第17話 ゆるやかに時は過ぎて
不思議な事が起こりました。
自室にあるソファーの上で寝ていたはずなのに、起きたら寝室のベッドの上で素っ裸になってご主人さまの腕の中です。チートだとか魔法だとかそんなちゃちなもんじゃない、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったのです。
まだ薄暗い部屋の中、反対側では裸のユリアがご主人さまの腕を枕に幸せそうな顔で寝ています。足元にはルルが丸まって寝息を立てているようです。……言いたいことは多々ありますが取り敢えず横に放り投げましょう。
ここは剣と魔法の世界、不思議な現象を逐一気にしていては生き残れないのです。
「んっ」
昨晩はジュースを飲んだあとお手洗いに行かずに寝たせいでしょうか、ちょっとお腹が苦しいです。女の子の身体は男と違ってどうにも緩いというか、我慢しにくいので早めに処理しないと大変なことになってしまいます。
取り敢えず、今のうちにトイ――れ?
「……あ、あれ?」
ご主人さま、寝ぼけて抱きしめないでください身体のサイズが違いすぎて抜け出せません。
「あの、ご主人さま、ボクお手洗いに……ご主人さま?」
いやあの、まさか抱きしめながらガチ寝ですか? 冗談じゃありませんよ。
「ご主人さま、起きてください! やばいです、決壊しそうなんです!!」
「ん……ソラ……」
うっすらと目が開きました、よかったこれでお手洗ひゃああああ!?
「うひゃぅ! 耳はやめてくだひゃっ!? ってあああああ、だめです、それはだめ、今は洒落になりません!!」
耳を噛みながらのしかかってこないで!?
待ってください、今は本気でまずいんですって、限界近いんです!
「やめてくださ、やめっ、ちょ、ま、やめろ変態このヤロウ!!」
「生意気な……子には……解らせて……やらないとな」
なんでスイッチ入ってるんですか寝るんだったらせめてちゃんと寝ててくださいよ! 寝ぼけてこれとかどんだけ溜まってるんですか、どんだけ変態なんですか、いい加減にしろこのチート下半身!!
「っていやぁぁ!? ごめんなさい生意気いってごめんなさい! あやまります、ごめんなさいするからやめてよぉぉぉお!」
あふれる、もれる!? ああぁぁぁやめてとめてやめてとめてやめてとめ――――――あっ。
◇
「うえぇぇぇん、ひっく、ぐす……う、うぇ、びえぇぇぇん」
数年ぶりのギャン泣きです。こんなに泣いたのは小学校の時分、クラスで可愛がっていた子猫が病気で死んでしまった時以来な気がします。……いや、そういえば初めてアレを吸われた時もギャン泣きした気がしますね。黒歴史なので記憶の中から排除してましたが。
「あーその、悪かったから……もう泣くなって」
「う゛ぇ゛ぇぇ゛ぇぇん」
子供だと笑いたければ笑えばいいのです。ユリアとルルが気を使って洗濯を引き受けてくれたから良いものの、自分で洗うことになってたら精神的に死んでもおかしくないのですよ、これは。
「お嬢様、お湯が入ったのでお風呂に入りましょう。旦那様はルルと一緒に食事の用意をお願いします」
「ひっく……う゛ん……」
「あぁ……ユリア頼む」
苦笑するユリアに手を引かれてお風呂へ向かいます。もう子供扱いだとか幼女扱いだとかどうでもいいのです、温かいお風呂に入って癒されたい……。
脱衣所で部屋着である質素なワンピースを脱いで洗濯物籠に放り込みました。お風呂の準備をしてもらっていたので下着は履いてません、裸云々は今更なのです。もう色々見られたり見たりしてるのですよ。
ご主人さまは明るい所で見るのはまた違う趣があるとか言ってましたけど、見て楽しむだけの側は気楽で良いですね本当に。
「そうだ、せっかくですからお風呂に入る前に先に済ませてしまいましょうか」
突然ユリアが何かを思い出したかのように戸棚を漁り、中から保存の魔法がかけられた瓶とチューブがついたカップ状になっている器具を取り出しました。正体をしっているボクが頬をひきつらせてしまうのもしょうがないようなものです。
「や、そ、それは、もっと後でもいいんじゃないかと!?」
「でも早めに済ませておかないと、昼すぎに辛いですよ?」
真顔で困ったように言うユリアは特に気負った様子もありません、この数ヶ月で知ったことですがこれ、彼女からすると常識なのですね。
何の話かというその、やましいものでもいやらしいものでもないのですが、胸の、あれです。ボク達には赤ん坊という飲ませる相手が居ないので、必然的に溜まる一方。定期的に絞らないといけないと張って辛くなることがあるのです。
「うぐぅ……」
しかも効能だけでなく製造量まで魔力に依存するようで、ボクの場合は一日放置するとちょっと痛くなってしまうのです。以前無理に我慢をしたせいか探索中におもいっきり出ちゃった事があって、それ以来は一定間隔で絞るようにしてます。
なお味についても魔力に依存するとかでユリアの物は濃厚な牛乳、ボクのは何故かフルーツミルクみたいな味がしました。ご主人さまがエルフだから大地属性の影響がどうとか考察してましたけど、目の前で乳の味を品評される人間の気持ちを考えたことがあるのでしょうかね、ないでしょうね。ボクも無かったです。
効能の方はユリアのは物凄く栄養価の高い牛乳ってかんじみたいですけど、ボクのは最下級エリクサーの劣化版程度には効果があるとか。高いのか低いのか分かり難い例えですが、具体的には道具屋で買える最高品質のポーションを二倍程度にしたものに、魔力回復効果と下級万能薬の効果を足したくらいだそうです。
