第29話 歌姫さんいらっしゃい


 あの後、ボクとフェレを回収したご主人さまは、立ちはだかる豚野郎と警備兵を爆発魔法でもろとも吹き飛ばして、華麗に街を脱出しました。


 街の近くの湾岸に用意していたらしい小舟に乗っかり、沖にあるという無人島まで風の魔法でぶっとびました。


 それからもう1週間、ボクたちは悠々自適の逃亡生活を営んでいました。


 ……ご主人さまの行動ですが、まず岩陰でフェレを誘拐しようとしているごろつき共を発見したらしいです。取り敢えず助けようとしたのですが、その時点で発動直前だった転送魔法に巻き込まれて一緒に屋敷へ飛ばされてしまいました。


 そこで出会った豚野郎に誰何され、更には攻撃を受けそうになったので適当に兵を蹴散らしたのですが……脱出を狙った一瞬の隙を突かれて、奴の転送魔法で近くの山まで飛ばされてしまったのだとか。


 現状を把握してから慌てて街へ向かっていたそうです。ボクの反応がユリアと一瞬で遠くまで離れた事で危機を察知、あまり使いたくなかった魔法まで使ってここまで即行戻ってきたと。それから街を逃げ回っているユリアや、他のメンバーを回収してボクの救出に来たのですが、厄介なのは混乱に乗じたボクが片付けていたのです。


 華麗に救出したかったご主人さまを出し抜くとは、我ながら中々いい仕事をしました。


 そんなこんなで突如はじまった無人島生活なのですが、フェレは結構人見知りだったようです。今はボクたちが拠点に選んだ洞窟近くの泉で過ごしています。


 ご主人さまは魔法の副作用で全身が酷い筋肉痛らしく、二日ほど動けない状態でしたが……あっという間に回復し今では元気ですね。


 呑気に夜這いしてくるレベルなので全快と言っても過言では無いと思います。


 でまぁなぜ無人島に留まっているのかというと、実は街で後始末をしてくれているというクラリスさんからの連絡を待っているのです。どうやら貴族に伝手があるらしく、任せてくれと言われたのだとか。


 海辺のバカンスが無人島サバイバルですよ。まぁご主人さまがチートなので、やってることはほとんどバカンスですけどね。



 今日もまた無人島での朝が来ます、ご主人さまが色々やっているので、完全に快適空間なのですけどね。となりで寝ているご主人さまを起こさないようにゆっくりと身体を持ち上げて離れます。


 岩を削りだされたキッチンから良い匂いがしてくるので、ユリアはもう起きて食事の支度をしているのでしょう。ルルはご主人さまの腕枕でまだ夢のなか。


 ……顔を洗うついでにフェレに挨拶をしてきましょうか。


 そうそう、フェレですがボクの身体を張った説得の甲斐あって、無事にファミリー入りが認められました。まぁボクたちみたいなペットじゃなくて、保護生物枠ですけどね。


 条件として色々つけられましたよ。港で買ったスク水だとかブルマだとか着させられた挙句に色々と屈辱を味わうはめになりましたが……今となっては些細なことです……くすん。


 苦労の甲斐あって仲間に入れることが出来た彼女は、思ったよりルルと相性が良かったみたいでした。どっちも人懐っこい部分があるので、短い間にいろいろ話したり相談したりして大分打ち解けたみたいです。


 おかげでユリアやご主人さまにも、さほど抵抗なく馴染みつつあるようでした。一安心ですね。


 薄手のガウンとタオルをふたつ、後は手ぬぐいを持って朝もやに霞む泉の畔へしゃがみこむと、持ってきた手ぬぐいを水で濡らして身体……主に下半身を綺麗にします。冷たい水が心地よいです。水音を聞きつけたのか、澄んだ歌声が泉の周囲に流れ始めます。


 フェレは歌うのが好きで、しかも聞いてもらえるのはもっと好きなようです。朝がた、皆が起きだしてから朝食までの時間は大抵こうやって、洞窟の側で一人歌を口ずさんでいるのですよ。セイレーン型目覚ましですね。


「フェレ、そろそろごはんですよー」

「うーん」


 身体を綺麗にし終わったところで声をかけます。岩の向こうから返事と共に何かが水に落ちる音が聞こえました。しばらくすると水面が盛り上がり、フェレが顔を出しました。


 片方のガウンとタオルを渡して、彼女が陸に上がる手伝いをします。


 下半身魚っぽいのですが彼女、どうにも哺乳類のようです。ご主人さまが意外に詳しかったのです。サイレンは非常に希少ですが、稀に発見例もあって資料も残っているのだとか。


 女性ばかりで、美しい歌声で繁殖相手を水辺に呼び寄せる。そして水中に引きずり込んでから無理矢理生存戦略を行う種族のようです。


 何というか凄い妖怪チックな存在ですが、基本的に身を守る意外で人を殺したりはしないおとなしい種族な上に、歌声は魔除けや嵐避けの力もあるとかで船乗りにとっては幸運の象徴なのだとか。


 その話を聞いた時に、ご主人さまに「水の中に引きずり込まれないように気をつけないといけませんねー」と冗談めかしていっておいたのですが……何故か「気をつけるのはお前だ」と真顔で返されたのは記憶に新しいです。


「何ですか?」

「……ううん、なんでもないの」


 なんだかじーっとボクを見ていたフェレに問いかけると、ちょっと頬を赤く染めてうつむきました。凄いあざとい仕草です、これが女子ヒロイン力ですかね……ボクには欠片もないものなので解りませんが。


