第56話 愚者の末路


 ぽかんと巨大ゴーレムを眺めるボクたち。あんなのあったんですね……流石に予想外です。


 足音に反応して大使館から飛び出してきたアラキスさんとその護衛達が、遠くに見える紺碧の鎧の巨人を眼にして絶望したように膝をつきました。


「ば、馬鹿な……クラントはランドガーダーまで持ち出してきたのか!?」


 クラントっていうのは今の王様の名前らしいです。


「あ、あんなのどうしろっていうんだ!!」


 騎士さんたちもちょっと恐慌状態に陥ってます。士気が落ちまくってるアラキスさん側に対して、敵側は余裕を取り戻したのか自信満々な様子です。


「随分と派手なもの持ち出してくるじゃない」

「私は反対だったんですけどね、あれは気軽に動かして良いものじゃありませんもの」


 傷だらけになって肩で息をするルルとをよそに、所どころに小さい傷を負いながらも殆ど無傷の縦ロール。縦ロールは剣を鞘に収めながら虚空を見つめながら、痙攣している黒まな板を抱えて指揮官の方へと移動していきます。


「操作するには王族が近くに居なければいけませんからね、こんな戦いで最前線に出るなんて陛下には荷が重すぎますわ」


 さらっと情報を残していったのは手土産な感じですかね。とはいえ「これで貴様らは終わりだぁー!!」と叫ぶ指揮官さんと違って確実に勝てるとは思ってないみたいです。


「ご主人さま―、ボクご主人さまのかっこいいところみたいなー」

「はいはい……」


 棒読みがちに言ってみたのですが、仕方なさげなのに微妙にやる気を出したらしいご主人さまが剣を大きく振り上げました。同時に遠目からでも巨人の瞳が輝き始めたのが見えます。これはまさかアレですか、男の子の浪漫で出来たアレがきますか!?


「くははは、何をしても無駄だ! 貴様らにあれの攻撃は防げん! フォーリッツの開祖たる古の王の力を思い知るがいい!」


 瞳の輝きが頂点に達した時、巨人は徐ろに腕を振り上げて――爆音と閃光を迸らせながらその両腕を飛ばしてきました。


「そっちかい!!」


 何ですかその無駄なフェイントは! 瞳が光る意味は!?


「"烈火旋風陣"!!」


 円を描くように振りぬかれた剣の軌道をなぞるように爆炎が噴き上げて、巨大な炎の竜巻が産み出されました。それはこの場所を中心に大きく広がり、飛び迫る2本の巨腕の軌道を逸らします。


 ボクたちを大きく外れた腕は轟音と共に遠くの森へと落ちていきました。地面が大きく揺れてmその場に居た多くの人が踏ん張れずに倒れてしまいました。立ってられたのは縦ロールクラスの実力者だけですね。


「ちょっと、人いる場所におちてませんよね!?」

「大丈夫だ、あっちにはせいぜいオークの集落くらいしか無い」


 なら何も問題はありませんね、奴らは駆逐されるべきです。


「ば、ばかな、あれを人の身で防いだだと……!?」


 呆れたような顔をしている縦ロールと違って、指揮官は明らかに慄いています。甘く見過ぎなのですよこの間抜けめ。しかし腕が失くなったのは僥倖、たぶん戻る機構が組み込まれてるでしょうし、腕でガードできないうちにぶっ壊してしまうのです。


「ご主人さま、トドメです!!」

「何でソラが指示を出してるんだ……?」


 鋭く巨人を指さして指示を出しますが、また不服そうな顔で睨まれました。


「"天より来たれ、断罪の閃光。我が祈りは神の意志と共に有り、いかな悪をも破砕せよ"」


 それでもやることはきっちりやってくれるのがご主人さまのよいところ。振り上げた剣の先、天空に浮かんだ魔法陣から白くまばゆい光を放つ無数の槍が射出され、巨大ゴーレムへと殺到していきます。着弾する度に閃光がはじけて、眼を開けていられません。


 眼を閉じている間に数秒ほどかけてやっと射出が終わった光の槍でしたが、しかしながらゴーレムには傷ひとつついてませんでした。これは以外な事に強敵ですかね。


「は、はははは! どうだ、あれが我らが守護神の力だ!!」


 無傷のゴーレムを見て少し余裕を取り戻したのか、指揮官が強気になります。でもですね、目の前にあのゴーレムと生身でやりあえる人間がいるってことを彼は認識してるのでしょうか。


