第7話 制限時間は3分です
“どうも、名前も知らないぼく。やりにくいから自己紹介だけ頼んでもいい?”
「あ、えっと、晴香、です」
“ハルカ、か。変わってる名前だけど、似てるね、ぼくら”
勢いに飲まれて返事をしたものの、我に返って頭を抱える。これ、どういう状況!?
“じゃあ、ハルカ。きみは一体どこの誰だ? どうやってぼくの体に入った? 何の目的で?”
「目的? いや、なんて言うか、わたしもよくわからないというか……入りたくて入ったわけじゃないというか」
ちかっとブローチが瞬く。
“……へえ? あいつの手先じゃないの?”
「あいつって、もしかして日記にずっと出てきてた『あいつ』のこと?」
しばらく返答がなかった。随分経ってから長いため息が聞こえる。
“……なんかとぼけすぎてると思ったけど、本当に違うのか。それならますますよくわかんないな……”
ひとりでぶつぶつと呟くブローチ――もといハルクに慌てて呼びかける。
「えーと、ちょ、ちょっと待って。え……え? ハルクは、じ、自殺、したんじゃ……?」
“……うん、そうだね。一応は敵じゃないとわかった以上、お互いに情報交換した方が良さそうだ”
ハルクが落ち着いた声で言う。
“人に訊きたいなら自分から、ってね。ぼくから説明するよ。自殺……まあ格好的にはそうかもしれない。ぼく、嫌だったんだよ、『ハルク』でいることが。きみもそれを読んだならわかったでしょ?”
「それは、なんとなく……ごめん、勝手に読んで」
“いいよ、そっちの方が話が早いし、何もかも書いてるわけじゃないから。……とまあ、そんなわけで『ハルク』からもう出ようと思って。でもそのまま死ぬわけにはいかなかったから、とりあえずこのブローチに魂を移動させたんだけど。そしたらなぜかぼくがぼくの部屋に入ってきたものだからすごく驚いて。どうしようかと思ってたんだけど、やっと見つけてもらえて良かったよ”
「す、ストップストップ! 魂を移動させるとか簡単に言うけど、そんなこと可能なの?」
“魔法でね。ま、禁忌だから知らなくても無理はないけど。ぼくは優秀だから”
「ま、魔法……魔法、すご……」
ファンタジーな世界だとは思っていたけれど、そこまでがっつり魔法な世界だったとは。どうにか口を開いてたどたどしく言えば、“僕がすごいんだけどね”、とブローチから自慢げな鼻息が聞こえてきた。
“それで、ハルカはどこの誰? ……ぼくのことを知っているようだけど。あいつの手先じゃないなら、どうして?”
なるほど、それで怪しまれていたのか。確かに初対面で名前を知っていたらおかしいもんな。
別に隠したいわけじゃないけど、信じてもらえるかは別問題だ。だって、別の世界から来たとか、ここがゲームの世界とか。そんなのわたしが聞いたって嘘だと思う。でも言わなければきっと更に怪しまれる。
「うーん……その、落ち着いて聞いて欲しいんだけどね。本気だからね、騙そうとか思ってないからね?」
“ぼくはずっと落ち着いてるつもりだけど。落ち着いてないのはハルカだよ”
さいですか。それは申し訳ない。
「……えー、じゃあまず、わたしは誰かって話だよね。わたしは、ここじゃない世界で普通の社畜……じゃないや、OLだったんだけど。OLっていうのは、んーなんだろ、大きな組織に所属して働いている人、でね」
“うーん、騎士みたいなもの?”
「へっ」
思っていたよりすんなりと受け入れられて拍子抜けする。思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「……あ、えっと、騎士だっけ? 上司とかいるところは一緒かな。わかりやすいしそれでいこう。で、なんでハルクを知ってるかっていうと、わたしの世界では、この世界のことが、その、有名、っていうか……」
ゲームとしてだけど、とか言うとまたまどろっこしいことになる気がするのでこうして説明するしかない。そもそもゲームという概念自体がないだろうから、どこから話すべきかわからないのだ。
“有名? きみたちは自分の世界以外の世界が存在すると知っているってこと? そして観測できる……?”
