第25話 動き始める


 新たな仲間を引き連れ、ボクたちは再び岩陰の調査に戻りました。


 目に見える痕跡はないので、ここから先はクラリスさん頼りになります。ぼんやり見守るボクたちの前で難しい顔をしながら見聞をしていた彼女は、深くため息を吐きながら重く口を開きました。


「強力な魔法が使われた痕跡があるわね」

「強力な魔法?」


 何の魔法でしょうか、彼女レベルの魔術師が強力と言うなら相当な物でしょうけど。正直ご主人さまくらいしか思いあたりません。


「断定は出来ないけど、残っている魔素の痕跡からして恐らく転送系……」


 転送系、確か一部の特殊能力スキル持ちだけが使える魔法だったはずです。希少かつ強力で、ご主人さまですらガチャでスキルを引かないとまず使えないだろうという魔法。


 当然ながらその大半が国や大きな組織に召し抱えられていて、そこらへんにぽんっと居るはずがありません。


 本当に誰かがそれを使ったのなら、予想以上に大事になっている可能性がありますね。国関係か裏の組織か、何ともいえないのです。


「お、お嬢様……旦那様はお強いですから、その」

「分かってますよ」


 確かにご主人さまも心配ですがそれ以上にまずいことがあります。これが突発的な事故やアクシデントではなく、計画的にボク達を分断するために行われているとしたら……とてもまずい状況です。


 ここに居るメンバーでは大規模な襲撃には対応しきれないのですよ。


 クラリスさんは間違いなく一流と呼ばれる実力者、コリンズさんも中級の上位とはいえクラリスさんと組んで仕事をこなせる程度には優秀です。


 葛西さんは……強さを見たことはないですが、最悪でも自分の身を守る程度は出来るくらいには強いはずです。


 ですが三人ともご主人さまみたく人外じみた力の持ち主ではありません。転送魔法の使い手を抱えているような組織ならコリンズさんたちと同格の実力者が居ても不思議ではないでしょう。


 そんなのに襲撃されれば、彼等だって自分を守るので精一杯なのです。ボクたちは間違いなく囚われの身となるでしょうね。


「痕跡を辿るのは不可能じゃないけど……時間がかかるわね」


 時間がかかっても出来てしまうのはかなり凄いのですが、あまりこれに時間を掛け過ぎても危険な気がします。ここにとどまることは果たして得策なのでしょうか。


「そのレベルの魔法使いが実行犯にいて、しかも意図的だった場合はここに留まるのは危険な気がします」

「……それもそうだけど、他に手がかりがないわ」


 うぅん、難しいのです……。


「安心してくれ、君は俺達で守るから」

「あぁ」


 いつの間にか仲良くなっていた葛西さんとコリンズさんのふたりが言います。少し臆病になりすぎていたかもしれません……。そうですね、主人のピンチに我が身可愛さに尻込みするのはただの駄犬なのです。


 ペットとして少しくらいは役に立つところを見せたいものです。


「わかりました、ご主人さまの手がかりを見つけてください、お願いします」

「ま、あたしに任せておきなさい」



 果たしてどれだけ時間が経ったのか。危惧していた襲撃は今のところなく、クラリスさんの探査は順調に進んでいました。分かったことは多くありませんが、それでも一つや二つは重大な事が判明しています。


「転移先の候補はいくつか絞り込めたわ、術者はスキル持ちでもそこまではないみたいね」


 デーナの地図を広げながら当たり前のように言ってますけど、そこまで絞り込むのは決して簡単なことではありません。


 この年で上級一歩手前まで行っているだけのことはありますね、これで中身さえまともなら……いえ、協力してくれてるんですからディスるのはやめておきましょう。


「この中から怪しい場所を探していくのが妥当なんだけど……」


 指差す地図の目印が書き込まれた場所にある建物は貴族の屋敷。


 ……ご主人さまは酷く厄介な事態に巻き込まれた、巻き込ませてしまったみたいです。やっぱり身の丈に合わない情なんて持つものではありませんでした。


 今回は大切な人たちに迷惑がかかってしまったのです。……ご主人さまが戻ってきたらちゃんとごめんなさいしないといけません。


「怪しいのはここ……ベルマ子爵の別荘ね、レア種族コレクターで有名で、別荘には専用の隠し牢獄を持ってるって噂もある奴よ」

「随分詳しいですね」


 調べた素振りが無かったことから、事前にある程度知っていたのでしょうか。実は良家の出だったりしちゃうんですかね、確かにちょっとお嬢様チックではありますが。


「私にも色々あるのよ……ま、それはいいとして。こいつはコレクションを集めるために合法的な方法だけじゃなく、非合法な手段も取っているって噂もあるのよ。他の貴族の奴隷を奪ったりとかね……?」

「それじゃあまさか、私達を狙って……」

「たぶん違うのです」


 ユリアの言葉に否定で返します。それならふたりが岩陰に行った隙をついてボク達の方を直接攫えばいいのです。ご主人さまクラスの人間を強制転移で吹っ飛ばせるなら、離れてる隙にボク達を狙うなんて朝飯前なはずです。


「それなら離れてる隙にボク達を狙うでしょう」

「確かに転送魔法を使うならそっちのほうが手っ取り早いわね」

「そう、ですか……」


 痕跡を辿れるレベルの魔術師が居るなんて普通は思いませんから、やはり完全な別件に巻き込まれたと考えるべきでしょう。


「それで、どうするのかしら?」

「助けに行く! ……と言いたいところですが、迂闊に首をつっこんで、ボク達が人質代わりにされたら目も当てられません」

「そうね」


 クラリスさんはボクの返答に満足そうにうなずきます。


 ご主人さまは大概自力で何とかしちゃうタイプの人なのですよ。定番としては勇み足で助けに行ったヒロイン、この場合はユリアが逆に捕まってしまってピンチになるパターンでしょう。


