第32話 苛立つあやかし

「どうしたものか……」


 あれから佳祐は悩んでいた。

 というのも出版社に刑部姫が呼び出され、それに彼女が応じて向かって帰ってきてから、彼女の態度が変である。

 なにやら必要に自分に対し、次の原稿のネタを出せだの。早く漫画を仕上げてデビューさせろだの。前にも増して漫画家になることに対し焦っている様子であった。

 佳祐自身、勿論すぐにでも連載を始めたいし、そのための原稿を書き上げて、担当の美和に見せたい。


 だが、連載を狙うのなら中途半端な作品を描くわけにはいかない。

 それこそ「これぞ」という物語を作り、それを刑部姫に描いて欲しいと願っていた。

 そのため、現状の話ではまだ完成とは言えず、そのような状態の話を刑部姫に原稿として描かせるわけにはいかなかった。

 これは佳祐なりの連載を目指すためのこだわりでもあり気遣いでもあった。

 納得のいく話として仕上がってから、刑部姫に渡したい。

 彼女に中途半端なものを描かせたくないと佳祐は思っていた。


「まだ話は出来ぬのか、佳祐よ……。お主本当に連載を狙う気があるのか?」


 だが、そんな佳祐の心情とは裏腹に今日も刑部姫は苛立った様子で佳祐をせっつく。


「そうは言うけど、こういうのはキチンとまとまってから取り掛かって欲しいんだ。今の中途半端な状態で話を描かせてもいいものにはならない。最後のオチがキチンと決まってから原稿に取り掛からないと一ページ目からの入りも全然違うんだよ。刑部姫」


「そう言いながらも昨日もあの雪芽とかいう女と話していたではないか」


「あれはちょっとした気分転換だよ。それに話すといっても休憩時間にちょっとだけだよ。漫画作りでこんを詰めすぎるのもよくは――」


「ええい、分かったわ! 言い訳する暇があるのなら、いいから早く話をまとめよ!」


 そう言って佳祐を急かす刑部姫。

 やはりどこか彼女の様子がおかしい。そう佳祐が思い始めた時であった。


「……ん?」


 ふとスマホにメールが入る。

 それは南雲からの誘いであり、少し話さないかといった内容であった。

 正直、このタイミングで外に出るのは刑部姫を刺激しかねないが、佳祐としては現状の煮詰まった状態ではアイディアも出ないのも事実。

 一旦、思考を変えるために外で誰かに会うというのはアイディアを出すのに対し有用な手段の一つでもある。

 なによりも現状の刑部姫との関係に対して、誰かに相談したいというのも佳祐の本音の一つであった。


「すまん、刑部姫。今日はオレちょっと外で食事してくるよ。料理は昨日の残りが冷蔵庫にあるし、買いだめしたインスタント食品もあるから、もしお腹が減ったらそれを食べてくれ」


「……分かった」


「それじゃあ、ちょっと出かけてくるから。すぐに戻るな」


 そう言って支度をして慌てて部屋を飛び出す佳祐。

 だが、この時の彼は気づいていなかった。

 そんな彼の背中から、姿を消した刑部姫がこっそりとついてきていたのを。


◇  ◇  ◇


「よお、すまんな。急に呼び出して」


 待ち合わせの場所に行くと、そこにはいつもの居酒屋で指定の席を取ってくつろいでいる南雲の姿がいた。

 佳祐はそんな南雲と向かい合うように座る。


「いや……正直オレも助かったよ。実はちょっとお前に相談したいことがあって……」


「へえ、佳祐の方からオレに相談か。珍しいな。なんだ?」


「それはその……刑部姫のことで」


「あの嬢ちゃんか。あの子がどうかしたのか? まさかケンカしたとかか?」


「案外、その推測当たっているかもな」


「……マジ?」


 佳祐からの相談に笑ってそう答える南雲であったが、真剣な様子の佳祐を見て思わず素のトーンを下げる。


「一体なにやらかしたんだ、佳祐」


「それがその……オレにもよく分からなくて……いや、もしかしたら刑部姫の事情にも関わっているのかもしれない……」


「事情? なんだそりゃ?」


「それは……」


 話すべきかどうか悩む佳祐であったが、目の前の男が高校からの親友であり、これまでも自分の話を聞いて相談に乗っていくれたのを思い出し、佳祐は意を決して南雲へと打ち明ける決意をする。


「実は刑部姫は――」

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