部位欠損とか致命傷はどうにもなりませんが、ある程度の怪我と魔力枯渇による昏倒とか、致命的な猛毒以外の毒ならポーション用の小瓶一本(100ml)も飲ませて半時も休ませれば持ち直せるとか。しかも激苦なポーションや万能薬とかと違って味も一級品。
『聖母の雫』はそんな素敵性能な回復アイテムを一日に1リットルは自動製造出来るというとんでもなく強力なスキルなのです。なんでユリアとかルルに行かなかったんでしょうね。おかげで非常用の魔力、飲料物タンク扱いですよ。
「はい、すぐに済ませるのでじっとしててくださいね?」
カップ状の器具を手に持ったユリアがゆっくりとボクの背中に回って、最近微妙に出てきた気がする膨らみに装着させると、ゆっくりと絞り込むように周りの肉を……。
「うぅぅぅぅ……」
チューブを通って透明な瓶を満たしていく白い液体を見ていると、涙がぽろぽろと溢れてきます。溜まったらまた非常用の回復剤としてご主人さまのアイテムボックスに格納されるのでしょう。これで何本ストックが溜まったのか、考えたくもありません。
心が、折れそう、なのです。
保存魔法やアイテムボックスとは一体何なのかを考えながることで凌ぐしか有りません。……何なのでしょうねアレ。
◇
拷問タイムが終了して、ご主人さまお手製の入浴剤を使い爽やかな緑色になった湯船に使って身体を休めていると、浴室の扉がノックされました。
「あーけーてー?」
「どうしたのルル?」
スポンジで身体を洗っていたユリアが聞き覚えのある声に反応して扉を開けると、案の定素っ裸になった猫耳娘の姿がありました。
「シュウヤさまがせっかくだからお前も朝風呂楽しんで来いって」
なんか嫌な予感するのですけど、また昨日の再来なんてことはないですよね?
「あら、旦那様は?」
「流石に今日はせんぱいを休ませてあげたいって」
緊張していた身体から力を抜き、ほっと胸をなでおろします。多少は気が利くようになったではありませんか、ご主人さまも日々成長しているということなのでしょうか。
「そう……仕方ないわね」
くすりと笑うユリアがスペースを開けると、引き締まった身体を惜しげも無く曝してルルが入って来ます。こうしてみるとふたり共スタイルが凄いのです、ユリアも臂力の割に筋肉質でなくふっくらしていて、最近ますます女性としての魅力も増してます。街を歩く度に男たちの視線を独り占めしてるくらいです。
ルルも猫耳美少女ですし、二人を連れて歩くとご主人さまに嫉妬の視線が凄い勢いで集まるのですよね。
「というわけで今日は女の子だけだねー、ユリア頭洗って!」
「はいはい」
随分打ち解けているふたり、尻尾を揺らめかせながらルルがマットにぺたんと座ると、ユリアがシャワーで髪の毛を濡らして、シャンプーを適量手に取って髪の毛になじませています。石鹸類もご主人さまのお手製なんですよね、現代日本の製品ほどではないですが、かなり質が良いので助かってます。
昨日の今日でボクも明らかに髪がサラサラになっているのですよ、櫛が髪の毛に引っかからないというのは素晴らしいことなのです。
「せんぱいはもう洗いましたー?」
「はい、洗ってもらいました」
自分でも洗えるのですが、やっぱり人にやってもらえると気持ち良いです。ユリアはご主人さまに習ってすぐにコツを覚えてしまいました。元々家庭的というかお母さん的な性格をしてたのもあるのでしょう。誰かの面倒を見るのが好きなようです。
「しっかしお風呂、すっばらしいですね。こんなにキモチイイものだとは思いませんでしたよー」
確かにお風呂は素晴らしいものです、心の洗濯とはよく言ったものです。でも何でニュアンスに微妙な含みを感じるのですかね。
「身体を温めると、血の巡りがよくなって健康にも良いのですよー、ついでにしっかり汗を掻いて老廃物も流すと美容にも良いのです」
「へぇー」
「そういえば、旦那様もそんな事言ってらっしゃいましたね」
ルルの背中を流しながらユリアが微笑ましい顔を向けてきます。別に受け売りなわけじゃないですよ? だからその背伸びしちゃってみたいな顔をやめてほしいのです。
「さ、綺麗になりましたよ」
「ありがとねユリア」
お湯で体についた泡を流したふたりが、ボクを挟みこむように浴槽へと入ってきます。三人で入るとちょっと手狭、四人で入るとぎっちぎち。でもなんか、この密着感も誰かと一緒にいるって感じがして悪くないのです。
「本当、気持ちいいですね」
「ねー」
「はい」
心地よさそうな顔をして伸びをするユリアの、リラックスした顔を見て少しだけ胸に沸き起こった小さな言葉を、ぐっと飲み込みます。
本来はボクが口にすべき言葉ではありません。答えを求めるべきでもないでしょう。
だけど、手を出した人間としてはどうしても気になってしまうのですよ。
――ねぇユリア、貴女はここに来て、良かったですか?
◇◆ADVENTURE RESULT◆◇
【EXP】
NO BATTLE --
◆【ソラ Lv.42】
◆【ルル Lv.15】
◆【ユリア Lv.12】
◇―
================
ソラLv.42[423]
ルルLv.15[155]
ユリアLv.12[129]
【RECORD】
[MAX COMBO]>>30
[MAX HIT]>>30
【PARTY】
[シュウヤ][Lv55]HP772/772 MP1380/1380[正常]
[ソラ][Lv42]HP50/50 MP420/420[正常]
[ルル][Lv15]HP602/602 MP32/32[正常]
[ユリア][Lv12]HP1040/1040 MP60/60[正常]
================
【一言】
「でもあの野郎はぜってー許さねぇのです」
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