第15話 決意の朝に
「これでメダルが5枚、そろそろガチャするか?」
迷宮から帰った翌日の朝、ベッドに座って何かを数えていたご主人さまがそんな事を言い出しました。ガチャにはあまり良い思い出がないんですけど……可能性がある限りやめられませんよね。
「せんぱいー朝ごはんもってきましたよー」
パンとスープ、コップ入りのミルクを乗せたお盆を持ったルルが寝室に入ってきました。慣れてきたのか遠慮も何もないですね。別に家の中なら裸を見られてもどうってことないですし、いいんですけど。
「……せんぱい、大丈夫ですか?」
ベッド脇のテーブルにお盆を置いたルルが、ちょっと顔をしかめながらボクを見下ろします。彼女は鼻が良いですからね、近くに居ると感じるものがあるのでしょう。
「……ルルはボクが大丈夫に見えるですか?」
「いいえ、まったく」
だったら聞くんじゃねぇのです。
今がどういう状態かって? うつ伏せになって腰に氷を入れた革袋を置いています。タオルでくるんでひんやりーなのです。氷はご主人さまが作ってくれました、それは優しさではないのです。
「これに懲りたらあんまりシュウヤ様をからかったらだめですよ?」
なぜボクが苦言を呈されるのでしょうか、ご主人さまも微妙に聞き耳立ててますね? 気配でわかるのです。
「いやです、いつかご主人さまを徹底的に打ちのめしてやるのです」
ここでしっかり宣言してやるのですよ、ボクの心は簡単には折れないのです。ご主人さまなんかに絶対負けません!
「せんぱいってやっぱり、いじめられるの喜んでます?」
「おまえいい加減にするのですよ……」
どっからそんな発想が出てくるのですか。猫の考えは理解に苦しむのです。
◇
というわけでガチャガチャオブリベンジなのです。
前回はアレなスキルを引かされましたが、今回こそは下克上です。強力なスキルもしくはアイテム、すなわちチートを手にして華々しいデビュッタントを飾るのです。
上級冒険者になって借金を完済し、ご主人さまですらこき使ってみせるのです。期待が高まりますね。
「俺が2回、他の3人で1回ずつだな」
妥当なところでしょう、ユリアとルルは良く解っていないようです。
「今から見せるのは俺の固有能力というか魔法というか、そんなやつだ。これに関しては『一切の他言は無用』で頼む」
一言断って……いえ、これは命令ですね。指定された内容について喋ろうとすると首輪が締まります。設定にもよりますが締まった状態で無理矢理喋ろうとするとそのままキュってなって、最終的にはブチっとなります。
ボクたち用の首輪は息止まって喋れなくなる程度に設定されてます。
命令を終えたご主人さまが例のガチャガチャマシーンを出現させました。驚きで二人の目がまんまるに見開かれてます。驚きながらも興味津々と言った様子です。
「このメダルと引き換えにランダムでスキルとかアイテム……、俺の使ってるレヴァンテインとか、固有能力を手に入れることができる道具だ」
その言葉を聞き、明らかに二人して目を輝かせました。特に元冒険者だけあってユリアの反応が尋常じゃないですね、先端がふさっと広がっている牛の尻尾が興奮のためか揺れています。
「そ、そんな凄いもの……ひょっとして神器!?」
神器というのは神が地上にもたらした、特別な力を持つ道具全般を指して言うのだそうです。ものにもよりますが普通に国宝クラスの扱いを受けています。
有名な物では竜人の国にあるという秘宝、世界を見渡すことが出来る『天竜の瞳』とかその辺だそうです。
神から授かったというなら恐らくレヴァンテインも神器に該当しそうな気がします。
「まぁ、そんなような物だろうな。さっきも言ったとおり順番に一回ずつ引いてみてくれ。俺とソラは今回は後でいい」
楽しみは後にとっておくのですね、ふふん、いいですよ、ご主人さまに敗北感を味あわせてやるのです。
「ほ、本当によろしいんですか?」
「流石シュウヤさま、太っ腹ですぅ~!」
ルルがぞっとするくらいの猫なで声を出しました、この子ったらこんな声出せたんですね、女性の恐ろしさを垣間見た気分です。
まぁ気持ちはわかるのです。固有能力……便宜上スキルと呼びますが、それは基本的には生まれ持った才能や素質を示します。
後天的に手に入れることは……絶対とまではいきませんけど、まずないです。
そんなものを気軽なノリで手に入るとなれば、それなりに野心がある人間ならそりゃ尻尾振ってすり寄ってくるのですよ。
さて、序列順ということでまずはルルから試して見ることになりました。メダルを受け取った彼女は嬉々としてガチャを回します。
いつものように出てきた丸い光の玉が弾けると、ルルの手の中に光沢のない漆黒の短剣が出現しました。同時に全員に見えるように説明ウィンドウが表示されます。これにもふたりはちょっと驚いたみたいですね。
【アイテム獲得
『黒獣の影牙』短剣/ランクB
光を反射しない漆黒獣の牙より削りだされた短剣。
使用者の気配を消す隠遁の効果を発揮する。】