厳密に言わなくても違うものの、どうせバレないのでそういうことにして頷いた。
“なるほど、すごいな……じゃあハルカがここにいるのは、きみたちが他の世界に干渉できるってこと? しようと思えば元の世界に戻れる?”
「ううん、それは無理。さっきも言ったけど、わたしもなんでここに来ちゃったのかはわかんないの。あとなんでハルクの中に入っちゃったのかも。……あとまあ、戻ったところで、戻るところがないというか」
“……どういうこと?”
「わたし、ハルクとして目が覚める前、たぶん死んだんだよね。うん、たぶん。だから戻っても……あれ? わたし天国とかに行く感じになる? ……行ける、よね?」
改めて考えると物凄く怖くなってきた。今までハルクとしてこの世界に順応することばかりに気を取られて考える余裕もなかったけど、なんかこれやばくない? わたし、お空に行くはずだったところをなぜかハルクの体に吸われたってことだよね?
今更愕然とするわたしをよそに、ハルクはふーんと呑気に相槌を打った。
“まあ、なんとなくの事情はわかったよ。あと、ぼくもきみも、お互いに現状がよくわかってないってことがわかった”
「…………だめじゃん……」
わたし今、ブローチを手に乗せてぶつぶつ喋ってる残念な子の図なのに。滑稽すぎる。これからこれがずっと続くってこと?
本物が外で、他人が中にいる状況ってどうなの。たぶんなんだけど、かなり大変な事態になってるんじゃないかなあ、これ。
「ていうか……全然驚かないんだね。わたし、別の世界から来たって言ってるんだよ?」
“だって実際こうして目の前で自分が動いてるんだから、信じるしかないしね”
ブローチがちかちかと点滅した。肝が据わってる。わたしが自分でも信じられないくらいなのに、随分簡単に納得してくれるんだな……
“――というか、異世界から来たとかどうとか、そこは正直ぼくにとってはどうでもいいんだよね。だから本当でも嘘でもどっちでもいいっていうか”
「え?」
“ハルカは、戻る場所が無いわけだよね”
「う、まあ、そういうことになりますかね……」
“今のぼくにとって、大事なのはそこだけだよ”
もちろん表情はわからないけれど、ハルクが笑った気配がした。しかも、いやな感じで。
“ねえハルカ。取引しよう”
「取引……?」
“ぼくの体はハルカにあげる。元々、ぼくは好きじゃなかったんだ、『ハルク』のこと。だからそれはもうきみの勝手にしていいよ。そのかわりに、ぼくと一緒にあいつらをヤってほしい”
「ヤる……殺る!? 絶対殺るのイントネーションだったよね今!」
“そう聞こえたならそうかもね”
「ふ、不穏過ぎるんだけど! ノリ軽いし! 人殺しはここでは犯罪じゃないの!?」
“いや、普通に捕まるけど”
「は、はああああ!?」
思わず頭を抱える。何を言ってるんだこいつは。
“でもこれはハルカのためでもあるんだよ。たぶんね、ヤらなきゃヤられると思う”
「どういうこと?」
“あいつは、本気を出してきてるから”
「だから、そのあいつって誰なの――」
わたしの言葉を、“あ”と間抜けな声が遮った。
「…………何?」
“そろそろ時間だ。ぼくさ、どうやら一日に3分しか話せないみたいなんだよね”
「なにその某巨大変身ヒーローみたいなシステム!?」
“ということでまた明日”
「ちょっ、ちょっと……ハルク!」
“なに? あ、ごー、よーん、さーん……”
「なんかっ、日記と全然印象違うんだけど!」
ハルクは唾を飛ばさんばかりに詰め寄ったわたしに短く声を立てて笑った。ひどく嬉しそうに。
“だってもうハルクはきみだし。ぼくはハルクがどうなろうともう構わないし。
きみのおかげで、もうぼくはハルクじゃなくても良くなったんだ”
そう無責任でよくわからないことを言ったきり、ブローチは黙り込んでしまった。擦っても撫でても、もううんともすんとも言わなかった。
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