第22話 和室と炬燵
工事現場で見かけるようなプレハブの外階段を昇った小熊は、一階を埋め尽くしていた不用品、この竹千代という女の言葉を借りるならリサイクル商品が二階にまで侵食しているのを見て、このまま後ろからついてくる春目を蹴り倒して逃げたほうがいいのかもしれないと思った。
一階が家具や建材の部屋として使われているのに対し、衣類の保管場所として機能しているらしき部屋の前を通り過ぎた竹千代は、アルミサッシの引き戸を開けて奥の部屋へと小熊を招き入れた。
引き戸の擦りガラスには、工務店やビルテナントで見かけるような切り文字が貼り付けられていた。
~節約研究会~
この得体の知れぬプレハブの正体が少しだけ分かった気がした小熊は、いつでも逃げ出せるよう全方位に気を配りながら入室した。
内部はコンクリートが張られた一畳ほどの
「ここでは靴を脱ぐんだ」
小熊はバイトの面接や客先への訪問でも、土足禁止の場所が苦手だった。靴を脱ぎ備え付けのスリッパに履き替えた途端、逃げる足を奪われたような気分になる。
竹千代は足を揃えて座り、黒いワンピースドレスに似合っているような、和服地の素材にはミスマッチなようなウイングチップの革ビジネスシューズを脱ぎ、土間の横にある昔の銭湯で見かけたような下駄箱にしまっている。
この先にある物に少し興味を惹かれた小熊は、何か危ない目に遭ったら靴一足くらい諦めて逃げようと割り切りって自分の革ショートブーツを脱いだ。こういう土足禁止の場所にありがちなスリッパは薦められなかった。そのほうがありがたい。
あのスリッパという物を履くと、床を足裏で掴んで踏ん張れなくなる。もし小熊が剣道をやっていたとして、スリッパを履かされたら数段下の相手にも負けるだろう。案外スリッパというものは、そういう目的で履かされる物かもしれない。
小熊が三和土から床に上がると、春目が框に座り込み、安全靴を脱いだ。黒革の編み上げ半長靴は傷だらけで、すりきれた爪先から鉄板が覗いている。靴同様に傷んだ紐はいつ切れてもおかしくないくらいボロボロだった。
玄関スペースの先にはもう一つ引き戸があった。精緻な模様の入った障子戸。建て売り住宅で見かけるような安価な物ではない事は、滑らかに開く感触でわかる。
障子を開けると、中は十二畳の和室だった。小熊の木造平屋にある物よりずっと新しい畳が敷き詰められ、中央には炬燵が置かれている。部屋の奥には縄暖簾がかかっていて、台所らしき物が見える。
プレハブ特有のスチール板一枚だけの壁は、唐紙を貼った木枠のボードで隠されていて、天井にはスギらしき木の板が貼られている。いずれも安価な偽物ではない。
当たり前のように最奥の上座に落ち着いた竹千代が、自分の左側に置かれた座椅子に座るよう促す。出口側の下座が割り振られているであろう春目は、部屋に入るなり縄のれんをくぐって台所に入り、ヤカンにお湯を沸かしている。
小熊が足を突っ込んだところ、炬燵は掘り炬燵だった。小熊が居た山梨でも旧い邸宅にあった気がする。真冬ほど寒くないが、エアコンいらずというにはやや寒い今日の気候には、仄かに暖かい炬燵が心地よかった。
上等な炬燵布団に指で触れた小熊は、部屋を見回して言った。
「金がかかっていますね」
台所で湯呑みをひっくり返す音が聞こえた。竹千代は口に手を当てて笑っている。それから小熊に言った。
「全部、タダで貰ってきたものだ」
小熊はもう一度部屋の調度品を眺めた。目の目に置かれた炬燵の天板さえ、家電量販店では見かけないような分厚い楓材で出来ている。他にも値の張りそうな物があちこちに置かれていた。
置かれた物の価値や入手経路より、小熊は価格相応に重量の嵩む物が幾つも置かれた床の強度が気になったが。プレハブは構造が単純だけに必要に応じ補強出来る事は知っていた。
竹千代は。この不可思議な場所について聞きたい事が幾つも沸いてきた小熊を見つめ、ミステリアスな笑みを浮かべる。どうやら節約研究会という看板に偽りは無いらしい。
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