「おぉー!」
ルルが目をきらきらさせて手に入れたナイフを持って眺めます。女の子が刃物を手にして喜ぶっていうのはどうなのでしょうね。
「ルルちゃん、もしかしてそれって魔法の……」
「そうみたい、持って意識するとなんか自分の気配薄れた気がする」
「うわぁ」
ただユリアが凄い羨ましそうにしてるので、この世界の女性たちはたくましいっていうのが正解なんでしょう。基準がわかりませんけど、それなりの魔法の装備がひとつあれば冒険者として生きていくのに苦労しなくなるとか。
「つ、次は私ですね」
早速適当な廃材を持ってきてナイフの試し切りをしているルルを横目で見ながら、緊張した様子でユリアがガチャガチャを回します。ご主人さまも何だかんだで甲斐甲斐しく働くユリアを気に入ってるようなので、今回のガチャにも呼んだのでしょう。
変態鬼畜ですが奴隷を多頭飼いするだけの甲斐性と、日本人特有の善性というか責任感はあるのです。このままユリアの方もご主人さまを好きになって、ボクを間に挟まない主従関係が成立してくれると安心なのですが。
……まぁ、こればかりは焦っても仕方ありませんね。
ていうかルルがスパスパ切れた廃材の断面を見て尻尾の毛を逆立ててます。刺さってた釘ごと切れてたらそりゃビビりますよね。伊達にガチャ産じゃないのです。
「ふわぁー!」
その時、新しい力を手に入れたユリアの歓声が上がりました。手元に何もない所を見るにスキルだったのでしょう。一拍遅れてウィンドウが出現します。
【スキル獲得
『天賦の斧才』パッシヴ
斧を扱う才能を底上げし、成長力を高める。
普通にやれば一流、努力をすれば超一流を狙える才能。】
ぐ、またしてもオーソドックスで自分に合致した能力を……!
体幹の強いユリアにぴったりじゃないですか。
「おめでとう、ユリアちゃん!」
「二人共よかったな」
「……おめでとうございます」
「ありがとうございますっ!!」
大喜びで尻尾が揺れてます。まぁ神様直々に『君凄く斧使う才能あるよ』って言われたようなものです。元冒険者だった彼女の心情を考えれば仕方ありません。
というかですね、なんでボク以外の人間だけが当たりを引くのか。邪悪な意図が見え隠れしています、これは絶対に何かの陰謀なのですよ。
ボクの台頭を恐れる何者かが裏で手を回しているのです、そうに決まってます。
「ソラ? やらないなら次は俺がやるぞ」
「どうぞ、真打は最後に登場するのです」
ルル&ユリアと違って手慣れた様子でガチャガチャを回すご主人さまを、二人が興味深そうに眺めています。ただでさえ能力の高いご主人さまが更にパワーアップすると聞いて複雑な心境だったりするのでしょうか。
今回は……どうやらスキルみたいです。
【スキル獲得
『聖剣技』アクティブ
特殊な効力を持つ必殺技を繰り出すスキル。
技名を叫ぶことで発動させることが出来る。
必須装備:長剣、大剣、騎士剣】
「ぶふっ」
思わず吹き出してしまったところでご主人さまに睨まれました、ノリと勢いで勇者の必殺技とか再現するからそんなスキルが出るのですよ、頑張って中二病を極めてください。ボクはご主人さまの黒歴史を心のメモ帳に書き連ねながら応援してます。
「シュウヤさま、ますます勇者っぽくなりますねぇ」
「イメージ出来てしまうのが凄いですね」
勇者の資質に惹かれたのかあからさまに媚びを売るルルと、ちょっと憧れてるような表情をするユリア。
彼女の方もご主人さまに好意を抱いているようなので、時間さえあればご主人さまがユリアの傷を癒してくれる事でしょう。チート野郎はもっと厨二病を晒して傷付いてくださいね。
「カッコイイ必殺技をおねがいしますね、ご主人さま」
遅れながら、ボクもにやにやと祝辞を述べておくのです。
「覚えてろよ……」
聞こえませんねぇ。ご主人さまは横を向いて口笛を吹くボクを睨みながら、2回目のガチャガチャを動かします。どうやらまたスキルだったみたいです。
【スキル獲得
『女殺し』パッシヴ
女性に対するあらゆる攻撃の効力が1.5倍になる。】
「うわ……」
「――――びゃん!?」
「お嬢様!?」
反射的に脱走しようと立ち上がったらおもいっきり転げました、腰が抜けてて力が入らないのです……。でかいベッドで助かりました。危うく床に転がり落ちるところでしたよ。
何という危険なスキルを入手してるのですかこの変態は、そっち方面のスキルはもういらないのです。性豪だけで十分なのですよいい加減に勘弁して下さい。
「試し打ちの相手は決まったな?」
「ぐぬぬぬー!」
この野郎、昨日あんだけ暴れておいてまだ暴れたりないとかどん引きです、最低です。最低のクズってやつなのです。土下座するのでやめてくださいお願いします。
「ほら、ソラの番だぞ」
にやにやしながらボクを抱き寄せたご主人さまがガチャガチャの眼前に座ってボクを膝の上にのっけます、下半身に力が入らないので逃げられません。詰みました。
このチート害悪め、終わり次第殺る気です。
