第16話 明治時代のバレンタインとチョコレート

金子堅太郎かねこけんたろう「今回は明治時代の海外のチョコのお話です。皆さん、ハーシーキス (Hershey's Kisses)をご存じですか? 銀色のホイルに包まれた円錐型の小さなチョコで、アメリカ最古のチョコレートメーカー『ザ・ハーシー・カンパニー』の作ったチョコです。これが発売されたのが明治40年なのです」


伊東巳代治いとうみよじ「紫のパッケージでお馴染みのイギリス・キャドバリーのデイリーミルクも明治38年に発売されました」


堅太郎「明治初期の話だと、明治2年にはスイス・チューリッヒにリンツが大きなチョコレート工場を作っています」

巳代治「ただ、今のようななめらかな舌触りのチョコが出来るのは明治12年以降です。リンツが新しい工法を作り出し、それが世界に広まりました」

堅太郎「そのため、明治12年より前のチョコは硬いチョコレートだったりします」


巳代治「日本にはまだバレンタインという習慣がないけれど、1868年、日本が明治元年の頃、イギリス・キャドバリーではギフト用のチョコレートボックスを発売します」

堅太郎「贈答用のデザインが綺麗なチョコレートボックスだったとか、ハート形の箱にチョコやキャンディが入っていたとか聞くね。残念ながら伝聞でしか聞いたことなくて見たことないのだけど」

巳代治「その前だとチョコじゃなくて、花にカードを添えて贈ったりしていたみたい。薔薇の花を贈ることも多かったって言うね」


(このあたりは司会紹介→https://kakuyomu.jp/works/1177354054892641004/episodes/1177354054892641022 読んだほうが理解しやすいかも)


堅太郎「巳代治はイギリスいつ頃行った?」

巳代治「僕は伊藤さんの憲法調査に付いていったときだから、明治16年が初めて! あの時はイタリア、ドイツ、フランス行って、オランダ経由してベルギーに滞在して、そこからイギリスに2ヶ月行ったよ」

堅太郎「僕は大日本帝国憲法を作った後に、それを欧米に持って行った時だから明治22年なんだよね。その時初めてリバプールに行ったんだ」


巳代治「明治の頃はケンブリッジやオックスフォードに留学する人たちもいたよね」

堅太郎「僕らの仲間である伊藤博文さんの娘婿・末松謙澄すえまつけんしょうくんはケンブリッジ卒だね」

巳代治「一番すごかったのは菊池大麓きくちだいろくさんだね。日本人なのに、ケンブリッジ大学では常に数学で首席。あそこまですごい人はちょっといないと思う」


堅太郎「東郷平八郎とうごうへいはちろうさんとか海軍の人もイギリス留学していたね」

巳代治「そう考えると海軍の人はイギリスでバレンタインを知ったかもしれないよ」

堅太郎「留学組は海外ではバレンタインって習慣があるんだって、日本でも花やお菓子を贈ってる人もいたかもしれないって想像するとおもしろいよね」

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