第26話 状況は悪くなる一方
一瞬固まってしまいましたが、取り敢えず所在はハッキリしましたね。しかし脱出できたのならすぐにここに戻ってこない理由が少々気になります。
「さぁ、ここを開けろ!」
扉を叩く音が強くなリます、もたもたしていると破られてしまいそうです。脱出経路は窓から一択でしょうか。
「窓から、しかないわね、ちょっと乱暴に行くけどいいかしら?」
「警備隊を敵に回して大丈夫なのですか?」
「ちゃんと話せば分かって貰えるんじゃないのか?」
微妙に言葉が重なりました、葛西さんはどうにもまだ日本気分が抜けていないみたいです。日本人であるご主人さまと会っているせいかもしれないのですが、ちょっと不安です。
「無理ね、捕まったら終わりよ。ベルマの狙いは間違いなくこの子でしょうしね?」
といってぽんと頭に手を置かれます。あれ、何でボクですか? 狙われるとしたらユリアなんじゃ……。
「……エルフを連れた黒髪の男が街に居るって噂になってたのよ。私もあれから色々と落ち着いて、冷静に考えてみたらどうも疑惑を感じててね、まぁゴブリンやドワーフと見分けなんかつかないから噂止まりだったみたいだけど」
「……なんということでしょう」
まさかここに来て響いてくるとは、新しい奴隷(ペット)を捕まえるためだけに警備隊を動かすとかどんだけ横暴なんですかねそのバルス子爵とかいう男は。
「灯台下暗しとでもいうべきかしら、ダイヤモンドをガラス玉と偽っているのにはなかなか気づけなかったわよ」
うぐぐ、こうなるのが嫌だから多少の不名誉には目を瞑ってゴブリンやドワーフを名乗っていたというのに。それもこれもあの茶髪野郎と葛西さんのせいなのです、無事に事態が収拾したら損害賠償を請求します、訴訟も辞さない。
「俺とクラリスで時間を稼ぐ、マコトはふたりを守ってやってくれ」
「え!? で、でもさ……相手は人間なんだろ、戦うのか?」
「あなた、大丈夫なの……?」
葛西さんから弱音が漏れました。気後れしてしまう気持ちは解ります。仕方ないことだと理解も出来ます。ですがこの状況だと不安に思うのを止められません。
嬉々として殺しに行かれてもそれはそれで嫌ですけど、たった一言でここまで頼りなく感じるとは……。経験が足りない以上どうしようもないし、彼が悪いわけでも特別ヘタレな訳でもないのは解っていますけど……複雑です。
「俺だって別に好き好んで人間同士でやりあいたい訳じゃないさ、でもな、選べるのは片方だけなんだ」
「……無理に戦えとは言わないわ。嫌なら姿隠しの魔法を使うからベッドの下に隠れて、事態が落ち着いた後にでもこの街を出なさい」
クラリスさんの言葉は気遣い半分突き放し半分、足手まといはいらないっていう判断でしょう。葛西さんはその言葉の中の冷たさを感じ取ったのか、急に押し黙りしばらくしてから首をゆっくりと横に振りました。
「いや……いや、頑張ってみるよ」
「そう」
殴打する音が激しくなり、ドアが歪み始めました。もうそろそろ破られそうです。いい加減脱出しないと間に合いませんね。葛西さんは……申し訳ないですが対人戦ではアテにしないほうが良いでしょう。走るのが遅くならない程度に荷物を受け取り、ユリアの手をフリーにします。
「それじゃあクラリスさん、よろしくお願いします」
「えぇ、夜明けに蛇の塒亭っていう店で落ちあいましょう」
差し出された紙片を受け取り、胸ポケットにしっかりしまうと葛西さんを先頭にして窓際へ。目配せでタイミングを測り、姿隠しの魔法を使ってもらった後に一気に窓を開けて飛び出します。
「吹き荒ぶ風よ、我が身にありて身を護る鎧となれ」
飛び降りながら全員に風系統の防御魔法を使います。こういう時に使うと落下の衝撃を和らげる防御膜にもなってくれるのですね、ここは4階なので普通に落ちたら大怪我しかねません。そして地面につくなり即ダッシュ、ボク達は路地裏へとかけ出しました。
◇
姿隠しのおかげで捕捉が遅れたのか、警備隊は追って来ませんでした。それでも追跡を撒くためにじぐざぐに走り続けて一時間ほど、疲れたボク達は路地裏の一角で身を隠しながら身体を休ませていました。
「追ってこないな」
「たぶんクラリスさんたちが」
ドォォォンと花火のような音がして、夜空に巨大な炎が吹き上がりました。いくらなんでもやりすぎじゃないですかね? 後々大丈夫なんでしょうか。
「……派手にやってくれてるんじゃないかと」
「みたいだな」
この国に居づらくなってもボクは知らないのですよ……。まぁおかげで敵はこちらにこないのでよしとしておきましょうか。今のうちに一度街を離れて夜明けまで森のなかに居るのが妥当でしょうか、幸いにも魔物避けの道具は結構持たされていましたから、一晩くらいならなんとかなるはずです。
「さて、そろそろ街の外に移動しましょうか」
「あぁ、そうだな」
息も整ったところで立ち上がった瞬間、周囲の気配を伺っていたユリアがはっとした様子でこちらを見て、鋭い声をあげました。
「お嬢様! 後ろに!」
「!?」
反射的に振り向くと、杖を持ち灰褐色のローブに身を包んだやせぎすの男がボクに向かって手を伸ばしていました。一体いつの間に背後に!?
