日本人は業が深い生き物なのです

第16話 百合の花咲く時もある


 ユリアを我が家に迎えてから、早くも三ヶ月が過ぎようとしています。彼女はここでの暮らしにすっかり慣れたようで、穏やかに笑っていることが多くなりました。


 ボクの知らないうちにご主人さまが悩みを聞いてあげたりしていたようで、そちらとも打ち解けています。迷宮で戦闘を指南した事も含めてしっかりとフラグを立てていたみたいです。あの野郎。


 今から1月前くらいに、何かを決意した様子の彼女から立候補してきて夜伽に加わる事になりました。


 本気で過去を振りきって新しい自分を生きる決心がついたということです。これが寝取りってやつでしょうか、幼馴染くんはザマァなのです。


 妊娠もしてないのに母乳が出る……なんて知った時はどんな卑猥な種族かと思ったものです。しかし種族どころか彼女自身も相当でした。


 気を使ったボクとルルが引っ込んで、ご主人さまとふたりきりの時間を過ごさせてあげるくらいには強者つわものだったのです。結果すっかりメロメロになってました。


 ボクとしてはこのままご主人さまの伽担当を彼女にシフトさせようとしたのですが、そうは問屋が卸しませんでしたね。


 一週間くらいは穏やかで平和な夜を謳歌出来たのですが、ついに我慢しきれなくなったご主人さまの横暴によって今度はボクがふたりきりで過ごすはめになりました。死ぬかとおもいました。


 おかげで時たま筋肉痛と疲労でベッドから動けない日々が続いてます。


 とてもじゃないけど身体が持たないし、ユリアがなんかしょんぼりしてるし、ルルも妙に焦り始めたし。結果的に発生した第一回キサラギ家奴隷会議ペットサミットの末、暫くは3人で寝室入りして休憩したいときだけ抜けるという方式が取られる事が決定しました。


 あぁ、ご主人さまの意向によってボクは強制参加です。


 基本的人権ってね、この文明バージョンじゃ未実装なのですよ。



 さて、今日は我が家に完成したばかりの設備を眺めてはニヤニヤしていたご主人さまが、妙にそわそわしつつ部屋で何かを作ったり買い物に行ったりしていました。


 ボクも待ち望んでいた設備なので嬉しいのですけどね、でもあれはちょっと気持ち悪いのです。


 何が出来たかというと、一言で言ってしまえばお風呂です。


 ご主人さまのリクエストにより、白くなめらかな大理石で作られた浴槽の。ふたりで入っても寝そべることが出来るほどに大きく、洗い場もやや大きめに作られています。


 大きく作った目的? 聞くのですかそれを?


「お風呂なんてはじめてですよ」

「お風呂のある家に住めるなんて……どうしよう、夢がひとつかなっちゃった」


 女性陣もゆったりと入れそうなお風呂場を見てはテンションをあげています。ボク達の住むフォーリッツ王国では一応お風呂という文化はありますが、あくまで高級な宿や貴族の家での話です。


 庶民にとっては高嶺の花。


 美容に興味を持つ女性たちは『肌を磨く場所』であるお風呂を知り、憧れている子も多いのだとか。ボクもお風呂自体は好きなんですけどね。


 ただ……。


「…………」


 洗い場に、柔らかく耐水性の高いマットがドーンと敷かれていたり。ご主人さまが薬剤を買い集めてこそこそしているのを見ていると、喜びよりも不安が勝ってくるのです。


 何をする気もしくはさせる気なのかが手に取るようにわかるのですよ。ボクだって男の子でしたから。


「そういえばこれって何に使うんだろう?」


 風呂場にある謎の棚から鮮やかな色彩の、弾力のある物体を手に取ってしげしげと見詰める序列三位のお猫さま。最近はユリアさんに圧されて若干焦ったのか積極的に媚びを売ってます。


「うぅん、お嬢様はわかりますか?」


 ふたりで見聞しても結局わからなかったのか、首を傾げてこちらを伺う序列二位のユリアさん。


 何気に先人の猫耳に下克上を果たしていたりします。やはり先を行っていても怠けた時点で追い抜かれるのですね。


 因みにボクはなまけようとしても引きずっていかれたり、おんぶされたりで無理矢理一番にされます、ある意味チートですね、ははッ。


「それはですね、ゴミなので焼却炉にポイしてきてください」

「流石に勝手に捨てたらダメですよせんぱい」 


 繰り返しますがボクだって男の子でした。別に詳しいわけではないのですが、日本に居た頃はちょっとそういうのに興味を惹かれて調べていた時期もあります。だからその、ふたつ合体した棒状の謎物体も何というか、大体用途が解ってしまうのです。


