第44話 ペイジ

 長さ一間の分厚い木材を、どう持ち帰ったものか小熊は少し迷った。

 近隣のホームセンターで何かを買い、無料貸し出しの軽トラックを借りて持ち帰る途中に大学に寄って、一緒に運ぶという名案を思いついた小熊が、カブに跨ろうとしたところ、プレハブ二階の部室でずっと寝ていたペイジが出てきた。

 赤毛をかきあげたペイジは小熊を見て、プレハブ一階の倉庫にある木材を一瞥してから言った。

「ジムニーに積める」


 そのままペイジはプレハブの奥へと歩いていく。ジムニーのエンジンを始動させた事は、チャンバーの排気音を聞くまでもなく、オイルの燃える白煙と匂いだけでわかる。

 ジムニーは四輪の自動車である事が信じられないくらいの身軽な動きで、プレハブの前に回り込んできた。レンチを一本持ってジムニーを降りたペイジは、反対側のドアを開けてあっという間に助手席のバケットシートを外した。

 ペイジはジムニーのテールゲートを開けて、木材を運び入れようとした。それほど力は無いらしく一人では持ち上げられない様子。


 きっとこのジムニーに対しどこまでも純粋な少女の腕は、ジムニーのパワーステアリングの付いていないステアリングを回すためにあって、他の用途など不要と考えているんだろう。もしもジムニーが脱輪し、持ち上げる必要が生まれたなら、それまで存在しなかった筋肉がどこかから現れても不思議じゃない。

 小熊は木材を持ち上げながら言った。

「たぶん積めないと思う」

 積み込み作業を見物していた春目が言う。

「ペイジちゃんが積めると言ったら必ず積めますよ」


 まるで当たり前の事を言うような口調で言ったところで、積荷の物理的な長さはジムニーへの愛着や技術ではどうにもならない。そう思いながら積み込んだところ、やはり室内長が足りていない。後部から木材が十cmほどはみだし、テールゲートを閉められない。

 せっかくジムニーを用意して貰ったが、これで公道を走るのは無理。そう思った小熊が一度積んだ木材を下ろそうとしたところ、ペイジは手で制し、木材の後端を持ち上げた。

 木材は問題なくジムニーの室内に収まる。四角い空間の長辺よりも対角線のほうが長い。それに木材の先端を下げれば、足の収まるスペースまで使える。当たり前の事に小熊は気づかなかった。もしかしてペイジにそうしてほしくて、わざと気づかずに居たのかもしれない。


 小熊は自分がカブの事を細部まで知り尽くしていると思ったが、ジムニーを自らの体に等しいものとして熟知しているペイジにはまだ敵わないと思った。セッケンとこれ以上深い関係を持つのは勘弁願いたいが、ペイジとはもっと話をしたい。バイクや車ではなく、ただその純粋な生き方に興味がある。

 小熊は一人乗りになったジムニーの鍵を投げ渡した。

「私は二階で眠っている。使い終わったらジムニーはプレハブの裏に、鍵は私のポケットに」

 それだけ言ったペイジはプレハブの階段を登って行った。小熊はジムニーのバケットシートに乗り込んで、四点式のシートベルトを締め、エンジンを始動させた。

 小熊は他人からの借り物をぞんざいに扱う人間ではなかったが、自分を信頼しキーを預けてくれたペイジに敬意を払い、特に丁寧に乗ろうと思った。

 このジムニーのシートに身を委ね、微かに振動するステアリングを握っていると、ペイジの体に触れたような気分になる。

 

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