第27話 鳥籠の歌姫

 地下牢というには鳥カゴのような白く塗装された鉄格子に入れられたボクは、外から眺めてくるオークに髪を掴まれ、匂いをかがれていました。


「くぶふ、この絹のようなきめ細かい肌、金糸の髪、淡い花のような芳香……、

 間違いなく、かつて思い出の中にあるエルフと同じだ……!」


 脂ぎった顔、ぶよぶよの身体。何をどうすればここまで不摂生になれるのかもはや疑問しか浮かばないレベルのそれは、間違いなくオークでした。名前は確かポルノ伯爵でしたっけ。ボクを籠につなぐなりにやにや眺めてちょっと口に出せないような卑猥な言葉で嬲ってきていたのです。


 ちょっとだけ抜き出すとこの身体でどれだけあの生意気な男の物を……とか、ワシ色に染めてやったものをとか、そんな感じの内容をねちねちと未練がましく。ぶっちゃけキモいとかそんなレベルじゃありません、鳥肌が立ちっぱなしです。


 ただ髪の毛の匂いを嗅がれてるだけなのに、ご主人さまにお布団の中でねちねちイジメられる方がマシだと思える程度には酷いのです。外見もあれですし、金と権力があってもモテないのでしょうね。モテないから奴隷集めに走ったりするのです人としてダメダメ過ぎてもはや同情すら感じるのですよ、ぺっ。


「お前、湯浴みをさせて部屋まで連れて来い」

「はい」


 握っていた髪を離すと、近くに居たメイドに言いつけてさっさと退室してしまいました。お風呂に入らせて貰えるのですね、やったー。なんて喜べるはずもありません、絶対にアレされる展開です。


 ご主人さまに色々とされるのは百歩譲って良いとします、でも他の男となんてごめんなのです、しかもあんな豚野郎の相手なんて死んでも嫌です、むしろ嫌悪感より先に物理的に圧死しそうです。


 首輪に仕掛けられている防護機能が上手く働いてくれるといいんですが……いや、ほんとにおねがいしますよご主人さま。魔法封じの手枷を付けられたまま浴室へと連れて行かれる道すがら、ボクはただ早く助けに来てくれることを祈っていました。



 転移で連れ去られたボクは、そのまま流れ作業のように籠に入れられ、オークの前に連れ出されました。精神的な陵辱を受けて現在、しばらくぶりのお風呂にインしています。


 わーいなんて喜んでいられません。これからのことを考えれば憂鬱で仕方ないのです。


 そんな気持ちで浴室で体を磨かれていると、水の音に混じって僅かに歌が聞こえてきました。とても澄んだ歌声、聞いているだけで穏やかな気持ちになれそうな声。


「これは……?」


 ボクのつぶやきにもメイド達は無反応、まるで動物を洗うかのように扱ってきます。気になりますね。何というかボクの事はついでに見付けただけのようですし、この歌声の主が本命だったのでしょうかね。


 現実逃避をしている間に逃走劇の汚れをしっかりと落とされ、丁寧に体を拭かれて髪の毛を乾かされた後、ボクはすけすけの下着をつけられて再び豚野郎の前へ連れて行かれます。


 途中で逃げ出すチャンスを伺ったのですが、メイドは二人体制で前後を挟み込んでいて。ボクではとても隙をつけそうになかったんですよ。家事をやるだけの仕事なんだからもっと緩く、そう勤務中に居眠りしちゃうくらいだらけていていいんですよ?


 ボクの内心のお願いなんてどこ吹く風、職務を忠実に遂行したメイド達に豚野郎の部屋へ押し込められて、扉の閉まる音で退路を立たれました。


 覚悟を決めて前を向くと、そこには上半身裸になってガウンを羽織っただけの豚野郎が葉巻の煙をくゆらせていました、豊満な肉体を武器にベッドをギシギシ言わせてます。胃の腑からこみ上げてくる酸っぱいものを、奴隷市場時代で培った精神力と人形の心で押しとどめて、目を伏せます。


 これが視覚の暴力って奴ですね、この場で吐かなかったボクは頑張ったと思います。ぶじにたすけられたら、がんばったねって、ごしゅじんさまにいっぱいほめてもらうんだ、えへへ。


「さぁ、こっちへ来るんだ」


 ……お願いだから現実は引っ込んでいてください、ボクはこのまま夢の国の住人になります。ネバーランドで海賊どもをぶちのめしてボクが海賊王になるのです、山豚はお呼びじゃないのですよ。


 その場で佇み、震えて時間を稼いで居ると、豚がベッドに悲鳴をあげさせながら立ち上がりますぶよぶよの手を耳に伸ばして来て顎や耳を撫でてきました。


 ――キモチワルイ。生理的な嫌悪感が尋常じゃありません、透けている下着越しに体をじろじろと見られるのも耐え難いほど、勝手に涙が出てくるくらい気持ち悪いです。おかしいですね、ご主人さまにも同じような目で見られているのに、コイツの視線はどうしようもないほど怖いのです。


 ご主人さまに触られるのはくすぐったいとか恥ずかしいと思うだけで、こんなに嫌だったり気持ち悪かったりしなかったのに。これじゃまるでご主人さまになら、そういう事をされてもいいって思ってるみたいじゃないですか。


 こんなの絶対おかしいです、ありえません。


 さてはこの豚野郎の陰謀ですね、そうだったんですね。わざわざ転移術師を雇ってまでボクを貶めようとはふてぇ野郎です、文字通りの太さに怒りが湧き出してきます。


 もしその汚らしいぽーくびっつを差し出してきたらその場で噛みちぎってやるのです。もはや手段は選びません、エルフの恐ろしさを身を持って知るべきなのですよコイツは!!