 下策は何もしないこと、凡策は身の回りの安全を固めてご主人さまを待つ。とはいえ万が一、億が一自力での脱出が困難な場合は待機は悪手となりうるでしょう。


「まずはそのベルト子爵でしたっけ、その人の情報を調べましょう。後はご主人さまの所在地を確かめたら、必要に応じて脱出をサポートします」

「……ベルマ子爵よ」



 拠点を移し、あとは宿での作戦会議となりました。


 何故か妙に詳しいクラリスさんのくれた情報と合わせてわかったことは、数ヶ月前から連続窃盗で指名手配されている転移術師をベルマ子爵が雇っている可能性があること。


 ここ数日、彼の別荘付近にごろつき達がたむろしている事。最近海鳥が妙に騒がしかったこと。……最後の情報については置いておくとして、完全に何かやらかそうとしてた感じですね、解りやすいです。


「怪しい」

「怪しいわね」

「怪しいですね」


 もはやそれ以外の感想が出てきません、ご主人さまの言う「何もしないから一緒にお風呂に入ろう」と同じレベルの怪しさです。


 そうそう、怪しいといえばもう一つ。


「ところで、クラリスさんがここに居るのと、その指名手配中の転移術師がバルマ子爵に雇われてるのと何か関係が?」


 何でこんなに今回の情報に詳しいのか、少し気になっていたのですよね。タイミングも良すぎますし、何だかいやに協力的です。


「…………秘密よ」

「分かりました」


 はぐらかされましたが利害は一致しているようです。妙に詳しい理由も、容疑者をあっさりと絞り込んだ理由も解りました。そっちの利にもなるのなら、事態の収束まで遠慮無く頼らせて頂きましょう。


「まぁキサラギ君をそこらのやつがどうこうできるとは思えないけど、囚われているなら助けを必要としている可能性はあるわね」


 ご主人さまも決して万能無敵ってわけではありません。安全は確保できても脱出が出来ないとかいう可能性も皆無ではないはずです。


 自分で言っといてどういう状況なんだろうとは思いましたが……貴族相手だからあまり無茶が出来ないとか?


「流石に貴族が相手となると、どうにも手を出しづらいのです」


 それにしても、手助けと言っても妙案が浮かびません。何かをしようにも情報があまりに不足し過ぎているのですよ。まずはご主人さまの所在を確かめないことには対処法の考案すらできませんし、探りを入れようにも相手が悪いのです。


「別荘の中に潜入してみるとか……」


 休憩していた葛西さんがおずおずと手をあげましたが、論外ですね。


「それが出来ないから悩んでるのです」

「それが出来ないから悩んでるのよ」


 それをやって捕まった時が厄介です、芋づる式にボクたちまで引っぱり出される可能性があります。


 ここは日本じゃないのです、警察組織は平等ではありません。お貴族様がお金を積めば白ですら黒となりうる世の中なのですよ。ただでさえ不法侵入まっくろな状態でそうなれば暗い未来しか見えません。


「地道に情報を集めるしかないか?」


 今度はソファに腰を下ろして顎の下で手を組みながらコリンズさん。


「時間をかけ過ぎると怪しまれますよ」


 そんな風にあーだこーだと話し合っていると、突然宿のドアが乱暴にノックされました。一瞬で警戒を顔に滲ませたコリンズさんが気軽に返事を返そうとした葛西さんの口を塞ぎクラリスさんに目配せします。


 すっかり良いコンビとなっているようでなによりナノデス。アイコンタクトを受けたクラリスさんは音を立てずに立ち上がると、そっと窓の外を見下ろします。ボクとユリアはいつでも動けるように待機中。


「はい」


 葛西さんに説明を終えたコリンズさんが、武器を背中にゆっくりとドアに近づき返事をします。


「デーナ警備隊の者だ、ここを開けろ」


 随分と威圧的な男性の声です、何で警備隊がこんな時間に?


「外にも数人、タダ事じゃないわね」


 まさかこんな早く察知されて動き出したとでもいうのでしょうか?


「警備隊の方がこんな夜更けに何のようですか?」


 コリンズさんが時間を稼いでくれている間に、脱出の準備をします。ユリアと葛西さんに荷物を持ってもらい、ボクはいざという時のためにと渡されていた護身用のマジックアイテムをいくつか服の下に忍ばせます。


「ここを借りているというシュウヤ・キサラギという男がベルマ子爵の屋敷に侵入し、家屋を破壊して逃亡したのだ、わかったなら扉を開けてもらおう」


 ……なんですと?







◇◆ADVENTURE RESULT◆◇

【EXP】

NO BATTLE

◆【ソラ Lv.50】

◆【ユリア Lv.15】

◇―

◇―

================

ソラLv.47[509]

ユリアLv.15[157]

【RECORD】

[MAX COMBO]>>33

[MAX BATTLE]>>33

【PARTY】

[ソラ][Lv50]HP38/50 MP220/420[正常]

[ユリア][Lv15]HP1040/1040 MP60/60[正常]

[クラリス][Lv40]HP230/230 MP732/732[正常]

[コリンズ][Lv42]HP640/640 MP40/40[正常]

[マコト][Lv20]HP450/450 MP102/102[正常]

================

【Comment】

「ご主人さまの方はいったいどういう状況なのですか!?」

「旦那様……」

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