 あの変態、女の子同士が仲良くしてる姿も好きなんですよね。いえボクだって嫌いじゃないけどそこに混ざりたい訳じゃないのです。


「取り敢えずしまっておいてください。とにかく、さっさと準備してお湯を入れてしまいましょう」


 廃棄に失敗したことにため息を吐きながら、備え付けられたお湯を出す魔道具を起動させて浴槽に湯を張ります。


 大きさもあるのでまだかかりそうですね。暫くはリビングで待つとしましょうか。


 ご主人さまが帰ってくるまでにタオルとか着替えを用意しておかないといけませんしね……。


 最初くらいは普通に入りたいのですが。どうなることやら。



 火照った肌にひんやりとした夜風が気持ち良いのです。久しぶりのお風呂は気持ちよかったのですね、いえ変な意味ではなくて普通にさっぱりしました。さすがのご主人さまも初っ端から飛ばすつもりはなかったようです。


 やはり日本人はお風呂で癒される生き物なのですよ。


 こうしてひとりでのんびりと、日本では見たこともない満点の星空を眺めていると、何となく郷愁の想いが湧いてきます。


 こっちに来てからもうどれくらい過ぎたのでしょうか。本当に色々ありました。最初は訳も分からず自分が男だと主張して痛い目にあって。


 この世界の残虐さや怖さをこれ以上ないくらいに思い知らされて、絶望しきった所でご主人さまに拾われて……。思い返してみれば、幸せを感じることも多い日々でした。


 日本では当たり前のようにそこにあったものが、どれほど貴重なのか思い知りました。


 それにルルとユリアという友達も出来ましたし、ご主人さまにも……一応、本当に一応ですが大事にはしてもらってます。


 話の分かる主人に可愛い女の子の友人たち。自分の身体が女の子という点さえ抜かせば、これ以上ない環境なのです。


 ……まぁ最近どんどんご主人さまとそういう事をするのに抵抗感がなくなっているのが怖いのですが。


 今のボクを見たら昔の友人達や両親は何て言うでしょうか。友人たちは……むしろご主人さまと同じ反応をしそうです。


 中学入ったばかりの頃に漫研の先輩方にモデルとして女子の制服を着せられ、ボクを女子と勘違いしやがった上級生にナンパされた思い出が蘇ります。あいつら今どうしてるのでしょうか。


 両親は……どうか強く生きていてほしいのです。色々あるけれど、こっちでも元気でやっていますから。せめて言葉を届けるくらいはしたいですけど。


「はー、いいお湯でした……。あ、せんぱい私にもジュースください」


 現れたのは下着姿でタオルを頭にかけたルル。お風呂から上がってきたようです。目敏くボクが飲んでいたレモンスカッシュに気づいた彼女に苦笑しながら、ピッチャーからグラスに注いで渡します。


「ありがとうございます」


 良く冷えた炭酸飲料を目を細めながらごくごくと飲み干すルル。湯上りに飲むと美味しいんですよね。幸いにも我が家に炭酸苦手な子はいません。


「ユリアとご主人さまは?」

「っぷはぁ……まだいちゃいちゃ中ですよー、私は流石にこれ以上はキッツイです」


 ボクがさっさと上がった後、どうやら動物連合がお風呂の間違った使い方を望んだようです。


 いくらマンネリを打破するためと言ってもやり方があると思うのですよご主人さま。最初くらいは普通に入りたいっていう意見の一致はどこへ消えたのですかね。


 そんなこんなでいちゃついていたルルも、流石に疲れてダウンしたようです。投げ出された白い脚がちょっと眩しく思えます。ボクのほそっこいぷにぷにした脚とは違いますね。


「……そういえば、せんぱいってレズなんですか?」

「ぶふっ」


 するりと投げかけられた疑問の言葉に飲んでいたジュースを噴きだしてしまいました。ちょっと気管に入りました、くるしい。


「げほっ、ごほ、いきなり何ですか!?」


 何なんですかその質問は、予想外にも程が有るのです。確かにボクは精神的にはアレですから、どちらかといえば女性のほうが好きですけど……。


 あれ、これって同性愛レズになるんでしょうか。いやでもご主人さまのことは好きではないけど平気ですし、他の男性はちょっと……大分、絶対に遠慮したいのでやっぱりレズ?