「ちびっこ!?」
「根源たる火よ、我が手にありて敵を打つ礫となれ!」
後ろに向かって飛び下がりながらローブの男に向かって火魔法を打ちます。
顔面狙いの手加減なしです、しかし魔法は彼に届く前に障壁のようなものに阻まれて消えてしまいました。そういえば実戦級の魔術師は常に防御魔法を使っているとか聞いたことが有りますね……迂闊でした。
奴は動けないボクに向かって、球体になっている杖の先端を突き出してきます。
「あぐっ!?」
「お嬢様!」
次の魔法を詠唱する前にお腹に衝撃を受け、お腹を押さえ込みながら倒れてしまいます。そんなに強く打たれた訳でもないのに、結構苦しいのです。
「くそ、このっ――――!」
涙に滲む視界の中で剣を抜いて斬りかかろうとした葛西さん、失礼ながらあまり強そうには見えなかったのに、実際に振られた剣は切っ先を視認できないほどに早いです。
ローブの男もその鋭さに驚いたようで、反応できていません。振り下ろされた剣は防御結界をたやすく引き裂いて、動揺する男の身体に迫り――
「――ッ!」
――その体を両断する寸前で動きを止めました。
「こ、降参しろ!」
「ばかっ、何やってるのですか!」
殺せなんて言いません、でも途中で剣を止めるなんて悪手にも程があります。
「殺す必要はないだろ、勝負はついた!」
「ついてないから言ってるんです! ユリア!」
「はい!」
斧を振りかぶったユリアが突っ込んできましたが、奴はニヤリと口元を歪めて葛西さんの胸元に杖を向けると、小さく口を動かします。
完全に読まれてしまったのです、彼は剣の腕は凄くとも人を殺したことがない。傷付けることすら躊躇してしまうということを。
戦い慣れてる人間に、殺意の無い剣など脅しにもならないとご主人さまが言っていたのを思いだします。
「ぐあっ!?」
「きゃッ!」
突風が巻き起こり、葛西さんとユリアのふたりが弾き飛ばされます。
「ふたりとも!」
駆け出そうとした瞬間、腕をローブの男に掴まれました。マズイとおもった時にはもう遅く、奴の呟きが聞こえました。
「――転送開始」
突如として足元に浮き上がった魔法陣が光を放つと共に、周囲の景色が歪み移り変わっていきます。
「お嬢様!」
「ユリア! 作戦は続行です!」
ユリアの声が聞こえました、まだ繋がっているようです。胸元から預かっていた紙片を取り出し歪んて見えるユリアに投げ渡します。しかし転送術師が出てくるとは、ボクが狙いなことに間違いはなかったようですね。
本当に……厄介なことになってしまったものです。
◇◆ADVENTURE RESULT◆◇
【EXP】
NO BATTLE
◆【ソラ Lv.50】
◇―
◇―
◇―
================
ソラLv.50[509]
【RECORD】
[MAX COMBO]>>33
[MAX BATTLE]>>33
【PARTY】
[ソラ][Lv50]HP45/50 MP220/420[正常]
================
【Comment】
「さて、ヘビが出るかオークが出るか」
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