第18話 明治時代とアイヌ児童教育

巳代治「アイヌと称するといえども我帝国の人民なり。我が四千万同胞中の兄弟なり」

堅太郎「巳代治の言葉は、明治25年に『日高国志料. 沙流郡之部』、明治43年に『名寄案内』を記した北海道の役人・御子柴五自彦さんの論説の一部です」


巳代治「アイヌと称しても我が国の人民であり、我らの兄弟であるってことだね」

堅太郎「そう。これに、彼らを教育の外に置いてはいけないし、普通教育を受けさせるのが国家の責任であり、各人の義務であると続きます」


巳代治「北海道のことは僕より金子君だね。明治18年の『北海道三県巡視復命書』のときに、そこそこ見て回っていたよね?」

堅太郎「伊藤さんに夏休み使って北海道を回って来いって命じられて、7月22日に出発して10月2日に帰京するまで回った」

巳代治「過酷な夏休みだね……」

堅太郎「千島列島まで行ったからね」


堅太郎「さて、僕が北海道に行ったときのことを話すと、明治18年当時、北海道では内地と同じ教育をしていました。でも、それは北海道の実情と合わないものだったのです」

巳代治「これは教育する側の問題だよねぇ……」


堅太郎「そう。商業が盛んな一部市街を除けば、漁民・農民、あと古い言い方をそのままと使うと旧土人、つまり士族じゃなくて学校に来るのは平民なのに、学校で論語を教えてるんだよ。屯田兵の学校は農業を教えていたんだけど。だから実情に合ってないと報告したよ」


堅太郎「僕が行った頃、聖公会のイギリス人宣教師ジョン・バチェラー氏が私塾を開きました。彼はアイヌへのキリスト教教育をしていた人で、登別の私塾にはアイヌの児童が通っていました」


巳代治「その後くらいから、小学校が北海道各地で出来始めました。ただ、明治20年代の小学校は『住民が小学校を作って欲しいと求める→寄付金を募る→政府が補助を出して校舎を作る→教師を呼ぶ』だったので、和人とアイヌが混在する集落は小学校が増えたのですが、アイヌだけの集落は学校が増えず、就学率も極端に低い状態でした」

堅太郎「さっきの「平民に士族みたいな論語を教えてどうする」と同じで、アイヌの生活習慣に合ってなかったんだよね」


巳代治「当時はまだ学校道具とかが生徒の自腹で、これも影響したんだと思う。これはアイヌに限らず、内地もそうで、明治40年代までなかなか就学率が上がらなかった」


堅太郎「アイヌと和人が混合の地域でも、和人の子がアイヌの子は入浴習慣がないから嫌だとか言ったり、揉め事もあったしね……」

巳代治「どの地域かわからないけど、イギリス人作家のイザベラ・バード氏はアイヌは服を洗わずに昼夜同じものを着ているって書いてたね」

堅太郎「川を汚してはならないってあったみたいだから、池とか洗うところがないとなかなか洗えなかったのかも」


堅太郎「明治25年、北海道尋常師範学校教諭がある提言をします。習慣が違うのだから、アイヌの特別学校を作ろう。授業料は廃止、学用品は貸して。内容は簡単にして実用的教育をしようって」

巳代治「アイヌの才能である手芸をさらに訓練して、親の職業を継続して、生活できるようにって」

堅太郎「アイヌの学校には良い教師を選んで、待遇をよく良くし、やかましく干渉しないこと。そうして、風俗を同化させようという提言でした」


堅太郎「明治26年になると『あいぬ教育取調委員』が出来て……」

巳代治「金子君、長くなるから端折はしょろう。アイヌ教育には陛下から千円が下賜されたり、夏は農業・冬は手芸として教員はアイヌの熟練を嘱託で呼ぼうとか、アイヌの学校教師になる者はアイヌ語をなるべく学べとか色々な提言がありました」


堅太郎「でも、明治半ば頃のアイヌ児童の就学率は僅か10%でした」

巳代治「内地だと男子7割以上、女子3割だったから、かなり低いよね」


堅太郎「そのアイヌ児童の就学率も、明治40年代には9割を越します」

巳代治「内地も明治35年には9割を超えます。明治41年になると内地の女子小学校就学率も9割を越すようになりました」


堅太郎「まぁ、就学率が上がったのを単純に喜べるものでもないんだけどね。開発が進んで、そうせざる得なかったとかあるし」

巳代治「北海道に限らず、内地でも農作業や子守りのため、子どもを学校に行かせない親も多くいました。就学率を上げるため、内地でも就学猶予を無くして、子供を就学させない家には説得に行ったりしたのですが、きっと同じようなことがあったんだと思います」

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