スーパーカブ7

トネ コーケン

第1話 LIFE

 大学のある南大沢の駅から南へ、緩く長い坂を登った。

 坂の頂点にある八王子の市境を越えて町田市に入り、大きな葬祭場の横を少し走った先に、これから暮らす住処がある。

 小熊は児童公園と畑に挟まれた狭い敷地の前に、日産サニーのピックアップトラックを駐めた。


 幼い頃に出生地の埼玉から引っ越して以来、ずっと暮らしていた山梨の集合住宅を引き払った小熊は、世話になっている中古バイク屋から借りた小型トラックに家財を積み、新しく賃貸契約した木造平屋まで運んだ。

 高校一年の時に母が失踪し、同じ集合住宅の家族向け2LDKから独身者向けワンルームに引っ越した時、家具の多くを売却、処分したため、運んできた荷物はそう多くなかった。


 勉強机、パイプベッド、テーブルと椅子、そう多くない書籍と衣類、ここ一年少々で増えた工具とバイクの部品。全てサニートラックの荷台に収まった。

 小熊が所有している物の中で最も値の張る原付バイク、ホンダ・スーパーカブはまだ山梨に置いている。これからトラックを返しに行き、そのままカブに乗って同級生の礼子と椎と一緒に東京に来る。卒業旅行を兼ねた東京ツーリングを予定している。


 サニートラックから降りた小熊は、今時パワーステアリングじゃないハンドルの操作と、やたら重いクラッチ、硬いサスペンションとバケットシートのせいで少し強張った体をほぐす。

 中古バイク屋のシノさんがバイクを輸送するトランポとして買い、いつのまにか遊び車を兼ねるようになったサニートラックは、高速代を節約するため、本音としてはより面白い道を走るため選んだ山梨から東京までのワインディングロードでは商用車とは思えないほど活発で扱いやすく、ついタイヤを鳴らすほど飛ばしてしまった。


 荷物を降ろす前にどこに運ぶか、作業の動線を決めるため、小熊は自分が借りた家とその周辺を見渡した。

 一戸建てといっても2LDKの小さな木造家屋。昔は文化住宅や公営住宅と呼ばれ、最近ではフラットハウスやテラスハウスなる呼び名でリノベーションの素材として注目されているという旧い平屋が、道路から車一台を何とか駐められる敷地を隔てて建っていた。


 道路から向かって左側と裏側は、やっと人が通れる程度の空間しか無いが、右側に少しあるスペースには、貨物列車に使われていたというカエル色のISO規格コンテナが置かれている。

 この春から進学する大学の豪華な女子寮への入居を、バイク禁止という寮則のみを理由に断った小熊は、古びた木造の家よりも、このコンテナに惹かれて賃貸契約を決めたのかもしれない。

 

 とりあえず荷物は家のコンテナに面した側にある大きな掃き出し窓から運び入れるのが最も効率的だと思った小熊はトラックに歩み寄り、引越し荷物の一番上に積んであった、カブより付き合いの長いパナソニック・レギュラーの実用自転車を降ろし始めた。 

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