「…………"虚空に浮かぶ災厄よ、天に遍く禍(まがつ)の光よ"」


 光の槍が効かないことを確認したご主人さまが今度は剣を地面に突き立てて、なんか凄い厨二心をくすぐる詠唱をはじめました。何しようとしてるかは大体予想できますが。


「"我は請う、その威光を持て世界を正さんことを。我は願う、その激情を持て原罪を駆逐せんことを、天より堕ちて、世界を砕け"」


 先程よりも遥か上空に巨大な魔法陣が浮かび上がると、その中に宇宙みたいな景色を映し出しました。向こう側から迫ってくるのは炎を吹き上げた巨大な岩石が7つ。


 やがて近付いてきた燃える岩石は実体を持って魔法陣から飛び出し、地上へ向かって落ちていきます。大きさ的にはひとつ直径50mくらいはありそうですね。


「ご主人さまご主人さま」

「何だ?」


 天空から降り注ぐ隕石を眺めるご主人さまの裾を引っ張ります。突然話しかけられたので驚いたのか、不思議そうな顔をしたご主人さまが振り向きました。


「やりすぎじゃね?」

「…………」


 目を逸らすな、なのです。


 そうこうしている間に地上におちたひとつめの隕石が轟音とともにゴーレムを叩き潰し、その勢いのまま地面を揺らして土を巻き上げては地形を変えていきます。既に物言わぬ残骸となっているゴーレムくんに次々と隕石が降り注ぎ、大地ごと粉砕していくのです。


 先ほどの比ではないほど地面が揺れて、緑豊かな平原は荒野となり、清涼な水を湛える小川には熱で溶けた岩が流れ、その地に住まう動物たちは住処をなくしていきます。まさにアルマゲドン、ここに終末は来ていたのです。


 粉砕されるゴーレムを、変わりゆく地形を、具現化した終末の光景を。唖然と口を開けながら眺めているアラキスさんと敵の指揮官をよそに、うちの王様のハーレム員達は無邪気に流石ご主人さまと盛り上がっております。これがさすごしゅってやつですか。


 哀れなりゴーレム、君は出てくるべき戦場を間違えたのです……。


 ご主人さまはその光景を眺めながらふむと顎に手を当てると。ゆっくりと目をつむりました。


「やりすぎじゃね?」

「…………」


 目を開けてこっちを見るのです。



 アレぜったい、ひとつで充分だったと思うのですよ。


 それはともかく、呆然とした指揮官たちを拘束して、怯えるアラキスさんたちを正気に戻したボクたち。次にやるべきことはのこのこと戦地に出てきたらしい王様の捕獲です。


 何しろあれはかなり操作条件が厳しく、王族が一定の距離内に居ないと動かすことができないようで、確実に近くに陣地を作っているのだろうと思われるからです。


 素直に投降した縦ロールが"負けたし大人しく降伏するけど、騎士として自軍が不利になることは話せない"といって情報を出すのを拒絶したので、全てアラキスさんの推測ですが。


 そこで最も自由に動けるご主人さまが出ることになったのです。その背中にボクがひっついて、怪我人たちをユリア達に任せアラキスさんと腕に自信のある虎耳の女性だけを引き連れて草原を駆け抜けます。


 完全に地形が変わり、地獄の様相を為した草原を駆け抜けて、ゴーレムの跡地であるクレーターを迂回して更に進むと完全に崩壊した敵陣地が見えました。


 魔法による加速を駆使した移動なので到着まで1時間もかかりません。陣地では土まみれの怪我人が道端で倒れて呻いており、動けるものも天に向かって泣きながら祈っていたりと……まぁカオスな事になっていました。


 幸いにも侵入者に気づけ無いほどに混乱しているようなので、こっそりと駆け抜けて奥にある天幕群へ向かいます。いくつかある無事な物の中で、外見からして一番豪華なものがありました、恐らくボスはあそこにいるんでしょう。


 しかしながら、気配を殺してそこへ忍び込もうとしたボクたち四人の前に敵が立ちふさがりました。


「何者だ貴様ら!」


 この混乱でもまともに仕事してる人がいたのですね、敵ながら天晴です。白銀の鎧を着込んだ長身の騎士が六人ほど、武器を手にボク達を囲んできました。


「くっ、ここは私が! キサラギ王、殿下を頼みます!」


 奇襲はスピードが命とばかりに虎耳の女性が双剣を持って騎士達に斬りかかりました。彼女もかなりの使い手なようで、あっという間に2人を倒して、4人相手に大立ち回りです。ここでタイムロスをして逃げられるわけにもいきません、信じていくしかないでしょう。


「ティルカ、頼んだ!」

「一気に抜けるぞ! "紅蓮飛翔剣"!」


 ご主人さまが剣を振りかぶりながら炎の鳥を飛ばします。抜けようとしてる事に気付き、こちらの前に立ちはだかろうとした騎士ひとりをふっ飛ばしました。やっぱり聖剣技いいなぁ。


