第一章『霧の中の屋敷』
(1)
「ねぇアイン。本当に独りで行く気なの? 相手はあの『シルバーラビット』なんだよ? 危ないよ?」
相手を心配する少女の声は武器庫の中で上がった。
部屋の一面は銃器が立て掛けられ、もう一面は刀剣類が。もう一面は様々な薬品や弾丸類。暗器や爆弾。投擲類。ありとあらゆる武器と呼べるものが所狭しと押し込められているその部屋で、場違い極まりない白いワンピースの少女は今にも泣きそうな顔と声で、眼の前で黙々と出発の準備を整えている相手に訴え掛けた。だが、
「妖魔が相手で危険じゃない仕事はないわ」
相手からは抑揚のない冷めた答えが返って来るだけだった。
「そ、それは確かにそうだけど。でも、でも……」
と、フード付きの真っ赤なポンチョに、膝下まであるふわりとした赤いスカート。その下から伸びる鉄板入りの茶色のブーツを履いた少女――アインの動きを追いながら、少女はもどかし気に引き留め続けた。
「寄りによって『シルバーラビット』相手に独りって言うのは……その、なんて言うか……」
「ギルドで孤立している私までが攫われるかも――そう言いたいの? フルフレア?」
ガシャリと猟銃のフォアエンドをスライドさせながら、十三歳ほどにしか見えないアインが、冷めた顔をフルフレアへ向けた。
たったそれだけでフルフレアは気圧されたかのように一歩退き、しどろもどろになった。
アインは特別何もしていない。ただ振り返っただけだ。
振り返り、武器庫の中央にある作業台の上に、今回の仕事で必要になると思える物を置いているだけだった。
置いているのは散弾銃が一丁。短銃が一丁。それぞれの弾薬が二ダースずつ。大振りのナイフが一本。手榴弾が三個。マッチ一箱。閃光弾が三個。特殊弾がそれぞれ三つずつ三種類。他に回復薬を初めとする治療薬や毒薬などを数種類三個ずつ。
その他に、予め用意しておいた水の入った革袋が一つ。クッキー一箱。リンゴが一つ。ランプに双眼鏡。ソーイングセットに応急セット。羊皮紙一巻に羽根ペンとインク壺。
それらを一瞥し、忘れ物がないかを確認するような様子を見せた後、到底入りきらなさそうな可愛らしいウサギの顔の鞄に手際よく詰め込み始めながら、殊更冷たい声でアインは続けた。
「むしろそれは望むところだわ。相手から出て来てくれるなら願ってもないことよ」
「でも、やっぱりそれは危ないよ」
明らかにアインより年上で上背もあるフルフレアの方が子供のように狼狽える。
しかしアインに意見を変える様子はなかった。
「たとえ誰かを連れて行ったとしても、危険なことに変わりはないわ。私はあいつらを信じない。あの裏切り者たちに自分の命なんて預けない。私は独りでやり遂げられる」
その拒絶は、フルフレアから言葉を奪うのに十分過ぎるものだった。
フルフレアですら、あの時の出来事には強いショックを受けたのだ。赤の他人である自分ですらそうならば、当事者であるアインが仲間を信用出来なくなるのも仕方がない。
二年前、このギルドで一人の実力者ハンターが、同僚の裏切りによって妖魔に命を奪われた。
ハンターの名をミリシュ。アインの憧れのハンターであり、育ての親。
目の前でミリシュの死を見せつけられ、後にそれが、仲間たちの裏切りによってもたらされた結果だと知ったときのアインの姿を思い出し、フルフレアは胸元を握り締めた。
本来であれば、怒り狂い、絶望したアインがハンターギルドにいる必要はない。
だが、それでもアインがハンターギルドを辞めないのは、一重に妖魔自身をも憎んでいるから。
ただし、仲間の裏切りによってミリシュが命を失ったと知ってからは、アインは常に一人で行動した。
どれだけ危険だとフルフレアが訴えても、けしてアインは相棒を連れて行こうとはしなかった。協力者を募ろうとはしなかった。
あんなことが起きるまでの、家族のようなやり取りを覚えているフルフレアにしてみれば、完全に冷え切ってしまったギルド内を見ていることは、孤立し切っているアインを見ていることは、堪らなく辛かった。
だが、どんなに言葉を尽くしても、フルフレアの言葉はアインには届かない。他の仲間にも届かない。それが堪らなくフルフレアには悲しかった。
「何故あなたが泣くの?」
一体どんな魔法が掛けられているものか。机いっぱいに広げられていた道具を綺麗に収納したアインが、声もなく涙を零すフルフレアに問い掛ける。
「あなたのことが心配だからよ」
言っても届かない想いを口にしながら涙を擦れば、
「そう。物好きね」
何も響かないとばかりにあっさりと返し、猟銃とウサギの鞄を肩に掛けたアインはフルフレアの横を通り過ぎてさっさと武器庫を後にした。
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