「ねぇ、ソラ」

「はい?」


 いつの間にか手を差し出してきたので、握ってゆっくりと洞窟へ戻っている途中。フェレがなんだか妙に熱っぽい視線を向けながら聞いてきました。


「あの、ね、わたしたち、親友だよね?」


 ……なんだかゾクっとしました。今朝はちょっと肌寒いみたいですね、早めに戻らないといけません。というかいつの間に友達から親友にランクアップしたのか、永遠の謎です。


 まるで……そう、まるでコリンズさんの話をしている時の、クラリスさんのような気配を感じます。彼女から目を背けて、洞窟をまっすぐと見つめます。


「……は、はい」

「えへへ、うれしいな」


 極力目を合わせないように頷けば、フェレは満足そうに微笑みます。そしてその笑顔を見たボクは――考えることをやめました。



 無人島生活も十日目、まだクラリスさんからの連絡はありません。どうやら手間取っているようですね、無事に戻れるといいのですけど……まぁご主人さまと一緒ならどこへ行こうが安定のチートでなんとでもなるのでしょうけど。


 食料も買い込んで保管していあるものが大量にあるので、あと半年くらいは余裕で籠城できますし、みんなも長めの休暇と洒落込むことにしたみたいです。


 そんなご主人さまはハウジングに夢中で、洞窟内はどんどん居住空間として最適化していってます。ルルは釣りに目覚めたみたいで、ご主人さまに作ってもらった釣り竿で海岸へ魚を捕りにいくのが日課になりました。ユリアは魚料理の研究に余念がなく、フェレはご主人さまやボクから地球産の歌を仕入れては嬉々として歌っています。


 ボクは基本的には家事をこなしているのですが、最近ちょっと怖いことがあります。廊下を四つん這いで床を拭いている時にお尻に強烈な視線を感じて、またご主人さまかと思って振り向くとフェレがじっと見ている……というのが結構な頻度で起こっているのです。


 妙にベタベタ手を握ろうとしてきたり、スキンシップを図ろうとしてきたりと妙な気配は感じていたのですが……まさかのまさか、狙われているのはボクだったようです。


 取り敢えず水辺には近寄らないように注意してはいますけど。仮にうっかり水に落ちた場合、ボクは無事に陸地に戻ることが出来るのか、それだけが気がかりです。


 というか一体ボクのどこに彼女は惹かれたのか……。


「ねぇ、フェレ?」

「なぁに?」


 今日も雑巾がけの最中、背後に気配を感じたので話しかけてみるとあっさり返答がきました。


「何でボクなんですか? あのとき庇ったから?」


 もしかしてあの時庇ったのが功を奏したのか、意外とちょろいんさんだったのかと思って聞いてみると、彼女はきょとんとした後、小さく首を横に振ります。


「ううん、はじめて出来た友達が嬉しかったのはほんとう、かばってくれて嬉しかったし、友達として、好きになったのはそのとき」


 でも、と彼女は区切ります。


「わたしがソラのこと、"すき"になったのね、歌声だよ。これも一目ぼれ? なの?」


 思い返すのは、ボクとご主人さまが異郷の出であることを知ったフェレとルルが故郷の歌を聞かせてほしいとねだった時のこと。


 あれはここに来て四日目くらいでしたか、恥ずかしがるご主人さまに変わってボクが知っている、一般受けしそうなアニソンやポップスをいくつか歌ったのです。


 一生懸命歌いはしたのですが、彼女と比べるのもおこがましいほど音程もばらばらで下手っぴな歌。それを気に入られたというのは嬉しいような恥ずかしいような。


「あの歌をね、聞いた瞬間思ったの……」


 どこかうっとりとした様子で彼女が語り出します。


「この子に、わたしの赤ちゃんを産んでほしいって」

「うん……えっ?」


 い、一体どこから突っ込めばいいのかわからないのですが。


「あの、フェレって実は男の子とかじゃないですよね」


 もしそうだとしたら、ご主人さまに頼んで隔離してもらうしか無いのですが。


「? ううん、ソラとおんなじ女の子だよ」


 慎重に言葉を選んで続けます。


「ボクの赤ちゃんがほしい、じゃなくて、ボクに赤ちゃんを産ませたい、なんですか?」

「うん、なんかね、ソラはね、そっちのほうが似合うとおもったから」

「おまえはいったいなにをいってるんだ」


 だ、だめです……ボクにはこの子が理解出来ません。ほんとに何をどうしたらそうなるんですか。突っ込みどころがあまりにも多すぎて、首が回転しそうです。


 取り敢えず……フェレの潜む水辺には絶対に近づいてはいけないと、ボクは心に強く刻むのでした。




◇◆ADVENTURE RESULT◆◇

【EXP】

MAX Combo 3

BATTLE TOTAL 14

◆【ソラ Lv.50】+4

◆【ルル Lv.17】+4

◆【ユリア Lv.15】+5

◇―

================

ソラLv.50[509]→Lv.51[513] <<Level Up!!

ルルLv.17[176]→Lv.18[180] <<Level Up!!

ユリアLv.15[157]→Lv.16[162] <<Level Up!!

【RECORD】

[MAX COMBO]>>33

[MAX BATTLE]>>33

【PARTY】

[シュウヤ][Lv55]HP772/772 MP1380/1380[正常]

[ソラ][Lv51]HP48/50 MP340/420[正常]

[ルル][Lv18]HP602/602 MP32/32[正常]

[ユリア][Lv16]HP1040/1040 MP60/60[正常]

[フェレ][Lv14]HP140/140 MP330/330[正常]

================

【Comment】

「魚釣りっておもしろいですね!」

「お料理たのしい!」

「ソラ、あのね、池の底にね、きれいな石が落ちてたの、見に行かない?」

「たすけてごしゅじんさま」

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