 自分がわかりません。


「いや、何でかユリアがずっと気にしてたんですよ、せんぱいが女性好きなんじゃないかと思ってるみたいで。でも旦那さまとはすっごい仲良しだし、どっちなんだろう……もしそうなら私は気持ちにどう答えたらいいのかーって」


 ……そういえば、初恋の相手が彼女に似た女性だって発言したような記憶が。


「私もですが、シュウヤさまも相談受けてたみたいですよ? 一時期は旦那さまとお嬢様との間に揺れ動くアテクシ! って感じでくねくねしてて凄い面白い状態になってましたね」

「い、意外といい性格してたんですねあの子」


 それは全く知りませんでした、というか案外恋愛脳だったのですね。いやそうじゃないとあんな幼馴染に尽くしてたりしませんか。相当に甲斐甲斐しかったみたいですし。


「『お嬢様には申し訳ないですけど、私の心の中にはもう旦那さましか居なくて』とかチラチラしてて、色々突っ込みたい気持ちを抑えるのが大変でしたね、せんぱいも褒めてください」

「ごくろうさまです……」


 本当になんて言ったらいいのか。ひょっとして獅子身中の虫だったのでしょうか、失敗でしたか? 一番奴隷の座を譲るのは良いけど何の準備もなく排斥されては困ってしまいます。


「……? あー追い出し関連とかは大丈夫だと、私も流石に本気でギスギスするのは嫌なんでちょっとつついてみたんですけど。本人的には第二夫人もしくは第三夫人狙いみたいです。ついでにせんぱいの事も狙ってますね、アレ」

「はい?」


 あれ、ご主人さま一筋という話ではなかったのでしょうか。というかボク狙いってどういう意味です? 命(たま)ですか、命(たま)殺って下克上的なあれですか?


「自覚ないみたいだから言っときますけど、せんぱいって。いじめられてる時の反応がすっっっっっごい可愛いんですよね。こう、聞いてるだけでもっといじめ倒したくなるような、可愛がりたくなるような」


 な、なんか肉食獣のような瞳なのですが。


 というかボクはそんな反応した覚えがないのです。大概ぎゃーぎゃー騒いでるだけで普通なら萎えると思うのですけど!? 無表情かつ無反応な人形モードなのです。間違ってもそんな反応はしていません、これは陰謀です、騙されてはいけないのです。


「せんぱいは意地っ張りで素直じゃないくせに甘えん坊で、なんか母性をくすぐられるというか。女同士はぶっちゃけ興味なかったんですけど。ご主人さまがセンパイを可愛がるのはわかるんですよね。ユリアも似たようなものみたいですよ? 私も、せんぱいとならいいかなーって……」


 いいかなってどういう意味ですかね。目を爛々を輝かせたルルが、艶かしい動きで顔を寄せてきて耳にふっと息を吹きかけます。


 ぞわぞわと寒気が背中を駆け抜けていきました。と、鳥肌がやばいです。


「怯えるせんぱいは可愛いですねぇ、食べちゃいたいくらい」

「ひ、ひやぁぁ!?」


 だめです、ここにいたら喰われる気がします。自分でもびっくりするくらい奇妙な悲鳴をあげてルルを押しのけて自室へ逃げ込みました。鍵を閉めて、ご主人さまに買ってもらった白いソファーの上で毛布にくるまります。


 何てことですか、まさかボクを付け狙うケダモノがご主人さまだけじゃなくなるなんて……!!


 このままではいけません、ボクの大切な何かが危ないのです。何とか、何とかしないと……。






◇◆ADVENTURE RESULT◆◇

【EXP】

MAX Combo 2

BATTLE TOTAL 5

◆【ソラ Lv.42】

◆【ルル Lv.15】+2

◆【ユリア Lv.12】+3

◇―

================

ソラLv.42[423]

ルルLv.15[153]→[155]

ユリアLv.12[126]→[129]

【RECORD】

[MAX COMBO]>>30

[MAX HIT]>>30

【PARTY】

[シュウヤ][Lv55]HP772/772 MP1380/1380[正常]

[ソラ][Lv42]HP50/50 MP420/420[正常]

[ルル][Lv15]HP602/602 MP32/32[正常]

[ユリア][Lv12]HP1040/1040 MP60/60[正常]

================

【一言】

「こんな猛獣だらけの場所にはいられません、ボクは部屋に帰らせてもらいます!」

「(せんぱいはほんっとからかい甲斐があるなぁー)」

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