第4話 役者は揃った、らしい
『国立ヴァイス学園』。校門にそう書かれていて初めて学校の名前を知った。んな馬鹿なと自分でも思う。しかし本当に何も知らないのだ。自分の学年もクラスも、教室の場所も。転校生の気分だ。
自分とエリザベートが乗った馬車が校門に近づくと、ばっと人の波が左右にわかれた。その異常な光景を変に感心しながら見つめる。なんかこういうの見たことある気がする、海が割れるやつ。侯爵令嬢ってすごいんだなあと他人事のように思う。自分は初めて見たけれど、きっとこれは毎朝当たり前のことなのだろう。
馬車が止まって外から扉が開けられ、御者に伸ばされた手を慣れた様子でとってエリザベートが降りた。こちらを振り返ってくるのでおそるおそる自分も降りる。
馬車から降りてもエリザベートの前には学校に向かって真っ直ぐ道ができている。すごく歩きやすいけど、すごく心許ない。
ぽっかりとあいた空間を歩くエリザベートと自分に、2人だけ近づいてきた。
「エリザベートさま、ごきげんようですー!」
「今日もお綺麗でございますわあ!」
双子なのか、そっくりだった。ちょっと見分けがつかない。エリザベートと同じように制服に身を包んでいる。髪を結んでいるリボンが白と黒。その違いくらいしか見つけられなかった。
「ごきげんよう、ルル、ララ」
あー、名前は覚えやすい。でもどっちがどっちかわかんない。
うーんと首を傾げていると、ルルララがこちらを睨みつけた。
「ちょっと、何ジロジロ見てるのよ」
「相変わらず気持ち悪いですー」
……おっとっと、これまた随分な。
でもここはたぶん何も言っちゃいけないな。我慢だ。視線を落として黙っていると、ルルララは同時にふんと鼻を鳴らした。
「あなたなんてエリザベートさまのご好意でお傍に居られるだけなんだから。エリザベートさまを敬愛してやまない私でも、あなたなんかを傍に置いているのだけはずっと理解できないわ」
「エリザベートさまの足を引っ張るのはやめてほしいですー。たかが男爵家の息子のくせに、分を弁えろですー」
うーん、このですです言ってくる方がウザイけど、どっちだろう。
「行くわよ、ルル、ララ」
「はい」
「はいですー」
2人はエリザベートに呼ばれると、ぴったりとくっついて歩き始めた。その後ろを少し離れて歩きながら、たぶんこのポジションで間違ってないなと頷く。この2人はエリザベートのいわゆる取り巻きなのだろう。
『腰巾着』と言われるハルクの立場がよくわからなかったが、同じ側とも言える取り巻きでさえこの態度なら他の人たちにはもっとよく思われていないに違いない。
これからのことを考えてうんざりとした。
* * *
どうやらルルララは違うクラスのようで途中で別れた。よくわからないのでエリザベートにくっついていたが何も言われないまま教室に辿り着いたので同じクラスなのだろう。
エリザベートが中に入ると一瞬教室の音が無くなった。それを意に介すこともなく彼女は席につく。
「どうしたの、ハルク。早く座ったら?」
「あ……ハイ」
エリザベートの後ろの席を指されたのでそこに座る。すごく居心地が悪い。彼女は話しかけてくるような様子もなくじっと真っ直ぐ座っている。
正直なところ、今までエリザベートが本当に悪役令嬢なのか確信が持てていなかったけれど、こうして学園に来てそうなのだなと肌で感じた。あからさまによそよそしい雰囲気に、怯えるような視線。そして彼女の背中にこっそりと刺される敵意。腰巾着の自分にも同じものを向けられているのがわかる。
がらがらと扉が開く音がした。そちらを何気なくみて凍りつく。
まず入ってきたのは茶目に茶髪の女子生徒。続いて赤目の赤髪、青目の青髪の男子生徒。
全員見たことがある。茶色はヒロイン。赤いのも青いのも、全く名前は覚えていないけれど確かに見た。
――あいがくのキャラクターだ。
なぜかヒロインがこちらを見て大きく目を見開いたが、やっぱりタイが死ぬほど変なのだと思う。
「うわあああ……」
物凄い小声で唸りながら頭を抱える。
確かにハルクという他人になったことは一応受け入れた。けれどゲームの世界だということは話が別だ。正直まだ実感が湧いていなかった。
しかしここまでぴったり当てはまってはもう違うとは思えない。
いや、どうせ自分の世界に戻れたとして、わたしたぶん死んでるんだけど。でもゲームの世界て。ゲームて……
静かに悶えるわたしの前でエリザベートが立ち上がった。つかつかと靴を鳴らしながらそちらに近づくと、ヒロインたちの前に腕を組んで立ち塞がる。
「あらマリアさん。始業ギリギリにいらして、随分と余裕だこと」
「エリザベートさん。おはようございます」
イケメンたちに囲まれていたヒロイン――マリアというらしい――は顔を上げるとエリザベートに軽く頭を下げてお辞儀した。
「エリザベート様とお呼びなさい、平民。礼儀がなっていなくてよ」
強い口調にマリアはびくりと肩を揺らす。
「す、すみません……」
驚いて目を瞬いた。エリザベートはそんなふうに言う子ではなかったような。それに、自分に対していたときとは全く違う険しい顔だ。ぎりぎりとマリアを睨みつけている。はっきりとした敵意を向けている。
そう、その姿は――まさに悪役令嬢。
ヒロインとイケメンたち、悪役令嬢、それに腰巾着の自分。
どうやら役者は揃ったらしい、と現実逃避気味にぐるりと目を回した。
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