし。

 ぼくは冷や汗ダラダラで他人の邸の奥まで進み入ることに。やはり自宅とは香の調合が違うので全然知らない匂いがする。勿論、息苦しい。歩いていると思いがけないタイミングで床板が軋むのにもいちいち驚く。かと思えば御溝水みかわみずの流れる音にも驚く。何せ暗いので家具にぶつかって足の小指を打ったりもする。

 何でこんなところ来ちゃったんだろう。帰っちゃ駄目かな。全日本帰りたい協会。と大分思った頃合いに、姫君の御簾の間にたどり着いた。

 姿も見えないがいい匂いがして、四の君は琴など弾いているようだった。

 ――ええい、もうこうなればやけだ。醜女だろうが何だろうが知ったことか。

 御簾を巻き上げ、中に押し入ると御帳台の内で四の君は「あれ」と小さく声を上げた。

 ドッキリではなかった。

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