「くぶふふ、まさかエルフを手に入れられるとは、サイレンも手に入れることが出来たし、ワシは天に愛されておるようだ」


 サイレン……? 何でしょうか、サイレン、サイレン……歌声、セイレーン? 聞いたことない種族ですね。人魚はあるのですけど。


 こいつはそれを探しに来てボクも見付けたのでついでにゲットしたってところでしょうか。


「随分と反抗的な目だが、お前の主人は助けにはこんぞ? 何しろアヴァロの奴が山一つ向こうまで飛ばしてやったからな! 近衛が半壊した時は肝を冷やしたものだが、騎士どもを動員すればあんな小僧一人……」


 なんとなく事件の全容がつかめてきました。恐らくあの時、ご主人さまは転移魔法に巻き込まれてこの屋敷へ入り込んでしまったのでしょう。そして荷物が運ばれるのを待っていたコイツ率いる連中と戦闘になった。


 ですがご主人さまに貴族の私兵ごときが敵う筈もなく、危機を感じたアヴァロとかいう転移術師ができるだけ遠くに飛ばしてしまったと。


 ほんと厄介ですね転移魔法、事前に対策を立てておかないと抵抗も出来ないのでしょう。危険です。それにしても脱出してすぐ迎えに来てくれなかった理由が解りましたね、確かにそんな遠くに放り出されて居たら、すぐ戻ってくることはかなわないでしょう。


 しかも戻ってきたら騎士達には指名手配中、普通ならその時点で詰みですからね。で、豚さんが悔しくてそいつをどうにかしようと身元を調べてみたらエルフらしき生き物を発見。子飼いの転移術師を寄越して確保した、と。


 なんというとばっちり……ってボクの自業自得なんですかねこれは。


「くぶふふふ、良い手触りに、表情(かお)だ、もう男を知っているとは思えんな、元主人で慣れておるだろうに」


 ……考える事で必死に思考を逸らしてましたけど、限界です、気持ち悪くて泣きそうです。手が喉や鎖骨あたりをなぞるにつれて吐き気と寒気で奥歯がカタカタ言い始めました。


「それともあの小僧、手を出していなかったのか? まぁ良い、確かめてみれば解ることだ、さぁこちらに……ガッ!?」


 ベッドに引きずり込まれそうになった瞬間、割りと本気で阻止しようとその場で踏ん張っていると、首輪からバチィンと乾いた音がして、豚野郎がベッドに向かって仰向けで倒れてしまいました。恐る恐る顔を覗きこんでみると完全に白目を剥いてしまってます。


「は、ふぅぅぅ……」


 助かったという安堵で力が抜けてしまいました。怖かった、本気で怖かった!


 ご主人さまに感謝です、かなり強力な防御魔法を仕込んでいてくれたのですね、本当に、本当に助かりました。今なら何でもいうことを聞いてあげてもいい……。


 次いでに思い切り股間を踏みつぶしてやろうかと思いましたけど、そんなことして起きられたら厄介です。復讐は舞い戻ったご主人さまにお任せするので今日は見逃してやるのです、感謝しやがれ。


 シーツで触られていた顔やら耳やら髪やらをちょっと赤くなるまでこすって拭うと、何か役立ちそうな物はないかと部屋の中を軽く物色してみます。


 すると奴の服の内ポケットに鍵束を見つけました、残念ながら手枷のものではないようですが、一応貰っておいてあげましょう。


 後は音を立てないように鍵を開けてそっと廊下を伺います。どうやらあの豚は邪魔されるのを嫌がったみたいで人払いしてくれていたみたいです、よくやってくれました。


 できれば全力で浴場へ直行したいのですが、流石にそんな余裕はありません。このまま脱出するにしても荷物を取られてしまって一人じゃ厳しいですし、この後どうしましょうね。首輪の位置はご主人さまに判明してるはずですから、助けに来るのを安全な場所に隠れて待つしかないですかね。


 隠れる場所を探し、気配を殺しながら廊下を歩いていると、浴室でも響いていた歌声が聞こえました。きれいな歌声です、誘われるように歩いて行った先は地下室、見張りはいないようでちょっと不用心ですが助かりましたね。


 魔法を封じる手枷はそのままなので接敵したらその時点でアウトですから、暗い階段を足元を確かめながらゆっくりと降りていきます、歌声はどんどん鮮明になります、優しくて、どこか切ないような、郷愁を誘う歌詞。


 たどり着いた先には扉、鍵束をいくつか試してみると合致する物がひとつ、扉を開けて地下室の中へ入ると、淡い光に照らされた巨大な格子付きの水槽のようなもの。その中は半分が水で満たされていて、丁度水面にあたる部分に台のような物が備え付けられています。


 彼女はそこにいました。上半身は人間の少女、ボクと同い年くらいでしょうか。ヘソから下は魚のような尾鰭に、薄暗い中でも映えるチェリーブロンドの髪。腕の肘から先には純白の翼を付けていました。


 まるでハーピーとマーメイドの中間のような姿……これが。


「さいれん……?」


 呟きが地下室に響くと彼女は歌声をやめて、髪と同じ色の瞳をまんまるに見開き、ボクを見ました。





◇◆ADVENTURE RESULT◆◇

【EXP】

NO BATTLE

◆【ソラ Lv.50】

◇―

◇―

◇―

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ソラLv.50[509]

【RECORD】

[MAX COMBO]>>33

[MAX BATTLE]>>33

【PARTY】

[ソラ][Lv50]HP42/50 MP120/420[正常]

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【Comment】

「きもちわるかったのです」

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