 突破した後はこれといった妨害もなく、無事に一番豪華なテントへとたどり着きました。何故か見張りが居ないテントへと一直線に飛び込みます。


 薄暗いテントの中、アラキスさんが抜剣しながら叫びます。


「クラント! 貴様の暴虐もここまでだ!」


 果たしてテントの中ではアンモニア臭が充満していました。部屋に置かれた床敷きのベッドにはどこかの貴族を思い出す肥満体の男が一人うつ伏せに倒れています。片隅には裸の……首輪をつけた12歳前後の少女たちが3人、真っ青になりながらも肩を寄せあって震えていました。


「クラン、ト?」


 アラキスさんが戸惑ったようにもう一度王の名前を呼ぶますが、打ち上げられたトドはぴくりとも動きません。


 ご主人さまが視線で少女たちの方へ行くように促したので、アイテムボックスから毛布を出してもらい近づいていきます。ご主人さまは王の横に膝をついて、首に手を当てました。あれで解るのでしょうか。


 まぁ取りあえずはこの子たちの方ですね。


「大丈夫ですか?」

「わ、わたしたち、何も……」


 怯えているせいか要領が得ない答えが返って来て、どうしようかとご主人さまの方を見ると、アラキスさんに向かって首を左右に振っていました。どうやらダメだったようです。


「落ち着いて、何があったのです?」

「うっ、ひっく……」


 毛布をかけて背中を擦ってあげていると、少し落ち着いたのか一番年長らしい青髪の少女が口を開きました。


「へ、陛下、私としてる時に、突然大きな音がして地面が揺れて、びっくりしてたら、突然陛下が苦しみだして、そのまま、うごか、うごかなく……」


 うーん……要約すると、致してる最中に隕石の余波を受けて。びっくりしてそのまま腹上死しちゃったって事です? 見た目からして不摂生ここに極まるって感じですし。心臓発作とかですかね。


 ボクもボクで呆然としながらご主人さまを見ると、あちらもなんとも言えない表情で頭を掻いていました。


 アラキスさんも抜いた剣のやり場に困ってテントの中を見回し、少女たちに視線を送りそうになって気まずそうに顔を伏せました。女の子たちも怯えて泣いてるし、誰も何も言葉を発しません。


 ど、どうすんですか、この空気……。



「先王クラントはこの私が討ち取った!!」


 現在、先王の首を手にしたアラキスさんが陣地の生き残りに向けて勝利宣言と演説を行っています。


 内容は先王の王位簒奪の陰謀と、これからは正統な継承者である自分が王位を継ぐみたいな内容です。死因についてはふせられる事になりました。女の子たちにも念のため剣を突きつけてぷしゃあまでさせる徹底ぶりです。


 本人は少女たちを脅す形になって物凄く申し訳無さそうにしてましたが、怯えている彼女たちにはただの苦い顔も恐ろしい形相に見えたのでしょう。


 因みに口が軽いとか心配とか難癖をつけられた挙句、ボクにも後でご主人さまから徹底した口止めが行われるらしいです。この状況をご主人さまの趣味に利用されるのは納得いきません。


 部屋の片隅で怯えていたら、少女のうちのひとり、10歳くらいの鞭の痕が痛々しい女の子に慰められました。年下だと思われたみたいです。しにたい。


「これより私は、私利私欲に囚われない施政によって王国を正常に戻す!」


 演説中のアラキスさんに、多数の騎士が剣を取り落として呆然と話を聞いていました。今後のためにも血の粛清が行われないことを祈りましょうか。


 でもまぁ、なにはともあれ。


「一段落、ですかね?」


 隣で休んでいるご主人さまに声をかけると、苦笑いが返って来ました。


「いいや、多分これからだ」


 乱暴に頭を撫でる手は、疲れが影響しているのがいつもと比べて随分と大雑把な動きでした。

 



◇◆ADVENTURE RESULT◆◇

NO BATTLE

◆【ソラ Lv.105】

◆【ルル Lv.43】

◆【ユリア Lv.46】

◇―

================

ソラLv.105[1057]

ルルLv.43[431]

ユリアLv.46[461]

【RECORD】

[MAX COMBO]>>40

[MAX BATTLE]>>40

【PARTY-1(Main)】

[シュウヤ][Lv125]HP3700/3700 MP2850/4560[正常]

[ソラ][Lv105]HP70/70 MP1285/1685[正常]

================

「なんでしょうね、このやるせない気持ちは」

「戦いってのはいつも虚しいよな……」

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