第28話 渾身の一撃


 見つめ合っていた時間はどれくらいだったでしょうか、可愛い子だと思います。ぱっちりとした眼に小さな桜色の唇。不安げに揺れる瞳はどこか保護欲をかきたてる雰囲気を醸し出していました。


「……君は、だれ?」


 小さく首をかしげた彼女の口が紡ぎだしたのは、撫でるような優しい声。それでやっと我に返ったボクは、愛想笑いを浮かべながら挨拶をします。


「あっ……えっと、ボクはソラっていうのです、ご覧のとおり、御同輩ってやつです」


 つけられたままの手枷を軽く掲げながらいうと、彼女の眼は悲しげに歪められました。その両手をこちらに見せると、同じような手枷がつけられていたのです。


「わたし、フェレルリリテ」


 変わった名前だけど、どこかきれいな響きです。


「そうですか、良い名前ですね……フェレって呼んでもいいですか?」


 でも普通に呼ぶにはちょっと長いのです。愛称で呼んでいいか確認しましょう。


「……う、うん、じゃあわたしも、ソラって呼んでいい?」


 ちょっとだけ動揺した様子が見えました、嫌がってる風ではないので大丈夫でしょうけど、こういうのにあまり慣れていないのですかね。


「そっちにいってもいいですか? ちょっとお話しましょう」

「うん……いいよ」


 何度も頷く彼女の水槽、梯子を使って登っていきます。蓋には外鍵がかけられていましたが、やはり奪った鍵を使うことであっさりと開きました、目を見開く彼女に微笑みかけます。


「隣、失礼しますね」

「……うん」


 腰かけてよく見てみると、腕は普通の人間のようで、肘から先に羽毛が生えている状態。下半身は魚っぽいですけど、鱗は見当たらずすべすべしている質感です、例えるなら……イルカとかシャチ? おへそもあるみたいですし、分類でいうと哺乳類にあたるんでしょうかね。


「そ、ソラは、どうしてここに?」


 どこかおずおずと、緊張した様子で彼女が声をかけてきました。不思議なことに何か記憶が刺激される光景です。


「それはですね……」


 取り敢えず答えることにしましょう、聞くも涙、語るも涙な逃走劇について話すと、彼女はちょっと落ち込んでしまいました。


「そう、なんだ、あのお兄さんがソラの、ご主人さまなの? ごめんね、わたしのせいで、巻き込んじゃって……」


 泣きそうになってます、一番辛いのは自分でしょうに……優しい子なのですね。


「気にしなくていいのです、ボクが無理して頼んだことですし、結局助けてあげられなかったですから……でも安心してください。ご主人さまが迎えに来るので、その時に一緒に助けて貰いましょう」


 そうやって励ますと、彼女は顔を上げると、少しだけ表情をゆるめて微笑みました。



 お互いの身の上話をする過程で、彼女についてもちょっとだけ分かりました。どうやら彼女の種族はサイレンという、人魚族の中で極稀に産まれる個体だそうで、その歌には高い魔力が宿るとか。ですが海の中にあってなお翼を持つ彼女は集落の中で浮いてしまい、ついに追い出されてしまったそうなのです。


 途方に暮れ、一人であてもなく海をさまよっていたところ、たまたまこの近辺で休んでいたら謎の男たちに追い掛け回され、ついに捕まってしまいこの水槽に入れられてしまったと、そういう顛末だったそうです。


 ご主人さまは間に合ってはいたんですけど、転移持ちにしてやられたのでしょう。ボクの必ずでられる、海へ帰れるという無責任な慰めと励ましの言葉に彼女はゆっくりと俯くと、弱音を吐き出しました。


「外に出ても、行く場所がない……、私は、一人ぼっちの種族だから」


 今にも泣きそうな彼女はとても寂しそうで、ボクの悪い癖がまたでてしまいそうになります。


「……じゃあ、一緒にきますか? ご主人さまは自分から望まない限り手を出して来ないですから、安全ですよ」


 ボクに対して以外はですけどね、渋い顔はされるかもしれませんけど、無碍に断ったりはしないはずです。ただ、そろそろ借りを返さないといろいろ大変なことになりそうで怖いですね。


「かってにきめて、いいの?」

「う、うーん、迎えに来てくれたら、頼んでみます……」


 確かに勝手に決めたらまずいので、一旦保留ということで……。自分の力でどんっと出来ない事が情けないのですよほんとに。自信なさ気な返事に彼女はくすくすと笑いました。


「ソラは、そのご主人さまのこと、すきなんだね」


 そして笑顔のまま頓珍漢なことを言い放ったのです。


「……何でそうなるのですか」

「だって、その人のこと、しんじてるんでしょ?」


 そりゃあまぁ、チートですからね。こういう時は真っ先に動いてくれると思いますし、迎えに来てくれるとは信じてますけど、それとこれと一緒にしないでほしいのです。恋愛脳はユリア一人だけで十分なのですよ。


