第10章  『前園幸助は空を仰ぐ』→第11章 『夢月れいかは小説を読む』

   第10章 『前園幸助は空を仰ぐ』



『約束の矛先』を書き終えた頃には、空はすっかり白んでいた。


 アパートの下で凝った肩を解していると、どこからともなく鈴寧さんがやってきて、


「完成したようですね」

「あ、はい……まぁ、一応」

「れいかちゃんはまだ眠ったまま?」

「……えぇ。昨日からずっと眠ってます。というか、鈴寧さん、部屋の外からずっと監視してましたよね?」

「あれ? 気づいちゃった?」

「いや……向かいのアパートから双眼鏡でじっと見られてたら、さすがに気づきますよ……」

「前園くんがれいかちゃんに変なことをしないよう、見張っている義務があるのよ」

「……はぁ。そうですか」


 要は、わざと気づかれるように監視してけん制してたってことか……。信用ないな、俺……。


 鈴寧さんは近くにあった自販機で缶コーヒーを二本買うと、一本を俺に渡してくれた。


「ありがとうございます」


 プルタブを開け、一口飲み込むと、目が覚めるような苦味が襲った。


 鈴寧さんも同じようにコーヒーを一口飲むと、淡々とした口調で言った。


「あの子の寿命は、今日の二十三時ちょうどよ」

「そうですか……」

「夜には私が二人を遊園地まで連れていくから、それまでに少しでも休んでおきなさい」

「わかりました……。ところで、鈴寧さんはれいかの本当の目的を、最初から知っていたんですか?」

「えぇ、もちろん」

「……止めなかったんですか?」

「当然止めたわよ。そんなくだらないことに残りの寿命を費やしてもいいのって。でも、れいかちゃんは聞く耳持たなかったわ。私の人生だから、どう生きるか、どう死ぬかは私に選ぶ権利がある、ってね」

「強情ですね」

「えぇ、ほんとに」

「でも、れいからしいですね」

「……まぁね」


 缶コーヒーを飲み終えると、軽く会釈だけして自分の部屋に戻り、眠りについた。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



   第11章 『夢月れいかは小説を読む』



 またも前園さんのアパートで目を覚ますと、前園さんは床の隅っこで小さくなって寝息を立てていた。


 私がベッドを占領していたせいで、前園さんはこんな、猫みたいに寝る羽目になったのだろう。その心意気は紳士的で素晴らしいと思うけど、硬い床で顔を歪めている前園さんを見るとなんだかおかしくて笑ってしまった。


 視界の端に、スリープモードになったままのパソコンがあり、私はその前に座ると、ボタンを押してスリープモードを解除した。


 画面いっぱいに『約束の矛先』の原稿が表示される。どうやら見事完結したようだった。


 ネットに上がっている『約束の矛先』の内容は、日々少しずつ記憶が消えてゆく女性が、恋人の男性に「もしも私があなたのことを忘れたら殺してほしい」と願い、共に生きていく話だ。


 そしてその物語の終盤では、完全に自分のことを忘れてしまった彼女を、恋人の男性は約束通り殺すのかどうかというところで止まっていた。


『約束の矛先』がどのような完結を迎えるのかなど、私にとってそれほど重要なことではなかったけれど、まぁ、目の前に完成原稿があれば読んでみようかな、くらいには思えた。


「前園さんは結局、どんなラストを選んだのかな?」


 独り言をつぶやきながら、ゆっくりと時間をかけて続きを読んだ。そのせいか、たった三話を読み終える頃には一時間も経過していた。


「……まぁ、前園さんらしいラストかな」


 それからほんの少しだけキーボードを叩いて、もう一度ベッドに横になり、眠りに落ちた。

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