うぅ、処刑直前の人間の心境がよく分かるのです。ご主人さまは新スキルの効力を試すべく、実行までのカウントダウンが始まっているようです。なんでわかるのかって? 胡座をかいた真ん中に座らされているボクの状態を考えれば自ずと答えは見つかるはずなのです。
わからない人はずっとわからないままでいてください、そのままの君でいて。
心を無にしてガチャガチャにコインを投入して回します。こうなったらさっさと終わらせて潔く散りましょう。どうせハズレなんでしょう、ぺっ。
しかし出てきた光の玉はなぜか虹色に輝いていました。四層の環状魔法陣が、くるくると回りながらゆっくりと浮かび上がると、七色の光をリボンのように撒き散らしながらはじけます。アイテムはでなかったのでスキルのようですね。しかしエフェクトが大きく異なるのが気になります。
「なんか大当たりっぽいな」
確かにと同意しながら、期待を押し殺して出現したウィンドウの説明を読んでいきます、ちょっと長いですね。
【スペシャルスキル獲得
『聖母の雫』パッシヴ/女性専用】
どうやら普通とは違うのは本当のようです。ひょっとして期待が持てるかもしれませんが、何だかスキル名と女性専用という言葉が非常に不穏なのです。
【ホルスタウロス族の血統スキル『母なる雫』の上位互換のスキル。
魔力と体力を大きく回復させる効果を持つ体液が乳腺内で精製されるようになる。
保有魔力が高いほど、回復効果と毒や状態異常に対する中和効果が高まる。】
「「「…………」」」
4人分の沈黙が部屋を支配します。これはあれですね、要するにユリアと同じ体質というか、回復効果を大幅に強化したものって事なんでしょうね。
この世界では外的要員によって魔力を一瞬で回復させる手段は殆どありません。他者の魔力を回復できる超絶貴重な回復スキルです。
ユリアの成人を迎えた後で調べてもらったことですが、どうやらホルスタウロス族の母乳にもこのスキルと似たような効力があるようでして。
健康に良いとか滋養強壮に効くとか、単純に栄養価が高いだけが人気の理由ではなかったのです。そういった薬品製造能力を踏まえて非常に高値で取引されるそうな。金貨600枚は伊達じゃないのですね。
ふぅ、ではそろそろ現実逃避は終わりにしましょうか。腰にためた拳をえぐりこむようにウィンドウに向かって突き出しま――――!?
よ、避けた、ですって……、当たる寸前、ウィンドウが自然な動きでするっと横向きになって唸る拳を躱したのです。愕然とするボクの眼前でゆっくりとウィンドウに書かれていた文字が変化します。
【女の子が乱暴はダメですよ^^;】
「やろうぶっころしてやる!!」
「落ち着け!?」
叩き割ってやろうと手を伸ばした先でウィンドウがボクを嘲笑うかのように奮えながら空気に溶けて消えていったのです。
許されません、あの顔文字だけは許されません、例え天地が許してもあの顔文字だけは、あれだけはボクが許しません。
「何なんです! 何なんですか! あのウィンドウの文章は一体誰が書いてるのですか!!」
暴れるボクを抱きしめるご主人さまに涙目になりながら言い募ります。あれはだめです、決して許されてはいけないものなのです。
「あぁ、多分……この世界の神だろうなぁ……」
困ったような遠い目をしながら答えるご主人さま。その正体を聞いたボクは何かが胸にすとんと落ちてくる感じがしました。
ボクのすべきこと、下克上の最大の目標が今定まったのです。ご主人さまなんて小物だったのです、ボクの標的はもっと大物であるべきでした。
荒れ狂う激情を胸に抑え込み、ボクは決意したのです――――――
「そうですか、そうだったんですか……ふふふ、解りました、全部解りました」
――――必ず、神を斃してみせると。
◇◆ADVENTURE RESULT◆◇
【EXP】
MAX Combo 2
BATTLE TOTAL 2
◆【ソラ Lv.18】+2
◆【ルル Lv.6】+2
◆【ユリア Lv.0】
◇―
================
ソラLv.18[186]→Lv.18[188]
ルルLv.6[63]→[65]
ユリアLv.0[0]
【RECORD】
[MAX COMBO]>>30
[MAX HIT]>>30
【PARTY】
[シュウヤ][Lv38]HP542/542 MP830/830[正常]
[ソラ][Lv18]HP2/32 MP10/140[疲労]
[ルル][Lv6]HP164/422 MP28/28[疲労]
[ユリア][Lv.0]HP440/440 MP32/32[正常]
================
【Comment】
【一言】
「えぐっ、ひっく、吸わ、れた、飲ま、れた、のです……ぐす、ひく、うえぇぇぇん」
「………………にゃ、にゃー……」
「お嬢様、ルルちゃん、お湯が湧きましたよ……ルルちゃん? あれ、ルルちゃん!?」
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