「じゃあ、嫌い?」

「…………」


 思わず目をそらしてしまいました。好き嫌いで言うなら……嫌いじゃない? うん、やめましょうこんな暗い話は、体にも心にも良いはずがありません。


「ねぇ、もっと歌が聞きたいです」

「あ、話そらした!」


 気のせいです。


「しょうがないなぁ、聞かせてあげる」


 口でこそしょうがないなどと言ってますが、その表情はとても嬉しそうなものでした。


「……えへへ、友達に聞いてもらえるのなんて、はじめて」


 ……はじめてなのはいいんですけど、なんでラブソングっぽいのを歌うんですかね?



 何故かバラッドやラブソングばかり三曲ほど続いた後、彼女のリサイタルは突然の爆音で終わりを告げました。誰ですかねこんな派手な花火をぶちかましたのは……って心当たりは一人しかいないんですけど。


 予想より遥かに早かったですね、一体どんな手品を使ったのやら。


「どうやら迎えが来たみたいです、一緒に……来れますか?」


 フェレの脚……鰭? を見ながらいうと、彼女はそれで水面をばしゃばしゃと叩き、大丈夫と返してきました。地上で行動できるんでしょうか。彼女も小さいとはいえボクもよりは少しだけ、気持ちだけ大きいのです、抱えて走るなんて無理無茶無謀ですよ。


 しかしボクの心配をよそに、彼女は器用に尾鰭だけで立ち上がると台の上を跳ねて移動し始めました。結構力あるのですねそれ。


「腕が使えれば、羽で浮けるんだけど……」


 なるほど……地上での移動はそっちで補う感じですか。取り敢えずは自力で移動できるようで何よりです。


「では、一緒に行きましょうか」

「…………うん」


 それでもフェレは少しだけ悩んだような素振りで、しかし力強く頷いて返しました。


 さぁ、脱出開始なのです。


 彼女を支えて階段を登っていくと、廊下では警備の兵とか屯しているごろつきの声が聞こえます。遠くから剣戟の音も聞こえてますね。何はともあれ混乱している今がチャンスというやつでしょう。


「ね、ねぇ、やっぱり戻ったほうがいいんじゃ」


 しかし戦いの気配に不安になってしまったのか、フェレは凄く及び腰です。確かに無理からぬことだと思います、でもここで頑張らないと、自由はきっと得られません。


「大丈夫です、頼りないかもしれないけど、援軍がくるまではボクがちゃんと守りますから」


 ボクだって男の子ですからね、いつもみたいにご主人さまに頼りっきりではあまりにも情けないのです。事の発端として少しくらいはカッコつけさせてほしいのですよ、ボクだってたまにはその他大勢のエキストラではなくヒーロー役をやってみたいのです。


「うん……」


 二人で一緒になって、気配を殺しながら廊下を進みます。幸いにも屋敷の警備は外の対応でてんやわんやでまともに機能していません、慎重に慎重に、裏からでられる場所を探して移動します。


 途中までは順調だったのですが、庭に通じる扉まであと一歩というところで背後から鋭い声がかけられました。


「待て、ガキども」


 ゆっくりと振り向くと、そこにいたのはボクたちをさらった痩せぎすの男。名前は……どうでもいいですねこんな奴。


「ふん、こそこそ動いてたようだが俺様の眼は誤魔化せん」


 妙に態度が尊大なのですよ、ただの逃亡中の泥棒のくせに。しかし状況はマズイですね、ボクは身体能力はよわよわ、しかも魔法は封じられている状態……フェレも同様でしょう。見つかった時点で戦闘にすらなりえません。


 だからといって、素直に捕まってやるほどボクは甘くないのですがね。男の意地としてフェレだけでも逃がしてみせるのですよ。


「フェレ、ボクが隙を作ります、何とか逃げて、

 黒い髪のシュウヤって男性か、赤い髪のクラリスって女性を呼んできてください」


 ご主人さまはまだ解りませんが、少なくともクラリスさんは来ているはずです。合流さえ出来れば何とかなるでしょう。


「逃げられるわけがないだろう!」


 気が短いですね、奴は話が終わる前にボクたちに杖を向けてきます。フェレを背中で庇いながら、少しずつ後退していきます。


「そ、ソラ……」

「大丈夫ですよ」


 奴は雇われの身、ボクたちに対して強気な攻撃は繰り出せないはず。ボクに勝機があるとすればそこだけでしょう。幸いにも身体能力は見た目相応にひょろそうなので、全体重をかけて急所を打てば何とかなるかもしれません。


「ボクはあんな根暗やろうになんかやられないのです」


 どちらかといえばフェレを励まそうとした言葉でしたが、すぐさま反応を返したのは痩せぎすの男の方でした。


「……今」


 血走った眼を見開いて、口角泡を飛ばしながら彼は声を荒げます。


「今なんて言いやがったぁ!?」

「な、うぐぇっ!?」


 衝撃波で吹き飛ばされます、庇ったフェレごと地面にたたきつけられて割りと洒落にならないくらい痛いです。このくらいでキレるとかちょっとカルシウムが足りてなさすぎじゃないですか、それとも根暗ってワードに何かトラウマでもあるんでしょうか。


「お前も、お前みたいな! 奴隷の分際でぇ!!」

「そ、そら……きゃあ!」

「ふぇれ、ボクから、離れないでっ!」


 むちゃくちゃに杖が振るわれる度に衝撃が襲ってきます、その度に首輪から甲高い音がして周りに薄い膜みたいなものが一瞬だけ映るので、恐らく防御魔法が発動しているのでしょう。


 衝撃に耐えながらフェレの盾になります。痛かったのは最初だけで、今は空気の震えが伝わる程度で済んでいます。……これ痛かったのって地面に叩きつけられたせいでしょうか


 これなら、おとなしく耐えるだけならなんとかなるのです。


「ソラ、大丈夫!?」

「な、なんとか、うぎゅっ!」

「俺を馬鹿にするなぁぁぁぁ!!」


 フェレを庇うように抱きしめながら歯を食いしばります。痛みは無いのがわかって余裕は出来ましたが、衝撃はそれだけで疲労を蓄積させてきます。このままだとちょっとまずいのですが……あいつが頭に血を登らせてるのは逆にチャンスでもあります。


「ぜぇ、ぜぇ、奴隷のくせにぃぃぃ!」


 魔法は集中力が命、無闇矢鱈に連発していたらあっという間にガス欠を起こすのです。奴はすぐに息切れを起こし、肩で息をしはじめました。


「そら、そら!!」


 泣きそうな声でボクの名前を呼んでます。衝撃で全身ちょっとびりびりしてますが動けないほどではないので、フェレを騙しているようで気が引けますが勘弁して貰いたいです。


「うっ、うぅ……!」


 ボクはわざとらしく呻いて蹲ります。


「ぜぇ、ぜぇ、はは、良い様だ!」


 それで勝利を確信したのでしょう、奴は無防備に大股でこちらに歩いて来ました。後少し、もうちょっと……十分近づいたところで一気に体を起こします。


 下から上へと突き上げるように、体重を乗せて持ち上げた膝をヤツの股間に叩き込みました。


「―――――――」


 完全に無防備な状態で決まりました。魔力を使いすぎたのでしょう、障壁もなかったのでクリティカルヒットです。膝に弾力のあるものを押しつぶすような感触が伝わってきて、正直気持ち悪いです。


 根暗さんは悲鳴なのか汽笛なのかよくわからないか細い悲鳴を上げながら白目を剥いて泡を吹き、仰向けにぶっ倒れました。豚野郎とおそろいなのですよケケケ。


「ソラ!」

「はぁ、はぁ、見てましたかフェレ、大勝利なのです!」

「……う、うん」


 何はともあれ連れ去られたリベンジは果たしてやったのですよ、ざまぁみろなのです。ちょっとぼろぼろですけどね。にしてもなんだかフェレの目が微妙な物を見るような感じですがどうしたのでしょうか。


「ねぇ、ソラ……なんでちょっと前かがみなの?」

「……あれは死ぬほど痛くて苦しいのですよ」


 確実に勝利するためとはいえ、ちょっと可哀想だったかもしれません。せめて冥福くらいは祈ってあげましょう。倒れた彼にむかって心の中で手を合わせていると、廊下の向こう側から凄い勢いで走ってくる人影が。


「ソラ!!」


 ――もう、遅いのですよご主人さまってば。





◇◆ADVENTURE RESULT◆◇

【EXP】

NO BATTLE

◆【ソラ Lv.50】

◇―

◇―

◇―

================

ソラLv.50[509]

【RECORD】

[MAX COMBO]>>33

[MAX BATTLE]>>33

【PARTY】

[ソラ][Lv50]HP31/50 MP182/420[正常]

[フェレ][Lv14]HP140/140 MP330/330[正常]

================

【Comment】

「やあぁーーーっと落ち着けるのですよ……」

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